表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/11

静かすぎる別れ  後編

 静かすぎる別れ 


「名前は……?」


医師が小声で尋ねた。

誰も答えなかった。


一人の少女の心拍が、停止した。

時計の針が、午後2時13分を指していた。


 



「死亡時刻、14時13分。死因は……外傷性脳損傷による多臓器不全」


医師がカルテに淡々と書き込む。

その背後で、両親は椅子に座っていた。

泣くわけでもなく、怒るわけでもない。まるで、待っていたかのような沈黙。


「臓器提供について、確認されていましたね」


母親が頷く。父親は顔を背ける。

それだけで、手続きが進んだ。


 



マイナンバーによってひもづけられた少女の電子カルテには、AB型・Rh+、HLA適合、心臓・腎臓・肝臓すべて移植可能というタグがついていた。

その情報は、瞬時に国内外の臓器提供データベースに送信された。


一部の情報は“特別ルート”に流れた。

本来、絶対にアクセスできないはずの官邸側のターミナルで、ある人物が画面を確認する。


「この子、適合してるな……次の案件に使える」


その情報は言葉ではなく、サインのみで送られる。


 



担当医は、少女の臓器を慎重に摘出し、それぞれ適合者のもとへ配送する。

心臓は、心臓疾患を患っていた11歳の海外VIPの子へ。

腎臓は、国内の中年男性へ。肝臓は、匿名の高官の娘へ。


それぞれの家族は、涙を流していた。

──“助かった”と。


だが、その命がどこから来たのかを知る者は、いなかった。


 



少女の名前は、新聞のどこにも載らなかった。

SNSでも話題にならなかった。


なぜなら、死亡報告は

「心不全による自然死」として処理されたからだ。


マイナンバーカードのデータも改ざんされ、虐待の痕跡は跡形もなく削除されていた。

保護者の罪も問われることはなかった。


彼女は、国の制度の「理想的な成果」として、静かに消えた。


 



後日、担当医がデータを確認したとき、

彼女の記録が“空白”になっていたことに気づいた。


彼はしばらく画面を見つめ、そして静かにPCを閉じた。

「見なかったことにしよう」──それが、精一杯の自己防衛だった。


 



──誰も、彼女を助けなかった。

──でも、誰も罪に問われなかった。


その夜、どこかで3人の命が救われた。


世界は、何も変わらなかった。


 

 救えたのか、それとも


記録上、この子どもは「転倒による外傷性ショック死」。

提供された臓器は4名の命をつなぎ、各医療機関は「感謝と称賛の声」でその事実を包んだ。


しかし病院関係者のひとりは、匿名でこう呟いている。


「あの日の同意書には、そもそも署名欄がなかった」


別の看護師はこう語る。 これは使えそう?


「あの子、目だけがずっと、どこか別の場所を見ていた。助けを求めてたと思います」


文書の改ざんはあったのか?

判断は間違っていたのか?

それとも、これは“助けられる命を助けるための制度”だったのか?


その答えは、公式にはどこにも書かれていない。

だが1人の記者が非公開の病院ログにアクセスし、こう記録している。


「虐待通報が1ヶ月前に自治体へ届いていたが、『対応済み』と記され、削除されていた」


偶然か、意図か。

人為か、制度の誤作動か。

――すべてが誰かの命を守るためだったのか、

それともただ、整合性のために消された命だったのか。


それを知る手段は、もう残されていない。


けれど、最後に誰かがこの子の臓器で命を救われたなら、

「その命に意味はなかった」とは、誰にも言えないのかもしれない。


本作はフィクションです。

だが、時として事実は、物語よりも丁寧に隠されているだけです

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ