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7/11

見えない叫び 前編

 ご注意ください 


 この物語には、児童虐待や無関心による死といった、非常に重く、苦しくなる描写が含まれています。

読む方の中には、過去の記憶を呼び起こされたり、深い不快感を覚える方もいるかもしれません。


本作はフィクションですが、現実にある「見えない悲劇」や「見て見ぬふりの結果」を、物語という形で描く試みです。

それでも、読むことがつらくなる場合は、無理をせず閉じてください。


物語の中心にあるのは、“見過ごされた叫び”と、

それでも「救えたかもしれない」というわずかな希望です。


読むかどうかは、あなた自身が決めてください。

朝、窓の外にはまだ、冷えた曇り空がぶら下がっていた。

カーテンの隙間から差し込む光は、壁に影を落としていたが、あの部屋にあるのは影だけだった。


「起きろって言ってんだろうが!!」


乾いた音が、2LDKの一室に響く。

女の子の小さな体が畳に倒れこむ。何も言わない。もう、声の出し方を忘れてしまったのかもしれない。


父親の手は早い。

母親は台所で鍋をかき混ぜながら、まったくの無関心を演じていた。

手が止まることはない。味噌汁は沸騰していたが、火を止めることもしない。


──どれくらい前から、こうだったのだろう。


保育園のころ、先生が彼女の背中の痣を見つけて「転んだの?」と聞いた。

彼女は小さく頷いた。誰も、それ以上は聞かなかった。


小学校に入ったころ、隣の席の男の子が「昨日の夜、泣いてたよね」と声をかけた。

彼女はまた頷いた。でもそれは、うれしかった。誰かが聞こえていたんだと思った。

だけどそれも、すぐに話題から消えた。

その男の子は、数週間後に転校してしまった。


 



週に一度、スクールカウンセラーの面談がある。

形式的なアンケート。「最近眠れていますか?」「家では誰と過ごしていますか?」

鉛筆の芯がすり減る音だけが教室に響く。


「問題なし」

その文字は、彼女のマイナンバーに紐づけられた健康記録へと送られた。


担任も教頭も「最近ちょっと元気がないですね」と言うが、保護者会では決して話題に出さない。

母親は「思春期でしょうね」と微笑んだ。

誰も、反論できなかった。


 



ある日、彼女は廊下で転んだ。

……ということにされた。


本当は、階段の上から突き飛ばされた。父の足が背中を蹴り上げたとき、彼女はもう何も感じなかった。


「救急車、呼んだほうがいいですか?」


母親は顔色ひとつ変えず、

「大丈夫です、すぐ立てますから」と言った。


だが彼女は立ち上がらなかった。

気がつけば、救急搬送。

でもその間、彼女は一度も泣かなかった。


 



病院のベッドの上。

小さな心拍が、ゆっくりとしたリズムでモニターに刻まれている。


担当医は表情を曇らせながら、両親に「外傷性の脳浮腫の可能性があります」と伝えた。

だがその説明書の一番下には、小さなチェックボックスがあった。


□ 臓器提供についてのご案内を希望する


母親はペンを握ったまま、しばらく何かを考えていた。

父親は、タバコを吸いに外に出た。


──そして、箱の中に小さく「✔」が記された。


 


【つづく】

 

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