存在しない人間(後編)
「存在しない人間の最期」
Tはそれから3日間、誰とも口を利かなかった。
仲間がいなくなるたびに、まるでそこに誰もいなかったかのように、段ボールの敷地だけが残された。
あの白いパンを食べた者は、全員、消えた。
生きていた痕跡も、体温も、声も、風の中に吸われていた。
炊き出しの跡地には、見たことのない小型カメラが取り付けられていた。
夜になると赤く点灯し、Tが立ち止まると、すうっとレンズがこちらを向く。
気のせいだ、と思いたかった。
五日目の夜、Tは地下鉄の排気口の上で眠っていた。
生ぬるい風と鉄の匂いがするそこは、冬でも比較的あたたかい。
それに——そこにはカメラがなかった。
…はずだった。
耳の奥で「ピッ」という音がした。
寝返りを打つと、何かが首の後ろに触れた気がした。
次の瞬間、視界がブラックアウトする。
目が覚めたとき、Tは白い光の中にいた。
いや、白すぎて光かどうかも曖昧だった。
どこかで機械が動く音。鼻腔をつく無臭の空気。
身体は動かなかったが、頭はかろうじて働いていた。
「やられた」と思った。
だがそのとき、天井から音声が降ってきた。
「対象個体、登録外コード NoData.」
「瞳孔反応解析中……完了。」
「摘出可能臓器:肝、腎、角膜、骨髄。」
「対象の倫理認定:不要。」
「出力中……」
……ガガッ、と音を立てて、プリンターのようなものが紙を吐き出す。
Tの心は冷えていた。
恐怖ではなかった。ただ、存在を否定された虚無だった。
「名前がない」「番号がない」「登録されていない」
だから、彼の体は**誰にも“所有されていない資源”**として、扱われた。
自動アームが滑らかに動き、Tの体に触れる。
冷たい金属が皮膚の上をなぞる。
その感触が次第に薄れていく中で、彼は聞いた。
「本日分、摘出作業完了。海外搬出 No.07634」
「送付先:ヒューマン・ヘルス財団(U.S.)」
「用途:VIP児童 臓器移植マッチング・カテゴリーA」
最期にTが見たのは、壁に映し出されたモニター。
そこに浮かんでいた自分の顔は、スキャンされた3D画像。
そしてその下にこう表示されていた。
「存在証明:完了」
それが、彼の人生で初めて得た、“公的な記録”だった。
やはり、最後のほうの事務的な通告を動物語にするか、できるかが微妙?
何かいい案があれば・・・、 お願いしますm(__)m