5・新しい名前と新しい世界
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カナタが異世界に来てから、1ヶ月が過ぎた。
現実世界では、どれ程の時が経ったのだろうか。
日本とは違う建物や人間、動物、植物…。
ファンタジーものが好きで、想像をしてはふけっていたが、目で見て、息を吸い、肌身に感じると…胸がドキドキして、感動よりも恐怖が先立った。
憧れた風景は、自分という存在を空虚なものにする。
それは、日本にいた時から抱いていたものだが、保護してくれる人達がいたから…恐怖を感じるまでには至らなかったのだ。
自分が消えて無くなってしまう感覚。
最初、カナタがいた場所は砂漠の中にある街で、土壁の建物やテントが主な居住の地域で、有名な盗賊の縄張りだった。
その盗賊の頭が、カナタを助けた。
この世界は砂に包まれ、荒れ果てた……という訳ではない。
今のいる場所は緑豊かな所で、他には雪で閉ざされた街など、多様な気候、地域があるらしい。
建物の様相も違うし、人の顔にも風土色がでる。
人物の顔を見れば、おおよその出身地が分かるそうだ。
そして名前の表記も違ってくる。
苗字が先にくるところ、後ろに来るところ、前と後ろにくるところなど様々だ。
これらのことは、盗賊団の頭・ダスク=ビュウ=クワーシが、カナタに話し聞かせた。
因みにビュウは、前後が苗字で真ん中が名前である。
魔法がある為か、科学的な文明の発達はあまり見受けられない。
電柱や車、テレビもないが、あまり不自由はない。
ある程度、魔法が生活を補助してくれるからだ。
目に映る建物や風景は、どれも美しく鮮明に映った。
だが、1ヶ月経つと、なんでもないものへと変わっていく。
アジトを移したビュウ達と共に過ごしているカナタ。
重傷を負ったあの時からビュウが世話をしていた。
これはカナタだけに限ったことではない。
自分が助けた者は、ある程度まで見守るのがビュウのやり方だ。
盗賊らしからぬやり方だが、ポリシーのようだ。
盗賊内の実情を知られ、密告されピンチになったこともあったが、それでもビュウは笑っていた。
カナタはこの1ヶ月で、随分と異世界に馴染んだ。
怪我は魔法の力で簡単に治ったが、異世界に頼る人間のいないカナタを不憫に思ったビュウが保護者になることを決め、こちらのことを必要なことだけだが、教えたので馴染むことが出来た。
もちろん、まだまだ知らないことだらけである。
当初は泣いてばかりいて大変だった。
心に冷めたものを抱えた少年は、異世界を生き抜く為に名前を変え、そして性格も徐々に変わっていった。
生きることに余裕のある社会、日本だからこそ、冷めるほどの考えが幾つもうかんだが、この世界ではそれが通用しない。
何かをゆっくり考えることよりも、覚えることの方が多い上に、命の危険もそれを許さない。
物事を頭で考えるよりも、感じるままに過ごすようになった。
「 ディー! 街に買い物に行こうぜ! 」
「 うん! 行くーー! 」
部屋にいたディーは、玄関の方からのビュウの大声に返事をする。
ディー=ブルーマン。
それが彼の新しい名前だ。
カナタは1ヶ月そこらで慣れた自分に少し驚いた。
元々ファンタジーは大好きなので、そのせいかな?と自己分析している。
家は普通の一般家庭で貧しいわけでもなく、両親も優しい。
何も不満はなかった。
自分の中で特に驚いたことは、ここでの生活が別段、苦では無いということだ。
ホームシックでもないし、今すぐ家に帰りたいという訳でもない。
( でもまぁ、最初の1週間とかは家に帰りたいとか思ったけど……。
なんか体中が筋肉痛とかで痛かったり、少し風邪を引いたりしちゃったし。
……そういえば最近ぜんぜん本、読んでないなぁ。
あんなに読書漬けの毎日だったのに、読めなくなっても意外と平気……。
だけどこっちの本って、どんなのがあるのか気になる…… )
などと考えたりもしたが、ダスク盗賊団に本を読むような人間はいなかった。
ただ…ダスク盗賊団に一人だけ、たまに本を読んでいる人がいる。
話しかけてみたいのだが、話しかけるなオーラが凄くて近づけずにいた。
そもそも自分も社交的な方では無いうえ、大人の人に話しかけるなんて少し勇気がいる…。
( なんでかビュウが相手だと普通に話せるから、ちょっと自分が分からない。 )
では誰がカナタの好きそうな本を読んでいるのか?
それは…、
もちろんビュウではない。
地図とか図鑑のようなものとかを読んでいるのは見かけたことがあるが、詩集や物語などのザ・“本”というものは読んでいなかった。
ダスク盗賊団で唯一、盗賊っぽくない男。
カナタはその人物から特に嫌われているのを自覚していたが、…嫌いではなかった。
学校でそういう風にされたら、嫌だし嫌いになると思うけど…なんていったらいいのか分かんないけど、良い人だと思った。
( ボクの顔を見ると嫌そうな顔をするけど、毎日丁寧に怪我とか具合とか診てくれたし。だけどその時も話しかけづらかったなぁ。 )
しかし彼以外にも嫌な目で見る者はまだ多くいる。
そういった者が多い中、ビュウはとても親切だった。
しかし、
「 どっかで会ったことないか? 」
とか、
「 絶対会ってると思うんだけどなぁ…… 」
などと何度も尋ねられたが、
( 全く心あたりがない…。ていうか、普通にあり得ないし…。しかもこんなに見た目が恐い人に会ってたら、絶対覚えてるよ。 )
と、心の中で言うのだった。
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