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不思議図書館  作者: A-10
4/25

4・???

カナタは騒乱の中にいた。



夢と呼ぶには生々しいほどの現実感。

顔には誰のものかも分からない血がつき、砂埃で涙目になり、口の中の砂はじゃりじゃりして不快で、喉にまで及びせき込む。

何がなんだか分からないままその場に立ちすくんでいると、血糊を滴らせた半月刀を持った男が近付いて来た。

頭にターバンを巻いていたが、あまりにも似合っておらず、違和感を感じた。

殺伐とした空間に似合わない、その男の周辺だけ穏やかな雰囲気が漂っている。

それだけでも恐怖を感じるのに、その瞳と目が合った瞬間、すごく嫌な感じがした。

優しい笑みを湛えたまま近づいて来る。


カナタは生々しい夢を知っている。

痛みを伴う夢を知っている。

しかし、今まで体験したそれらとは全くの別物だと、そう思った。

ヤバいやつだと直感するも、体が動かない。

どうすればいいのか分からない。

呼吸が乱れ、頭の中が真っ白になる。



そして……


半月刀がカナタの体を斬り裂いた。






鋭い耳鳴りと同時に激しい眩暈が襲う。

切り裂かれた瞬間に噴出した血が、やがて体から勢いよく流れ出る。

それでもなお、頭の中は真っ白だ。

何も思考出来ずに、気が付いた時には視界が真っ黒になり、そして死ぬ。


しかし、カナタは痛みで大きな悲鳴を上げた。

その悲痛な叫びは、いとも簡単にかき消されてしまう。

堪えきれずに両ひざを着くと、逆流するかのように喉を駆け上ってきた血液が喉と口と鼻を埋め尽くし、猛烈な吐き気と共に胃の内容物を吐き出す。勢い余って、鼻まで及んだ胃酸が鼻の粘膜を傷つけて痛いが、もはやどこが痛いのかも分からなくなっていた。呼吸は荒く、目から涙が溢れ出す。

手を置いた地面にはガラスの破片や小石があり、手のひらにそれらが食い込んで、出血した。


普段であればこれだけでも大騒ぎする程の痛みだが、それどころではない。

鼻と口は血液と嘔吐物でふさがり、呼吸をするのが困難だ。

口を満たす血の味と苦く酸っぱい変な味が混ざり合って、吐き気が止まらない。






苦しい。



しかし段々と激痛が引いてゆき、体の感覚が感じられなくなってきた。


力が入らない。


これは一体なんなのだろう。


体が震えると、すぐさま先ほどの恐怖がフラッシュバックし、指先までジンジンとしびれ、呼吸が荒くなり、汗がドッと噴き出し、目の前が白くかすみだすと、再び大きな耳鳴りがした。


半月刀を持った男はいつのまにか、その姿がない。

いまだ周囲は騒乱の中。

膝をついたまま、呆然としていると、更に怒声が大きくなる。



ーーーー妖獣が現れたのだ。



人間の血の臭いに引き寄せられて来たのだろうか。

妖獣は美味しそうな臭いを放っている少年に目をとめると、嬉しそうにひと鳴きし、飛びかかって来た!

しかし、視界と感覚の薄れたカナタは気づかない。


その時!

砂煙から突然人が飛び出してきた!






ブワッ!

ーータタタタッ!


カナタの元へと一直線に走って行く、フードを被ったマントの男。


ザッ!!


間一髪のところでカナタを拾い上げる!


ガキンッ!!


妖獣の大きく開かれた口が獲物を捕らえることが出来ずに空振りする。

上顎と下顎が重なった時の大きな音から、妖獣の顎の強さが桁外れであることがうかがえる。

一度ひとたびその牙に捕まってしまったのならば、逃げ出すことは不可能に近いだろう。そして強烈な痛みの中で、苦しみながら死ぬことになる。



「 グウォオォーーーッ!! 」



餌を横取りにされた怒りと、空振りした口と顎の痛みとで、怒り狂う妖獣!


フードの男はカナタを抱えたそのままで、テントやら壁の出っ張りやらに足をかけ、建物の屋上へと韋駄天の如く駆け上がる。

そこに、待っていたように人がおり、その人物の元へとフードの男は走って向かう。

その人物は、綺麗な石が埋め込まれた杖を持っている。


しかし後ろからは怒りが怒髪天にまで達した妖獣が迫って来ていた!


屋上には他にも男達がいた。

テントやコンテナの陰から機敏に現れる!

そして、妖獣を食い止めるようにサーベルを手に立ち塞がった。

その隙に先へ先へと駆けてゆくフードの男たち!


後ろからは妖獣ではなく、杖を持った男がピッタリとついて来ていた。

フードの男は走りながら後ろの方をしきりに気にして、何かを叫んでいる。

杖を持った男も直ぐに後ろを振り向く。





そこには……、


妖獣を食い止めるべく立ち塞がった男数人が、犠牲ぎせいになっている姿があった。

腹を空かせた妖獣の力は圧倒的で、まるで歯が立たなかった。

男たちがなんとか妖獣に突き立てたサーベルも全く気にせずに、

妖獣は美味しそうにボリボリ、ぐちゃぐちゃ、と豪快に音を立てながらむさぼりつき、周りに布切れや血、肉片を飛び散らせながら、やっとありつけた食事を堪能する…。


犠牲になっている男の断末魔の叫びと、動脈から勢いよく噴き出るプシューッ!という血の音が重なる。


その声を聞きながら、呪文を唱えるフードの男。


すると…マントから時折覗いていた左腕の黒く淡いオーラのようなものが、左上腕部のタトゥーと共に消えた。


それと同時に、人間の血と自身の血でまみれていた妖獣はピクリと反応し、動きが止まる。かと思ったら満足したように軽くひと鳴きすると、あたかも何事も無かったてい何処どこかへと勢いよく走り去って行った。






男二人は物陰に隠れると、カナタの容態を確認する。

「 おい、急げ! 」

「 はい! 」


杖を持った男が、その手に持っていた杖をカナタに向け、掲げると、呪文を唱え始める。

すると、カナタの傷がみるみるうちにふさがったが、意識の無いその顔は青白い。


「 血を流し過ぎています。この杖だとそこまで治療出来ません 」

「 ぇえっ!じゃあ、アジトまで連れてく 」

「 えっ 」

杖の男は、少し嫌そうな顔をする。


フードの男はカナタを抱き上げると、走り出した。

渋々《しぶしぶ》、あとを追う杖の男だが、彼も後方を気にしていた。


「 …ったく。そんな嫌そうな顔すんなよ! オレらのトラブルに巻き込んじまったんだから、助けんのが当たり前だろうが! オレは逃げろと言ったんだ、逃げねぇアイツらが悪い…。 」


そう言いながらも、フードの男も落胆しているようだった。

妖獣を食い止めるべく立ち塞がった男たちは、既にこと切れている者、重傷で最早もはや助からない者しか残っていなかった。


フードの男にそう言われても、杖の男は渋顔しぶがおのままで仲間らしき男たちの苦しそうなうめき声を聞きながら、カナタの治療に使用し壊れてしまった杖に走りながらも目を落とす。


綺麗な石の部分が破損していた。

丁度カナタに使用した後に、限界を迎え壊れてしまったのだ。

この杖をカナタに使わなければ、せめて仲間の一人だけでも救えたかもしれないと思うと、大きなため息しか出てこなかった……。





・・・・・・・・・・・・・・・・・




少し濁った青空に、ゆったりと雲が流れる。

先ほどの騒乱が嘘のように辺りを静けさが包む。


それはそうだろう。

ここは全く違う場所なのだ。

白っぽい煉瓦で出来た、日本の一般的な小学校と同じ位の建物が点在しているこの場所。

殺風景な外観のこの建造物に窓ガラスは無く、外から乾いた風と共に細かい砂が室内へと入り込んでくる。

それを遮るように粗い網目の衝立があり、その横に簡素なベッドが置かれ、サイドテーブルに乗っていた水差しを手に取り、男は手当をされ眠る一人の少年に目を落とした。


血がべっとりとついた靴を含め、全ての洋服一式は処分され、フードの男のお古の服の中でも清潔でサイズの小さい服に着替えさせられていた。

『綺麗に洗濯して返してやれよ』と、命令された部下たちだが、『そこまでする義理でもあるんですか?』と、言われ、返答に困ったフードの男は、『…まぁ、あれを綺麗にすんのは大変だしな…オレの服をくれてやれ!』、

と、こんなやり取りが行われていた。



なんとか一命を取り留めた、カナタ。






横になっているカナタを見下ろしながら、フードの男は思う。


( どっかで見たことあんだよな…… )


自分の子供の頃に来ていた服だが、カナタが着ると少し大きい。

しかし、なぜか昔の自分がそこに横たわっているように見え、

既視感を覚えた。

フードの男は目を細め、視線を逸らすと、水差しから口を付けずに軽く湯冷ましを飲むと、元あった処に戻し、被っていたフードを取りながら部屋の外へと出る。

すると不意に声をかけられた。


「 ツカサ 」

「 あ? 」


フードの男は、声の主の顔を見て笑う。


「 よう。 久しぶりっつーか、何? 捕まえに来たのか? 」

「 …………。 」


久しぶりの再会のようだが、ツカサと呼ばれたフードの男は物騒なことを口にする。

声の主は無言で厳しい顔をすると、顔だけを横向き言葉を続けた。


「 お前は……変わらないな…… 」

「 あ? 」


一拍おいてから、きりだす。


「 異界の人間を匿う事は罪になる 」


「 ああ、そういうこと。 情報はえーな。 つーか盗賊に法律なんて関係ねぇし、そもそもオレらだって異界人じゃねーか 」


「 …………。 」






異界の門が開いた時にエネルギーが生じ、それを計測することにより、地点が判明する。事前に予測は出来ない為、後手にしかならない。


「 あと、その名前で呼ぶなよ。 誰が聞いてるか分からねぇんだから。 なぁ、ケリー=ウッドロゥ隊長殿 」


わざとらしく名前のところだけを強調して言う頭に、ケリー=ウッドロゥと呼ばれた青年は顔をしかめる。


「 どのみちお前は死ぬことになる。 死人に名など必要ない。……残念だ、ビュウ=クワーシ 」


「 ああ、オレも残念だ 」



ツカサと呼ばれ、そしてビュウ=クワーシとも呼ばれる…このフードの男の本当の正体は何者なのか?


二つの名を持つ男は、両手を腰に当て気怠けだるそうに斜め下へと項垂うなだれると、

「 お前は変わったよな 」

と、言葉を続け、

そして懐かしい顔を頭の中に思い浮かべていた。

( ケイダイ… )



ザザザザザっ…!



項垂うなだれていた頭を少し動かし、音がした方へと顔を向ける。


「 …ったく、ここのセキュリティはどうなってんだよ。今日の当番は……アイツか。あとでゲンコツだな 」

と、再び顔を下へと向ける。


しかし、その顔には危機感が全く無くニヤけていた。


兵士がアジトに入って来たのだ。






「 まぁ、お前が『そっち』の方だったら、そうなるわな 」

と、一人納得する。


兵士を従えた青年は、

「 俺は、俺という存在を名前と共に捨てた。 生きる為にはそうするしかなかったからだ。 …子供に選択肢など無かった。 お前もそうだろう? 」

と、目の前にいるツカサと呼んだ男にそう言った。


ツカサはニヒルな笑みを浮かべ、

「 お前は賢いよ。 オレはそう簡単にはいかなかった。 それは今も変わらねぇ。 まぁ、オレ以上にカレンは頑固だけどな 」


『カレン』という言葉を聞いた途端に、ケリー=ウッドロゥは顔色を変えた。冷静だった顔つきは、険しいものに変わる。


「 なぁ。 カレンをどうした。 2年前に捕らえられたと聞いた。 お前なら知ってんだろ? 」

「 ………カレンのことは忘れるんだな 」


青年の言葉を聞いたビュウから笑みが消えた。


「 死んでねぇよな? 」

青年は質問を流し、腰にさげている剣に手をかける。

ビュウの表情は変わらない。



ドーーーーンッ!!



突然、大きな爆発音が響いた!

どこで爆発したのかは分からないが、こちらの建物までビリビリと衝撃が伝わってくる。


その大きさから考えると、かなりの規模のようだ。

甚大な被害が予想される。

そして再び、どこかで爆発する音が更に大きくこちらまで響いて来た。


ビュウは口の端をつりあげ、笑みをつくった。

大きな音がした方向を見ていた青年は、直ぐにツカサの方へと目を向ける。






「 ……何をした? 」

「 オレはお前と違ってお利口さんじゃねぇからな。 はやく城に戻った方がいいぞ。 街全体に火薬を仕掛けた。 人が大勢死ぬかもな 」


「 !!! 」


その場にいたツカサを除く全ての者が、彼のとんでもない発言に驚いた。


「 お前だけじゃない。 オレはオレのやり方で、ビュウ=クワーシとして生きる道を選んだ。 邪魔はさせねぇ!! 」

走り去るツカサ。


そして、ケリー=ウッドロゥの元へ、兵士が報告します!と、駆けつけて来た。

「 隊長! 街のあちらこちらで火の手が上がっています! 」

「 …街は別動隊が動く手筈になっている。 我々は任務を優先する。 この部屋の中に異界人がいるようだ。 捕らえて連行しろ 」

「 はっ! 」

兵士は部屋のドアを開ける。


「 た…隊長…これは… 」


静まり返った室内。

およそ人の気配など感じられない。

感じとれるものがあるとするならば、外から流れて来る乾いた風と流砂だけ。

乾いた風からは、少しだけ焦げくさいにおいが混ざっていた。



ケリー=ウッドロゥは、カナタが寝ていたベッドの近くへ行くと、水差しが目に入り、それを手に取ると、服のポケットから刺繍糸で飾り付けられた灰色の、なんの変哲もない石を取り出して、それに水をかけた。

すると普通の石の色が変化し、青色になった。

『………やはり、この後雨が降るな…』

と、確認すると、その石を再び服へとしまう。


大きな火災などが起こると、その際に発生した暖かい煙によって上空の空気が温められ、水蒸気の塊ができ、それが雨雲になり、雨を降らすのだ。


ウッドロゥは水差しを元あった場所に戻すと、乱れたベッドに手を置いた。

先程まで寝ていた形跡と温もりを確認すると、その手に力が入り、握り拳になった。

戸惑う兵士にくまなく探せと指示を出すも、

室内はやはり、もぬけのからだった。


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