勇者ですが、女神様から伝説の剣じゃなく“伝説の毒”を授かりました
青い鎧をまとった黒髪で精悍な顔つきの若者――勇者ティリオは今日も旅を続けていた。
目的は魔王ゾワンを倒し、さらわれたレネーナ姫を取り戻すため。
そんなティリオは広大な“女神の森”にやってきていた。
ここには女神が住んでおり、もし会うことができれば「伝説の武器」を手に入れられるという情報を得たためだ。
森は入り組んでおり険しいが、ティリオにとっては難しい道でもなく、女神と会えることを確信する。
そして、「伝説の武器」に想いを馳せる。
(伝説の武器か……きっと剣に違いない。伝説の剣を手に入れれば、どんな敵でもスパスパと倒すことができるようになるはずだ!)
伝説の剣で無双する自分の姿さえ思い描く。
やがて、ティリオは森の中に小さな祭壇を見つけた。
おそるおそる近づいてみると――
「よくぞここまで来ましたね」
青い髪に白い衣を身につけた美しい女性が現れた。
「私は女神。あなたは勇者ティリオですね?」
ティリオは驚く。
「なぜ僕の名前を……!」
「あなたがここに来ることは分かっていました。そして、武器を欲していることも」
「そ、そうです! 僕は魔王を倒すために旅をしています! 魔王を倒すには、伝説の武器がどうしても必要なのです!」
女神はにっこり微笑む。
「分かりました。ではあなたに武器を授けましょう」
「ありがとうございます!」
ティリオは期待に胸を膨らませる。
(伝説の剣……いったいどんな名剣なんだろう……!)
「はい、どうぞ」
女神は白い袋を差し出してきた。
「……え?」ティリオはきょとんとする。
袋の中を見ると、紫色の粉が入っていた。
「なんですか、これ?」
「毒です」
「毒!?」
ティリオは目を丸くする。
「剣は……? 伝説の剣は?」
「知りませんよ、そんなもの。私があなたに授けるものはこの毒です」
「はぁ……」
伝説の武器は剣ではなく、まさかの毒であった。
「まあ、思い込んでいたのはこっちですし、それはもういいです。それでどんな毒なんです?」
ティリオとしては相手を痺れさせるなどの補助的な毒か、あるいは相手を改心させるようないかにも慈愛に満ちた毒を想像した。
ところが――
「かければ相手は死ぬ。こんな感じの毒です」
「猛毒じゃないですか!」
「猛毒ですよ」
「てか、こんなの持ってたら僕も危ないんじゃ……」
「それは大丈夫、私があなたに授けた時点で、あなたには私の加護が与えられ、毒は効かないようになっていますから」
「そういう仕組みですか」
「さあ、これで恐るべき魔族を倒すんです!」
しかし、ティリオは返事をしない。
「どうしました?」
「いや、なんていうか……僕も勇者と呼ばれる人間、毒なんかで戦っていいのかなぁ、と……。やっぱり剣の方が……」
不満を漏らすティリオ。
すると――
「ティリオ!!!」
「は、はいっ!」
いきなり怒鳴りつけられ、ティリオは驚く。
「あなたの使命はなんですか? 剣を駆使してかっこよく戦うことですか?」
「いえ……それはもちろん、魔王を倒し、姫を助け、世界を平和にすることです」
「でしょう? なのにあなたときたら、剣がいいだの、毒は嫌だの、体裁ばかりにこだわっている!」
図星ではあったのか、ティリオはうつむく。
「す、すみませんでした」
「分かればいいのです。では参りましょう、魔王を倒す旅に!」
「ええ。ってあなたも来るんですか!?」
「もちろんです。毒を与えた者として、戦いを見届けなければ」
女神は戦いには参加せず、アドバイザーのような形でついてくるという。その姿もティリオ以外には見えないという。
ティリオとしては余計なお世話とも思ったが、神の厚意を断ることもできず、同行を了承した。
「さあ、参りましょう。レッツ・ポイズン!」
「どういう掛け声ですか、それ」
***
女神の森を出て、山道を歩いていると、ティリオはさっそく強敵に遭遇する。
「こいつは……ゴブリンキング!」
ゴブリンの最強種。
通常のゴブリンは人間より小柄だが、ゴブリンキングは人間以上の巨躯を持ち、当然それに比例するパワーやタフネスを誇る。
その強さは武装した兵士の一隊をも壊滅させ、ティリオでもまともに戦うならば、それなりの苦戦を強いられる。
「ゲヒヒヒ……魔王サマの命令、オマエ……殺ス!」
巨大斧を構えるゴブリンキングに対し、ティリオも剣を正眼に構える。
だが、アドバイザーを務める女神が言った。
「何をしているのです、ティリオ」
「え? もちろん戦うつもりですが……」
「毒を使えばいいでしょう、毒を」
ティリオは顔をしかめる。
「ですが、いきなり毒というのも……」
「毒はいきなり使うから有効なのです。世の中、先毒必勝ですよ!」
そんな四字熟語聞いたことないと思いつつ、ティリオは袋を取り出す。
「ナンだァ? そんなモンで戦ウツモリかァ?」
侮っているゴブリンキングに、紫色の粉をパッパッと浴びせる。
すると――
「グぼああああああああっ!!?」
ゴブリンキングは突如苦しみ出した。
両手で喉を押さえ、立っていられないのか地面に倒れ、そのまま激しくのたうち回る。
目は充血し、口から泡を吐き、全身が痙攣を起こす。
そして、水たまりができるほどの大量の血を吐き出すと――
「ゲボオオオオオオオオオオッ!!!」
――そのまま息絶えてしまった。
「えええ……?」
勝利したティリオの第一声はこれであった。
効果は聞かされていたものの、色んな意味で“ここまでのもの”とは思っていなかった。
「やりましたね!」
女神は嬉しそうに拳を握り締める。
「ええ、まあ……」
ティリオはかろうじて答える。
壮絶な死に顔のゴブリンキングの亡骸を見て、どこか同情さえしてしまう。
「この調子で、どんどん毒殺しましょう!」
張り切る女神をよそに、ティリオは気が重くなった。
これから何回も、さっきのアレを繰り返すことになるのか、と――
***
ティリオたちは、とある沼地で黒色の巨大スライムに出くわす。
名前はダークスライム。
闇の力を取り込んだ強大なスライムで、打撃は衝撃を吸収され、斬撃もすぐ元に戻ってしまい、魔法でさえ効果は薄いとされる。
ティリオがまともに剣で戦えば、かなりの難敵になることは間違いない。
だが――
「ではティリオ、片付けなさい!」
「はい……」
ティリオはダークスライムめがけて毒の粉をぶっかけた。
「ギュブッ!? ギュボッ!!?」
ダークスライムは奇怪な悲鳴を上げて、その場でのたうち回り――
「ゲボオオオオオオオオオオッ!!!」
黒いゼリー状の体から大量の吐血をして、そのまま消滅してしまった。
「スライムって血を吐くんですねえ……」
ティリオの言葉に女神はうなずく。
「そりゃ吐きますよ。私の毒にかかればね」
***
“伝説の毒”で魔族魔物を倒し続けるティリオの元に、鉄でできた人形が現れた。
「これは……ゴーレム!」
鉄巨人アイアンゴーレム。
魔力で動く魔王軍最新兵器で、そのパワーとスピードは小さな村であれば、子供がドーナツを食べ終わるぐらいの時間で更地にしてしまう。
『勇者発見、排除する』
勢いよく襲いかかるアイアンゴーレム。
だが、ティリオはその巨体に毒粉を振りかける。
『異物確認! 体外除去、体外除去、体外除去……』
毒を感知し、アイアンゴーレムはなにやら自己回復を図るが――
『ゲボオオオオオオオオオオッ!!!』
やはりもがき苦しんだ末、大量の血を吐いて、爆散してしまった。
ティリオは冷めた目つきで、ゴーレムの破片を見つめる。
「なんでゴーレムが血を吐くんですかねえ」
「私の毒は凄いですから!」
「答えになってませんよ」
***
ティリオの快進撃に、魔王軍もついに最強クラスの魔族を送り出す。
“魔王さえいなければ彼が魔界の王だった”と評される最高幹部バロンデーモンが登場する。
青紫の皮膚、全身から禍々しい気を発散し、鋭い角、牙、爪が揃った邪悪の化身のような悪魔。
「勇者よ、貴様もここまでだ! この吾輩が来たからには――」
ティリオは毒の粉を撒いた。
「ゲボオオオオオオオオオオッ!!!」
バロンデーモンはのたうち回り、大量の吐血をした後、ピクリとも動かなくなった。
ティリオはため息をつく。
「やっぱりお前にも効いちゃうかよ……」
そして、ふと女神に尋ねる。
「この毒が効かない相手っているんですか?」
「そうですねえ。理論上は、この毒以上の猛毒を持っている生物なら、耐えられるはずです」
毒ってそういうものなんだろうか、と疑問を抱きつつ、ティリオは「この毒以上の毒を持った生物なんているわけない。いたら人類終わるし」と思うのだった。
その後、体内に猛毒を宿すという地上最悪の竜・ポイズンドラゴンに出くわすも、
「ワシが全ての人間を毒殺してくれようぞ!」
「じゃあ、その前に」
ティリオは毒をかける。
「ゲボオオオオオオオオオオッ!!!」
毒竜、毒に死す。
女神がティリオに声をかける。
「どうしました、ティリオ? 強敵を倒しても達成感をあまり覚えていないようですが」
「覚えられるわけないでしょ! 毒をかける、相手は死ぬ、の繰り返しの日々に!」
「でしたら、もっとパフォーマンス要素を取り入れて、毒をかけてみるとか」
ティリオは踊りながら毒を撒く自分の姿を想像したが、首を左右に振った。
「やめておきます。そんなことして関係ない人にかかったりしたら大変ですから」
女神はニコリとする。
「あなたのそういうところ、好きですよ。魔王を倒し、姫を助けられるといいですね」
「そうやって褒めてもらえると、少し救われましたよ」
ティリオもわずかに笑んで返した。
***
ティリオは魔王城に乗り込み、魔王ゾワンの元にたどり着いた。
ゾワンは長い銀髪に尖った耳を持ち、整った顔立ちを持つ魔族だった。人間に近い容姿だが、体内に潜む魔力と悪意はまさに計測不能。
ティリオは叫ぶ。
「ゾワン! レネーナ姫はどこにいる!」
「これでも私はレディは丁重に扱う主義でね。あそこで大人しくしてもらっているよ」
レネーナは青い水晶のような物質に閉じ込められていた。
ティリオも見るのは初めてだが、長い金髪と青い瞳を持つ、清らかそうで美しい姫であった。魔王が彼女を手中にしたかったこともうなずける。
姫は中からしきりに声を出しているが、ティリオには聞こえない。きっと助けを求めているに違いない。
女神がささやく。
「これが最後の戦いです。気を引き締めて」
「ええ、分かってます」
ゾワンが殺気全開で襲いかかってくる。
「死ねい、勇者!!!」
ティリオのやることは、これしかない。
袋に手を突っ込む。粉を掴む。撒く。この三動作のみ。
永きに渡る冒険でその動きは最適化され、ゾワンの攻撃速度を遥かに上回っていた。
「うぐううううっ!? なんだごれえええええええ!!?」
まともに浴び、のたうち回るゾワン。見慣れた光景である。
「ゲボオオオオオオオオオオッ!!!」
そのままいつものように大量の血を吐いて、ぐったりしてしまった。
それにつれて、レネーナを閉じ込めていた水晶も消える。
「レネーナ姫!」
「勇者様!」
初対面であるが、お互いに惹かれ合うものがあるようだ。じっくり見つめ合い、ゆっくり歩み寄る。
危険なので、毒の入った袋は床に置いておく。
だが――
「ただでは……死なん……!」
ゾワンはまだ生きていた。
最後の力を振り絞り、右手を動かす。
ティリオは咄嗟にレネーナの盾になるが、ゾワンは攻撃をしたのではなかった。
「まずいッ! ティリオ、魔王の狙いは……!」女神が気づく。
毒の袋がひとりでに動き、ティリオとレネーナにその毒を浴びせた。
「しまったァ!!!」
ティリオが叫ぶ。
女神の加護があるティリオは毒を受けても死ぬことはないが、レネーナはそうはいかない。
ゾワンは血を吐き出しながら笑う。
「ぐ、ぐふふ……! どうだ、目の前で姫に死なれる気分は……? がふっ! 自分のマヌケさに、絶望しろぉぉぉ……」
毒の粉を浴びて、レネーナは咳き込む。
「女神様、何とかしてくれ!」
「こうなっては私でもどうしようも……!」
もはや手の打ちようがない。
ティリオも女神も、レネーナがのたうち回り、血を吐いて絶命するのを見るしかない。
(せめて僕の剣で、そうなる前に斬るしかないのか……!?)
ティリオが剣を抜くが、どうも様子がおかしい。
「ティリオ、お待ちなさい! 彼女には毒が効いていないようです!」
「……本当だ!」
レネーナは多少咳き込んだが、至って無事である。
たまたま毒に耐性があったのだろうか、それとも女神の加護を受けているティリオの近くにいたので助かったのか。
ティリオが安堵と疑問を心に浮かべていると、レネーナが動いた。
レネーナは今にも死にそうなゾワンに向かって――
「今、私に妙な粉をぶっかけたのはあんたね? ったく、ヘドロよりも下等なゴミクズ魔族のお山の大将如きが下らないことしてくれちゃってさ。どうせ生きてても死んでても何の役にも立たないんだから、さっさとくたばりなさいよ、このゲロ未満野郎。あんたと比べりゃ馬糞にたかるウジムシでさえ白馬の王子様に見えてくるわ。地獄に落ちて、地獄の片隅で誰からも相手されずに、シロアリに食われるボロ家みたく朽ちていきなさいよ。それがあんたにお似合いの末路だわ」
ゾワンはこれを聞いて、さらに毒が回ったのか、罵倒がショックだったのかは知らないが、今度こそ白目をむいて崩れ落ちた。
「あー、言いたいこと言ったらスッキリした!」
朗らかに笑うレネーナに、ティリオは苦笑いするしかなかった。
彼女が防音性の水晶の中に閉じ込められていた理由が分かった気がした。
「魔王はくたばったみたいですし、帰りましょうか、勇者様!」
「う、うん……」
ティリオとレネーナは手を繋ぎ、魔王城を後にする。
女神はそんな二人の背中を眺めながら静かに笑みを浮かべた。
「まさか、私の毒以上に“毒舌”な子がいたなんてね……。勇者ティリオ、苦労はするでしょうが、どうかお幸せにね」
おわり
お読み下さいましてありがとうございました。