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白夜

最終話です。ラブコメどこいった……。


 ずっと昼間が続いている。


 曇り空のせいで太陽の位置は分からない。


「白夜なのか」


 時計が無いので時間感覚が曖昧だが、体感的に少なくとも一日以上経っていた。



 孤島は家を中心にほぼ円形。直径1キロメートルといったところか。


 水源は見当たらないのに蛇口から水は出る。


 冷蔵庫の中には常にラップにくるんだ食事が二つある。



 食事用のテーブルと椅子があり、向かい合って食事を平らげた。




 キッチンの一画に文字が書かれてあって、その横には何かを投入する口が開いていた。


 見たことにない文字だから読めなかった。


「魔石を投入って書いてある」


 上級市民には問題なく読めるようだ。


「魔石?」


「モンスターから取れる石」


「ああ、ゲームによくあるアレですか。だけどこの家の周りにモンスターなんていませんでしたよ」


「林に行けばたぶんいる」


「武器は? ないけどだいじょうぶですか?」


「問題ない。ここでは魔法が使える」


「え!? それは初耳です」


「やってみせるから覚えて」


 家から出て、芝生の上で魔法を試してみた。



「まずは防護膜」


 水色のカラダ全体がうっすらと膜に覆われた。


 透明な膜なので、水色の裸体はまるみえだ。


 キャシークララがムックリと起き上がったが、水色は一顧だにしなかった。



「防護膜でカラダを守りながら戦うのが基本」


 服がない代わりに防護膜があるってわけだ。


 手を少し先の地面に向けた。


「ファイヤーボール」


 手のひらから炎の弾が撃ち出され、着弾した芝生が黒焦げになった。



 何度か試しているとスムーズにできるようになった。



 ふたりで林に繰り出してみると、ところどころにスライムがいた。


「ファイヤーボール」


 スライムはジュワーッと解けて魔石を落とした。



 両手に一杯魔石を抱えて家に戻り、魔石投入口に放り込んだ。


「これを一日一回やればだいじょうぶ」


 魔石は貴重な動力源というわけだ。




 体感時間で数日が経った。


 白夜がずっと続いていて、時計のないここで時間を測る術はなにもなかった。


 寝るときはベッドで交代で眠った。


 起きている間は林に行ってモンスターを狩った。


 最初は面白みを感じていた魔法も、作業になってしまうととたんにつまらなくなった。


「帰りたいならすることはひとつ」


 水色に言われた。自分をなんとも思ってない上級市民の女子とセックスができるほど、下級市民の肝は据わってなかった。





 白い家からは砂浜がよく見渡せた。


 砂浜に見慣れぬものが漂着しているのに気がついた。


 ベッドで寝ていた水色を起こして、二人で丘を下りて行った。


 砂浜に着くと、そこには金髪のハダカの青年が倒れていた。



 肩を揺さぶると目を覚ました。


 金髪の青年は最初はとまどっていたものの、皆が全裸だとわかると安心したようだった。


 水色を見た金髪の顔がとても嬉しそうだった。


 金髪はペラペラぺラとどこかの言語で話し始めた。


 水色もペラペラペラと応じた。



 以降、ずっとふたりは喋っている。


 延々とおしゃべりをするふたりから離れ、林に行ってモンスターを狩った。


 いったい何をしゃべっているのかはわからない。


 下級市民にはおしゃべりのスキルはない。


 要件を簡潔に伝えれば事足りるのだから。





 モンスター狩りから家に戻ると、ふたりはベッドの上でむつみ合っていた。


「うそ、だろう? 出会ってまだ数時間しか経ってないのに……」


 窓にはカーテンはなかった。厚い雲で覆われていても白夜であたりは明るかった。


 はっきりと見えた。


 水色が金髪に抱かれる姿が。


 ただ茫然と立ち尽くして見ているしかなかった。 


 淡々として無表情だった水色が微笑を浮かべて金髪を見ていた。


 金髪は黄金の棒を水色の中に差し入れた。



 水色のあんな悩ましい表情を初めて見た。


 艶っぽい声が外まで聞こえてきた、



 カラダがいつも以上に疼いた。


 元気に走り回るキャシークララの頭をよしよしとなでてあげると、百億の子供たちが勢いよく飛び出していった。


 子供たちは海に還ることなく、芝生の地面に吸い込まれて消えた。



 セックスが終わった後、ベッドの上にふたりの姿はなく、僕一人が無人島に取り残された。



 金髪の青年は水色をもとの世界に戻すために呼ばれたのだろう。


 帰る手段を得た水色の決断は早かった。


 僕を切り捨ててさっさと帰る選択したのだ。何のためらいもなく。


 下級市民というものは、常にとまどい足踏みをする生き物だ。優柔不断で決断力がなく、立ち止まって前進することをためらったり、どうしようもないことをうじうじ悩んだり、嘆いたり、投げやりになったり、絶望したりと、上級市民ならば苦も無く乗り越えられることが出来ないでいる。


「おいてけぼりか……」


 誰もいなくなった家の中、下級市民のつぶやきだけが虚しく響いた。




 絶海の孤島に取り残された下級市民には永遠の孤独が待っていた。


 冷蔵庫の中にあった飲み物を飲み、空き瓶を手に取った。


「瓶に手紙でも入れて海に流そうか」


 だけどペンも紙もここにはない。


 ならば声だけでもと思いつぶやいてみると、瓶の中に詰めることができた。


 これまでの出来事を全てつぶやいて瓶詰めにして海に流した。


 誰かが拾って声を聞いてくれるかもしれない、そんな儚い望みを抱いて。






 海を眺めていると、いつもと様子が違うことに気がついた。


 水平線が間近に迫っていた。


 いや、水平線が切り取られて、消滅していたのだ。


 白い家を中心に空間自体が急速に小さくなっているようだ。


 海が無くなり、砂浜が無くなり、木立が無くなり、芝生が無くなり、とうとう家の外が無になってしまった。


 水色がいなくなった時点で、この世界は意味を失くし、消滅するだけになった。


 無が家の中にも迫ってきた。


 壁も床も机も椅子もベッドもなにもかもが、音もなくただ無に還った。


「この閉ざされた世界で、誰にも知られずに無に還る、まさに下級市民にふさわしい最後だな」


 自虐の言葉をつぶやく下級市民を飲み込んで、世界は消滅した。







 自室のベッドの上で目を覚ました。


「夢?」


 起き上がって自分が全裸だと気づいた。


 なんで全裸なんだ。全裸で寝たことなんて一度もない。


 いろいろ考えた末、やっぱりあれは夢ではなかったのだと結論づけた。


 空間ごと消滅してしまいそうになったところを、なぜかこっちの世界に戻って来た。




 なにかヒントは無いものかとネットで調べてみたところ、都市伝説にこんなのがあった。


 この世には世界の外側から訪れたストレンジ・チャイルドが何人か存在すると言われている。


 世界の外にまた世界があって、誰も観測したわけではないが、理論的にはあり得るらしい。彼らは異次元人、異世界人、異星人などと呼ばれている。


 ストレンジ・チャイルドはこの世に定着するために、時々「処女」と交わらなければならない。そうしないと世界からはじき出されてしまうからだ。


 男の記述しか載っていなかったけれど、女の場合はどうなんだ?


「童貞」と時々交わらなければ女は世界からはじき出されてしまうのでは?


 水色がストレンジ・チャイルドだとするならば、魔法陣による転移は、彼女に「童貞」と交わらせるための儀式だったのではないだろうか。


 転移は三回目だと言っていた。


 これまで儀式は三度行われたと考えられないか。


 確証は何もない。あくまで僕の推測にすぎない。


 下級市民の推測なんて誰も気にも留めないことはわかってる。


 ストレンジ・チャイルドのことは、心の奥にしまっておくことに決めた。




 翌朝、水色を見かけた。


 交差点で信号待ちをしていた黒い乗用車の後部座席に座っていた。普段は自家用車で通学しているようだ。水色はチラとこちらを見ただけで何の反応も示さなかった。


 僕も声をかけなかった。下級市民から上級市民に声をかけるなど許されなかった。



 水色のたおやかな裸体が瞼に浮かんだ。


 だから、彼女が乗る自動車をできるだけ見ないようにして交差点を渡った。



 ときどき思い出す。


 海に流したあの瓶はどうなってしまっただろうか。


 空間消滅とともに消えてしまったか。それとももしかして、どこかの浜辺に打ち上げられただろうか。


 もし声の詰まった瓶を拾った人がいたならば、どうかほんの少しでいい、下級市民のやるせないつぶやきに耳を傾けてやってはくれないだろうか。




【おわり】

 読んで頂きありがとうございました。


 せっかく無人島にふたりっきりにしてあげたのに、下級市民ではラブコメは始まりませんでした。


 下級市民のつぶやき。「ラブコメは上級市民の特権です」


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