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第2章 第2話

~ 師匠が二人にナイボ出場を勧めたところ、尚は不満そうになる ~


 そしたら、さっきから黙って話を聞いていた尚が、両手をテーブルの縁につけて身を乗り出し、「師匠、ナイボもすごく楽しそうなんですけど、私はフィットネスビキニに出たいんです。まだ早いですか?」って、少し不満げな顔で師匠に尋ねた。

 

「いや、別に早くないさ。ノービス(入門)なら予選も通ると思う。だけど、上位入賞は難しいかもな。あれはやっぱりバストとヒップの迫力が決め手になるから、身体が成長しきらないと評価されにくいだろうな。尚ちゃんもだいぶよくなってきてるけど、まだ、なんというか、こう、『少女の体』って感じで、要するにスレンダーなんだな。まあ、そこがいいんだけどさ」


 わー、師匠! そんなこと言ったら恐ろしいことになりますよ。それでこないだ暴行受けたんだから‥‥‥。


 と思ったら、尚は、特に気分を害するわけでもなく、「そうですか‥‥‥。細いですか。この一年くらい、私、ビキニの高木優里さんみたいになりたいって思ってずっとやってきてたんですけど、適性がないですかね‥‥‥」と、両手を腿の下に敷いて、視線を落とし、寂し気につぶやいた。

 

「いやいや、適性はこれから頑張ってつければいいんだよ。高木さんだって17の時は今の尚ちゃんみたいだったはずだぞ。なにしろ175㎝もあるんだから。縦に伸びてる間は、横には成長しないもんだ。もちろん、今年ビキニに出るのもかまわないけど、今の自分にピッタリの競技があるなら、そこで実績を残して次に移るのでいいんじゃないかな?」

「そうでしょうか」

「うん、ゲームでもなんでもそうだけど、自分をレベルアップさせながら一つ一つクリヤーしていくのって楽しいし、モチベーションになるじゃないか。別に一足飛びじゃなくてもいいんだよ」

 おお、さすが師匠、いいこと言うな。

「‥‥‥なるほど。ありがとうございます。少し考えてみます」って、師匠の言葉はちゃんと響いたらしく、尚が顔をあげて、そう殊勝に答えた。にしても僕とだいぶ違う反応だなあ。


「うん、意に添えなくて申し訳ないけど、審査員の立場でみるとそんな印象だな。今の尚ちゃんならナイボでてっぺん取れる可能性は十分にある。そのままでいい。昇は、今のままだと、正直全日本では予選通過も怪しいが、すごく可能性を感じさせる選手ではある。高身長と素晴らしいフレーム、あと顔がいい。本番までどこまでバルクつけられるかだと思う」


「顔なんて関係ありますかね?」

「あるよ! 当たり前じゃないか。採点競技なんだから。ナイボの審査項目にも『ルックス』って堂々と書いてあるぞ」

「えー、そうなんですか?」

「書いてある。俺も初めて見たとき驚いた。けど、書いてなくても、それは当然大事だぞ。立ち姿全体のかっこよさを競う競技なんだから。テニスやサッカーみたいに相手と対戦するわけじゃないからな、審査員の評価が全てなんだ。別にイケメンである必要はないけど、爽やかっていうか、『この競技が大好き』っていう雰囲気が大事だな」


「おー、なるほど。だからみんな減量でフラフラなのに、ステージ上ではニッコリしてるんですね」

「そのとおり。そういった意味じゃ、お前は最初からアドバンテージを三つ持っている。どれも努力じゃ手に入らないものだから、チートみたいなもんだ。負けるとしたらバルクだけ。逆にいうと、お前がフレームに見合ったバルクを手に入れたら、もうフィジークでもボディビルでも無双するはずだぞ。不世出クラスの選手になれる、と俺は思っている」


「よして下さいよー。僕、人間できてないんで、気持ちよくなっちゃうじゃないですかー」

「いや、間違いない。だけど、そのフレームにバルク付けきるの大変だろうなー。長い分、筋肉が沢山必要だからな。10年くらいかかるか? 今はようやくペナペナを脱したくらいだから、先は長いぞ」


「ふふん、足女子高生」 尚、それ言わないでー!


 ******


5 それにしても、洋介師匠、よく飲むなあ。

 すでにハイボール濃いめを8杯飲み終えて、今お代わりを二つ頼んだところだ。おつまみもおしんこを追加しただけで、お酒ばっかり飲んでる。

 僕らはデザートにゴマアイスを貰って、でもカロリーが高いので、二人で分けあって食べている。


 そしたら、師匠がハイボールの氷をカラカラしながら、突然聞いてきた。


「お前たち付き合ってんのか?」


 え? 今何聞かれました?

 僕と尚は、思わず顔を見合わせてしまい、見合わせたくらいだから、やっぱり聞かれたことが理解できてしまって、僕は右を向いて手で口を押さえ、尚は膝下に両手を入れて左を向き、二人とも顔を赤くして押し黙ってしまった。


「し、師匠、酔っぱらってますね。飲み過ぎですよ」って、僕が気を取り直して言ったら、

「こんなんで酔っぱらわねーよ。うー」だって。

「すっごい酔っぱらってるじゃないですか」

「いや、結構飲んだけど大丈夫。なんか、ずいぶん前からさ、この二人いい雰囲気だなあ、恋人なのかなあ、って思ってたんだけど、違うのか」


「え? そんなふうに見えます?」

「そりゃ見えるよ。誰が見たって、すごいお似合いじゃないか。だから心配なんだよ。ここんとこ進展してるように見えなかったからな。なんかまどろこしいんだ」


どうしよう? 僕はまだ尚に打ち明けたこともないのに、なんて言えば‥‥‥。

「ええと‥‥‥」って言いかけたところで、僕は、驚いて言葉を止めてしまった。


 テーブルの下で、尚が僕の左手を握っている! まるで祈りを込めるみたいに、ギューって、少しずつ力を込めている‥‥‥。


 そうだ、『自分から追いかけて捕まえるよ。私、たぶん』 尚はそう言ってた。


 分かった、悪かった。尚、ごめん。本当は、もうとっくに、僕の方から追いかけるべきだったんだ。ほんとに今までなにやってたんだろう。尚にこんなことまでさせて、情けないな。

 尚の覚悟を無駄にしないで、今すぐ、勇気を持って踏み出せ。

 

 僕は、眼を閉じて、大きく一つ息を吸って、それから師匠の目を真っすぐ見て、

「僕と尚が恋人ですか‥‥‥そうなれたらいいなって、僕も、強く願っています」って、スッキリとした笑顔で答えた。


 尚の右手から、フっと力が抜けた。左手は口を塞いでいる。ちょっと震えている‥‥‥のか?

 僕は手の平を反し、尚の指と絡め、ゆっくりと、だけど力強く握り返した。

 なんて細い指なんだろう。


「おお、よく言った。お前、ちゃんとしっかり捕まえておけよ。尚ちゃん、すごくいい女だから、うかうかしてるとかっさらわれるぞ。だから‥‥‥」 師匠はそう言って一呼吸置き、口の端でニっとしながら、「その手、離すなよ」って言ってきた。


 あはは、バレてますよ、尚さんや。

 僕が笑顔を向けると、尚が僕の方に体を寄せて来た。


 僕たちの距離が、ゼロになった。


 ******


6 「師匠ずいぶん酔っぱらってたねー」 

 旧甲州街道を5分ほど歩いたマンションの入り口で、「ごちそうさまでしたー」って師匠を見送ったあと、尚が振り返って言った。

 

 結局、師匠はハイボール濃いめを10杯も飲み、だいぶろれつも怪しくなってきたので、10時にお開きにしたのだけれど、財布を床に落としてたり(テーブルの下から発見された)、お店を出てから「あ、スマホがない」(同)って取りに帰ったりしたのに、「俺はもう一軒寄って帰る!」とか言いだしたので、「いやいや、それダメです。今日は帰りましょう。送っていきますよ」って、二人でなだめて送って来たところだ。


 旧甲州は歩道が狭いので、街道北側の裏道を通って駅まで戻ったんだけど、その途中で尚がピョンと僕の前に跳ね、後ろ向きに歩きながら、

「ねーえ、こういうとき、なんか、することがあるんじゃない?」って聞いてきたので、

「ああ、今、俺もそう思ってた。じゃ、お手を拝借」って僕が答えると、尚は、

「よろこんで!」って破顔して、栗色の大きな瞳を輝かせた。


 差し出された尚の右手を、僕の左手で繋いで、横に並んでまた一緒に歩き出す。

 尚の手はしっとりとして柔らかく、細く長い指が僕の指とぴったりと合わさり、そして絡みあい、僕の胸は満たされた想いで一杯になった。確かに、現実に、繋がっているんだ。長くかかったけれど、今日ようやく繋がった。


 ‥‥‥だけど、ううむ、これはダメだ。無理。ダメー。


「何、どうしたのよ?」 尚が怪訝そうな顔で僕を見る。

「すまん、緊張して手汗がダラダラと。ちょっと乾かさないと」 僕が手を放してひらひらとやると、

「もう、バカっ。こんないいところで。あんた大胆なんだか臆病なんだかわかんないわよ!」って、そりゃ怒るでしょうねえ。


「手汗ダラダラじゃ、お前に悪いだろ」

「て、手汗くらい、いいわよ!」

「いや、だから‥‥‥手じゃなくて」


 僕は尚の肩に手を回し、グッとこちらに抱き寄せ、僕たちの身体をピッタリと合わせた。

 尚は、驚いて一瞬ビクッとしていたけれど、そのうち「‥‥‥大胆じゃない」ってつぶやいて、静かに両手を僕の腰に回し、頭を肩に預けて来た。


「家の近くでこんなことしてて、親に見つかったら大変だ」

「そうかしら? 私はかまわないけど」

「かえって安心するかな。『ようやくか』って」

「ふふ、きっとそうよ」


「ああ、お前、まだ肩細いな。サイドレイズたくさんやんないと」

「知ってるわよ。バーカ。あんたのウェストも大概よ」

「はは、それはいいことだろ」


 残念なことに駅にはすぐ着いてしまった。まだまだ一緒にいたいけど、尚もそうだと思うけど、もう遅いから帰さないといけないな。親の信頼って大事だし。

 駅ビルの店舗エリアを抜け、マンション棟入り口で手を離し、「今日はどうもありがとう。それじゃ、また明日ね」と伝え、オートロックを解除してエレベーターに向かう尚を見送った。


 尚は、オートロックのガラスドアが閉まった直後、こっちをぴょこんと振り返った。ポニテが大きく揺れる。眼を細めてニッコリしながら、胸の前に置いた手を振り、小さな唇を動かして「●●●●」って、何ごとか言った。


 え、何? 聞こえない。今何て? 四文字。あー、行っちゃった‥‥‥。

 

 もう、そういうの気になるからやめてー。

 


 読者の皆様。いつも本作を読んで頂き、ありがとうございます。

 師匠のおせっかいが効を奏して、ずっと足踏みしていた二人も、ようやく恋人への一歩を踏み出したようですね。

 第3章の前に、オマケ編の「尚の誕生日」が入ります。ちょっとしたお口直しといったところでしょうか。尚が脳筋女子ぶりを発揮します。


 それではまた明日。


 小田島 匠

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