第八話
俺が何も言わないので気まずくなったのかカンジはしばらく沈黙を守っていた。語り部が誰もいない部室に音がこだまするとしたらそれは突然の乱入者による声か学校のチャイム音、または甲子園を目指す元気な野球部員の掛け声が急成長したかのどれかだろう。
「やーやー、諸君お待たせ!」
三択の均衡が破られたのであるがそれは前田先輩の声だった。
「あ、姉ちゃん」
「!?」
えっ、姉ちゃん!?誰が!?まさか………いやでもこいつ苗字確か江戸前だぞ、変わった苗字だからよく覚えている。しかし驚愕している俺をまるで気にしないがごとくいや実際気にしていないのだろうな、
兄弟(疑惑)達は話していた。
「あ、カンジ!どうしたの、入部希望なの?」
「いやいや、竜馬と話してただけだよ。」
「あら、二人ってそんな仲良かったのね。ふーん、じゃあ友達もいるんだし入部すればいいじゃない。
前に私が誘ったとき女子しかいないのがネックとかなんとか言ってたわよね。あと科学部兼部オッケーだし」
「うーん、どうしようかな。でもなんか科学部の顧問が姉ちゃんの事嫌いでさー。入ったら入ったで何か言われそうで怖いんだよ。」
前田先輩は喋りながら歩いていたが床の直置きのデスクトップに電源を入れるとようやくいつもの部長の席に座りディスプレイを眺めながら会話を続ける。
「そんなの気にしなければいいじゃない」
「まぁ、考えてみるよ。じゃあな竜馬、俺変えるよ。姉ちゃんもじゃあね。」
「お、おう」
「じゃあねー、入部届の紙ならいつでもあげるわよー」
カンジは手を振りながら部室を去っていった。さて、兄弟の水入らずの会話も終わったことだし疑惑を晴らさなければいけない。謎の使命感にかられた俺は苗字が違うのに兄弟とはこれいかにと前田先輩に聞き込みをした。
「前田先輩って兄弟いたんですねー」
「あーいるよー。カンジのほかにも可愛い妹がが一人いてさー、名前は前田はるみっていうんだけど来年この高校に来るんだってさ。もし文芸部にきたら竜馬君後輩できるね!」
「おぉー、それはいいですね!所でそのはるみちゃんは苗字前田なんですね。」
「あぁー、両親が別れちゃってさ。そのせいで性が別なんだよね。」
あぁ………なるほど。離婚か。しかし失礼なことを言ってしまった。謝ろう。
「すみません、変なこと聞いちゃったりして。」
「ああ、いいのよいいのよ!まあこの話題はもうそれきりにして。」
俺の作った小説の話か。うーむ、クミなら一緒に作ってくれたしいいのだがまだ他人に見られるとなると恥ずかしい。まだ心の準備が………
「さっき走り去ったクミちゃんとすれ違ったんだけどなんかあったの!?」
………そっちか。ていうかちょっとまて。ツッコミどころが一つある。
「なんでその話、カンジがいる時にしないんですか」
「カンジにその原因があるとはとても思えないわ。あいつ結構ヘタレだもの。女の子に声かけるなんて真似できるわけないし。なら消去法で竜馬君しかいないってわけ」
な、なるほど。とんだ親バカならぬ兄弟バカだ。
「で、何言ったの?あの子意外と繊細なんだから言葉には気を付けた方がいいわよ。ほら、会話の添削してあげるからいいなさい」
「わかりました。実は………」
俺は白昼堂々と嘘をついた。人間深刻そうな顔で話されたら信じてしまうものだ。前田先輩は納得したようで
「なるほどね………クミから貸してもらった「砂の女」の酷評をカンジに言っていたらクミが部室の前でそれを聞いて帰っちゃったのね。うーん、それはダメだわ竜馬君。人間の屑。」
ですよね………話を作った俺ですら話していると正直引いてしまったくらいだからな。
「でもね、カンジ君。屑は屑なりにできることはあるの。次に話すことをやれば屑から捨てられたバナナの皮くらいまでには人間ランクが昇格するわ………………」
「それはいったいなんなんですか?」
なんだか話しかけてほしそうな素振りをしていたので聞いてみた。まぁ大方予想がつくけど。
「謝罪よ!今すぐ謝罪にいきなさーい!」
「うわっ!」
席に立ったかと思うと次の瞬間には俺の首根っこを掴んでまるで野球ボールのように俺を部室からほおり投げていた。俺は壁に叩きつけられ尻もちをつく。なんつー馬鹿力だ。文科系の部活に入ってる人の腕力じゃないぞ。
ガチャン!と音がする。そして前田先輩の声がドア越しに聞こえてきた。
「クミに謝ってきなさい。そしてクミを部室へ連れてくること。
あとそれと文芸部員の双子も連れてきて。それらのミッションをこなさないと部室へは通しません!
以上!」
前半はともかく後半は俺とは関係ないのだが………まぁいいか。部長命令だからな。
俺は起き上がり文芸部室前を去った。