第七話
普段面識はあるけど深いところまでの関係まではいかないような交友関係にあるやつから話しかけられたときにいい話題であったためしがない。今までの経験上、そして今回の「これ」も含めると的中率は100パーセントだ。
「おい、お前。」
と突如呼び止められたのは放課後、文芸部に向かっていたときである。聞いたこともない声だった。この呼びかけ自体がそもそもろくでもなかった。人を捕まえて初手から「おい」などと言うのは失礼を極める。
それに「お前」とはなんだ。俺にはちゃんと「竹田竜馬」という名前があるのだ。先輩やクミのような脳に甘い息がかかるような呼び方までは要求せんでも最低限「竹田」くらいは呼んでほしいものである。
「なんだ?」
と振り返るとそこには科学部の窓の縁に腕をかけて立ちながらよしかかっている………名前なんだっけ?
いや、面識はあるのだが喋ったことが一度もない。うむ、俺も人の事は言えないな。全く。
次に「そいつ」はとんでもないことを口にした。
「1年3組の五反田クミと付き合ってんの?」
「んなわけないだろう」
即答である。こういうのは隙を見せたら終わりなのだ。赤面もしてはいけない。そう、俺は大事なことは全てラノベで学んだのだ。サンキューラノベ。
「ふーん、そう」
「っていうかなぜそんな話になるんだ。」
「そいつ」は廊下の立ち止まる俺も含めほかに通っている生徒や先生は我知らぬ顔で鼻をほじりながら答える。
「いやぁーなんか1組で凄い話題になってただろ?あれ?お前確か1組だよな?
あー友達いないもんな、お前。聞かれなかったか。」
グサッ。日頃匿名掲示板で鍛えられているため誹謗中傷への耐性は少なからずあると自負していたのだが
面と向かって言われるのは素直に効いた。というか最強じゃないか、これ。そんな俺の精神へのデバフなど知らないという顔で「そいつ」は続ける。
「あー、1組じゃなくて全クラスでも話題になってたか。お前本当に友達いないなー。全クラスに噂が広まってたら普通仲のいいやつに聞かれるもんだろ。なに、地元の友達ゼロできたの、お前?」
なぜか俺の話へシフトする。しかしよくもまぁこんなにセンシティブな話題をずけずけというものだ。
いや、間違ってはないけどさ。
「で、どうなの?」
「え?あぁ、うん。ゼロ………」
「そうか。うーん。」
と「そいつ」は思案顔で腕を組み空を仰ぐ。何を考えているのだろう。変な奴だ。
話に区切りがついたわけではないので俺はなんとはなしに今なお思案している「そいつ」の前に立っていた。暇なので通りがかる女子生徒の太ももをチラ見したり文芸部を見ていたりしていた。1年生は授業が終わるのが早いため文芸部に向かってくる先輩の姿は目に映らなかった。文芸部室の中からは音がしないがもうクミは来ているのだろうか。まぁあいつの立てる音と言ったら本のページをめくる音くらいだろうしいてもおかしくはない。そういえば昨日来なかった双子姉妹も一年生と聞いているが来ている様子はないな。いや、クミと同じタイプで静かなのか?で、もう来てたりして………と色々考えているうちにいきなり「そいつ」は
「よし、決めた!」
何が決まったのだろう。しかしおかまいなしというかなんというか。マイペースな奴だ。
「お前、俺の友達になれ。」
どっかの海賊王志望なのか、お前は。と思わず突っ込みたくなった。まぁ嬉しくないこともなかったが、
「なぜ上から目線なのだ。俺はな群れるくらいなら孤独を愛する………」
俺の天邪鬼の性質がその誘いを断る。しかし「そいつ」は俺の話している途中でため息をつき、そして食い気味に
「おまえなぁ………そんなこと言ってたら一生クラスに溶け込めんぞ。もう一学期が始まって3か月もたったんだ。もうグループは出来上がってるし付け入るスキはない、だろ?だから文芸部でつながりを持とうとした。違うか?」
「………」
「損にはならん。俺が保証する。だからよろしくな、、、えーと名前なんだっけ。」
「竹田竜馬だ」
「そう、竜馬よろしくな。俺の名前は江戸前カンジだ。」
すっ、と右手を差し出してくる。なんだかこいつの掌の上で転がされてるようで癪だったが体は考えていることとは逆に左手を差し出していた。
「で、竜馬。1組の窓側にいた奴の証言なんだが五反田クミをおんぶ抱っこして登校したってのはほんとか?」
場所は文芸室内。俺たち二人はまだ誰もいないのをいいことに文芸室で雑談をしていた。別に科学室でもよかったのだがカンジがいうには
「あそこは薬品臭くてたまらん」
というので誰もいない文芸室で話そうということになった。
「あぁ、本当だ。」
「加えてその時のおんぶされてた五反田クミの顔が紅潮していたという事は本当なのか?」
なんだそれは。一年生の教室は三階だぞ。そこから校門までどれだけ距離があると思ってるんだ。
その「一組の窓際にいた奴」はパイロットにでもなればいい。というのも実はそのおんぶされてる時のクミが赤面していたという自信が少なからずあるからだ。なんでもおんぶしているときの体温が暖かかった。あれはとても気持ちいいものだった………って今はそんなことを考えている暇はない。クミの名誉のために証言にケチを付けなければいけないのだ。
「いや、そんなのおんぶしている俺に確認しようがないし、校門で降ろした時には平常の顔だったぞ。
だからその今日は西日が激しかっただろう。その窓際にいた奴の見間違えさ。」
「ふーん、そうか。いやぁ、おかしいな。その窓際にいた奴なんだがパイロットを目指していてな。
俺の目に狂いはない、なんて大見得切っていってたんだがなぁ。まぁ弘法も筆の誤りっていうしな。
それに竜馬がいうからには確かなんだろう。」
「………そうそう、所詮パイロットを目指してるっつったってまだアマチュアだろ?それに噂に一人盛り上がってあらぬ事実を付け足したりがり屋なのかもしれないぞ。」
するとカンジは急に真剣な顔で
「いや、キヨに限ってそれはない。あいつは「ガチ」だ。なぁ、竜馬。キヨって誰かわかるか?」
「わからん」
「そ、そうか。一応4月のオリエンテーションの自己紹介で夢はパイロットって言って結構目立ってたけどな………まぁいいか。清原貫太郎。みんなからは「キヨ」と呼ばれてるやつなんだが、あいつにパイロットの夢をバカにするようなことは絶対言っちゃいけないぞ。本当に生死にかかわるからな。キヨは本当にパイロットを目指してる。今回の事もお前は勘違いして頭にきたかもしれないが絶対文句を付けちゃいけないぞ。パイロット関係のたとえ視力の事でもキヨはマジ切れする恐ろしいやつだからな。」
俺は忠告を聞いている間、その「キヨ」とか言われてるやつを元西武の例の選手でイメージしていた。
というか、クミが本当に赤面していないという確証が持てないのに文句などそんな怖そうなやつに言えるわけがないだろう。するとカンジは今度は反対にフッと頬を緩め
「いや、根は良いやつなんだアイツは。そのパイロット関連の事を口に出さなければだがな。まぁ今度紹介するよ。竜馬も友達はいればいるほどいいだろう。」
えぇ………ちょっと怖いんだが。怯んじゃうんだが。
「な、なぁ。その清原はもしかして硬式野球部に入ってるのか」
「おぉ!よくわかったな。そうだ、一年から四番で鳴らしてて野球部じゃ「怪物」と呼ばれてるらしい。
まぁ体育会系だがそういうノリを強制するナンセンスな奴じゃない。いや、ほんとに」
そのうち俺の知らない一年生で「桑田」とかいう名前の奴がでてきてもおかしくないな。やれやれ。
「わかったよ。その清原が悪いやつじゃないってことは」
「そうか、よかった。いや、アイツ見た目が怖いから勘違いされがちなんだよ。しかし、アイツも同級生に切れまくって若干クラスで浮いてるんだよ。あと野球部で四番だから女子からの人気も高くてな。男子からのひんしゅくをかっている。ボッチ性質同士案外気が合うかもしれんな」
「ははは、そうだな」
まぁ、嫌みじゃないのはわかってるんだが………うむ。
「で、俺は食堂を使わないから知らなかったんだがな。」
「まだ続くのか。もういいだろ。俺とクミは付き合ってもない。これでいいだろ」
俺の迫真な剣幕に押されたのかカンジは口をもごもごさせながら
「う、うむ。そうだな。しつこくて悪かった」
といったが、すぐに
「だがな、竜馬。この食堂の件はたとえ付き合ってなかったとしても勘違いされると思うぞ。」
「だからちがうっていってるだろ。」
「いやそれはわかってる。わかってるんだが………付き合ってないならな?」
「なんだよ」
「学食のおかず交換とかいうのはよしてほうがいい」
「………」
まぁそりゃ普通の関係ならしないだろう行為だ。何も言い返せない。
「あれじゃ付き合ってないとお前がどれほど言おうが秘密裏に付き合ってるラブラブカップルにしか見えん。そういう行動は慎むべきだ」
「う、うむ。確かにそうだな」
カンジはふーっと息をつくと
「俺はこれが言いたくて雑談をしようと持ち掛けたんだ。いや多少の疑惑はあったが竜馬と五反田クミが付き合ってないのは薄々感づいてたよ。でもそれなら疑惑のかけられるような行為はしない方がいいって忠告がしたかったんだよ。いくらなんでもおかず交換はやりすぎだ。」
「そうだな」
俺は忠告を素直に受け止めた。クミにまで風評被害を及ぶのは忍びない。少し男子校に慣れていたせいで距離感と言うものをとらえ違えたみたいだ。気を付けよう。
先ほどまでの少し張り詰めた空気はどこ吹く風と言った感じで緩んだ雑談の空気へとシフトしていた。
対話経験のない俺でも口から言葉がすらすらと出てくるのはカンジの対話慣れのおかげだろう。カンジは野球にも精通していて、好きな球団は俺の贔屓といちいち試合するたびに「伝統の一戦」とか言われる
トラがトレードマークであったが俺の贔屓の事をしっても嫌な顔せずに思う存分リーグの優勝争いの事を話すことができた。そんな緩んでいた空気だからだろうか
「で、竜馬はその付き合ってるとかそういう問題は棚に置いて、五反田クミの事はどう思ってるんだ?」
といきなり来た質問に素直な心で応えてしまっていた。
「クミか………まぁ普通に可愛いよな。好きかもなぁ。」
「えっ!?」
この答えは想定外だったらしい。もちろん俺もだ。しかしそれまではよかった。問題はその時文芸部室にいた人数が三人であったことだ。
「えっ………」
これは俺の声ではない。俺は扉をに背を向けて座っていたのだがその声は聞き覚えがあった。したがって振り返る必要もなく、またその時振り返ってたとしてももうすぐに駆け出して行った足音を聞いていた所だし「そいつ」の顔を見れはしなかっただろう。しかし俺と対面で座っていたカンジはその驚いて逃げていった「そいつ」の顔がよく見えたようで唖然とした顔で
「お、おい。聞かれちゃったぜ………お前。追わなくていいのかよ?」
と扉を指さしながら言ってきた。はて、カンジ俺のどこを見て俺が「そいつ」を追える状態にあると判断していったのだろうか。
やれやれ、全く。窓から差し込む西日が激しい。体が熱くてけだるい。俺はそのまま椅子に座っていた。