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第五話

 体感時間は十分。エンドレスで鳴り響く目覚ましのタイマーが親の仇のごとく恨めしい。しかしなんとしても起きなければならない。なにしろ先輩に直接俺の作品の感想を言ってもらわねば昨日の苦労はこのまま寝てても報われん。それにクミにきつねうどんを食べさせないといけないしな。


 朝いきなりスマホの液晶画面を見ると目に悪いような気がする。だから朝はスマホは見ない。それは俺に限らず目に罪悪感を抱えている人なら必ずと言っていいほど行っている習慣だと思う。だからしょうがないことなのだよ、クミさん。

「じゃあ今度から竜馬の家にピンポンしに行く。」

「なるほど、それは………よくないだろ!」

「なんで?」

「なんでって、お前な。そんな小学生みたいな………俺たちはもう高校生なんだぞ?」

「でも今日みたいに寝坊した竜馬をいつまでも待っていたら私まで学校に遅れてしまう。」

「おいてけばいいだろ!」

「できない。だって連絡がなかったから。」

なんとまぁ融通の利かないやつだ。勝手に待っておいて連絡が来なかったからそのまま待ちぼうけ?

はん、今時献身的なヒロインムーブは………流行ってるな。うーむ、重宝すべきだなこりゃ。

しかしこのままじゃ本当に間に合わないな。朝から運動は嫌なんだけどなぁ…クミはどうなのだろうか。

「もうちょい走れるか、クミ?」

「待ちぼうけで疲れた足には不可能。これも竜馬が朝スマホを覗いていれば………」

「あぁ、もうわかったよ!今度からは朝から眼球を乱雑に扱う方向性でいくよ!」

クミは息が上がっていて上気しているらしく顔を赤らめて笑顔を作る。それも純粋とれたてほやほやの極上のを。本当に待たせて悪かったなとこの顔を見て心の底から思った。加えて俺のせいで遅れる事を阻止しなければという気持ちも固まった。


 俺は突然走るのをやめしゃがむ。クミはいきなり立ち止まりしゃがみこんだ俺を見て、はてなと言う顔をする。あぁ、もうじれったい。手を後ろに差し出してるんだからわかる気もしそうなもんだがな。俺だって新入生で一学期早々遅刻がつくのは嫌なのだ。

「ほら、おんぶ!はやく!」

「!!」

クミはゆでだこみたいな顔をしながら、せかされたので慌てて俺の背中に飛び込む。む、出会った当初から華奢な体つきをしているな、とは思っていたがまさかこんなに軽いとは。俺の三つ下の妹でももう少し重いんじゃないか?しかしまぁ、あれだな。その………出るとこはでてらっしゃるようで。

「どうしたの?遅れちゃうんじゃないの?」

「はっ、いかん!飛ばすぞー!」


 出勤中のサラリーマン、散歩中の老人、ゴミ捨てに行く主婦、近隣の小中学生たち。そんな群衆をかき分けるようにして走るおんぶだっこ状態の高校生二人なぞそれはまた注目の的と言えるわけで。

俺は恥ずかしさを遅刻打ち消しという目標意識による執念の走りで打ち消していた。

「わー、なにあれ!」

「お兄ちゃんはやーい!」

小学生の声。

「ぷっ、なにあれ。」

「クスクス。」

生意気な中学生どもの声。

「青春」

これはおぶってる女子高校生の声だ。いきなりなんだ?

「青春ってこのシチュエーションの事か?」

「そう」

いかん、走りながら話すのは結構体力が持っていかれる。でもあともう少しでつくだろう。校門が見えてきた。そしたら登校時間ギリギリセーフ遅刻回避と言うグランドフィナーレが待っている。少しくらい付き合ってもいいだろう。

「そうだな。周りから見るといい年した高校生男女がおんぶだっこダッシュだもんな。しかし俺たちからしてみればただひたすらに遅刻回避しないよう必死なだけなんてのは、やれやれ皮肉なもんだな。」

「私はおんぶされるだけ。必死じゃない。」

「それもそうだな。じゃあ後でお礼のキスでもしてもらおうか。」

「………いや、ダメ」

肩を握り締められる。けれど痛すぎずちょうどいい圧力だった。揉まれてる気分だ。しかし狼狽してるクミと言うのも面白い。すこしからかってみよう。

「なぜだ。ナイトがこんなにも頑張っているのにご褒美もなしか。無慈悲な女王様だ。」

「だって、」

「だって?」

「私たちは、まだ付き合っていないから。」

………まだ?えーとクミさん?「まだ」ってことはいつかはあるってことかな?いやー………まいった。

カウンターを食らっちまった。詰めが甘いのは男子校しぐさだな、全く。

「そうだな。俺たちは”まだ”付き合っていないもんな」

「そう」

ちょっと強調して言ったつもりなんだが無反応か。しかしからかうというなれないことをしてしまったせいでその後しばらく靴の音だけが響いた。

 校門付近の道は学校に向かうだけとなっているので通るものは人一人としていなかった。ホームルームが始まる寸前のこの高校の校門前の道を通るものと言えば結局遅刻扱いを受ける哀れに無駄に走りこんできた男子生徒と心に春が訪れた女子生徒の二人だけであった。

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