第二話
「あら、そう」
そう言って満足気にほほ笑む前田先輩は地上に舞い降りた天使のように見えた。
ギュっ。再び手が繋がれる。あぁ、こんなことするのも入部希望者へのサービスなんだろうな。
入部したらもう二度と手は繋いでくれないに違いない。
「どうしたの?顔色悪いわよ」
とぼとぼと歩く俺を心配したのか振り返ってそう聞いてくる。性格もいいとかほんとに天使だな。
なるほど、こんな天使が過ぎると僕なんかもっと付き合えないに違いない。
「ほんとに大丈夫?体調悪いなら体験入部はまた今度にして保健室行く?」
「いや、いいんです。ただの恋煩いですから」
「あら、もう高校入学して好きな子できたの!?流石男子校出身は目ざといわね。所でその子はどんなこなの?竹田君なら可愛いし大丈夫よ。」
「黙秘権を行使します」
前田さんはきょとんとする。やばい、キモかったかな………今の返し。
しかし前田先輩は快活に笑って流してくれ、
「ははは、生意気だなぁ?この坊や?」
ぐりぐり、と肘を押してくる。あぁこんなイチャイチャができるなんてやっぱり男子校はクソ!じゃなかった………共学は神!
「まぁなにがともあれ体調が悪くないならよかったわ。さ、入って。」
「お邪魔します」
「クスクス、面白いのね竹田君は。」
広さは1LDKくらいなもので、本棚二つにテーブルが三つ囲うようにおかれそれぞれに椅子もついておりその一つには女子生徒が座っていた。パソコンは一台だけあった。扉から向かい合ってデカい窓が据えられておりその窓から新緑が見えもうすぐ夏休みであることを実感させられた。
前田先輩はお決まりの席なのか窓側の席に座りパソコンを起動させ俺もすごすごと女子生徒と向かい合う形で座った。
さっきからずっと読書をしている彼女は先輩なのだろうか。チラリとも俺を見やらないとはなんとも無関心というか集中力があるというか。前田先輩はパソコンの横から顔を出すと
「ちょっと、クミちゃん!同じ新入生同士なんだから自己紹介しなさい。」
彼女はおもむろに本から俺へと目線を移動させると
「五反田クミ」
それだけを発してまた読書へと戻った。前田先輩はその様子を見たのかため息をついていた。
おっと自分も自己紹介しないとな。
「僕の名前は竹田竜馬。竜馬でいいよ、よろしく。」
無視。まぁ、魅力はないのはわかっていたけどさ。
「じゃあ私も竜馬って呼んでいい?」
前田先輩がそう尋ねてきた。呼んでいいどころか呼んでほしい所ですよ、はい。
「もちろんです」
「そう、よかった。よろしくね、竜馬君!」
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
なんだかいい雰囲気だ、なんてにへら顔こいていたらいきなり
「竜馬、好きな本はナニ?」
と五反田クミがしゃべりかけてきた。
「あ!それ私も気になるな!入部希望はあとで個別に聞く予定だったけど好きな本くらいはここでもう
教えてもらいましょう!なんだろうなぁ~竜馬君の好きな本。ジャンルはミステリー?sf?
まさかまさかの古典文学だったりして!?」
あの~勝手に盛り上がってるとこ悪いんですが僕はラノベと漫画しか本は読まずそういう一般小説は
現代文でしかやったことないんすよ………しかしここで「俺ガイルが大好きで~」
なんて語りだしたら門前払いを食らうかもしれない。どうする!?
ここで脳内に現れたのは図々しい猫であり生意気に王様椅子に座っていた。
その態度のデカい猫は僕を見下しながら
「ワシを言えば大体漫画で言えばワン○-ス辺りが好きだとか言う認識として取られまぁまぁスタンダートじゃぞ」
と言った。まぁ確かに「お前」なら決して深すぎずまた浅すぎず、そしてみんな知っているため流し読みでも「どの辺の内容が好き?」など絶対に聞かれない。よし、これでいくか。ありがとな、猫。
僕はグッドマークを猫に向けてやるとそいつは鼻であしらった。くそ、ちょっとばかし有名な小説の主人公だからって調子に乗るなよ………まぁいいか、今はそいつに頼るしかないものな。
「”吾輩は猫である”が好きです。」
「………」
「………」
沈黙が訪れた。二人の視線は南極の岩みたいな決して砕けることのない氷のように俺に視線を向けたまま固まっている。いや、いいじゃん!?夏目漱石は日本の文学の中心に据えられてるわけで、お札にもなった偉い人だぞ!?ところがなんでこう、
「いやいや、小説好きって言ってもね………夏目漱石をあげられちゃ反応に困るというか………
あっ、もしかして普段あまり小説読まない人?」
みたいな反応されられなきゃならんのだ!
すると前田先輩は俺からパソコンへと目を移しなにやらカタカタとキーボードを打ち始めた。
何を書かれていらっしゃるのだろうね。意外なことに五反田クミはまだ俺に目線を向けていた。
そしてこう言った。
「竜馬、あまり本読まない?」
ぐはっ!見透かされてますやん!おい、猫ちょっとお前………
猫が再び俺の脳内に登場し、今度はなんと好青年を連れ出しながら現れた。
「よく考えたらワシなんかより一人称視点で描かれる「こいつ」の方がよっぽどウケいいわ。
ワシの話はずっと先生のじゃからな。」
「そういうのは早く言えよ!」
「黙れ小僧!そもそもこの会話だって小僧が作り出したものじゃろうが!この青年が登場しなかった時点で貴様のCPUがただ単に悪いだけじゃ!」
「あぁ!そんなメタフィクション言わなくても!」
「うるさい!メタフィクションの何もわかっていないくせに!はい!茶番劇終わり!」
なんと強制的に現実へと送還されてしまった。諦めるか。
「はい、あまり一般小説は読みません。ハリー○ッターですら一巻も読めずに途中で寝てしまい、
ラノベを中心に本は読みます」
自白。それは懺悔しているようでなかなかに辛い。何も悪いことなどしていないのにな。
五反田クミは一拍おいて
「じゃあなんか物書きはしてる?」
しているわけが………ない。でもなんだか潤いに満ちた綺麗な瞳で見つめられると期待に沿えない返事をするのもおっくうなので、
「小説家になろうで少しばかり書いてる」
すると前田先輩がにゅっと目を輝かせながらパソコンの横から顔を出してきて
「いいじゃない!竜馬!早速検索してみるわ!作者名はナニ?」
しまった!パソコンがあるので調べられたらすぐばれてしまうのだった!迂闊!
「いやぁ~まだ下書きだけで作品が完成してないんすよ。明日には投稿できると思うんでちょっとそれまでには作者名を言うのは勘弁してほしくて。」
しかしよく俺の口は出まかせをすらすらと言えるものだ。詐欺師にでもなれるんじゃないか。
そういう俺の言葉を聞き嬉し気に笑う先輩の顔が眩しい。悪魔属性の俺にはよく効く。
「そっか!わかったわ!なるほど、読む側じゃなくて書く側だったのね!いいわねいいわね!
文芸部は月例で会誌を出すから早速書いてもらおうかしら!でも小説を読むのも大事よ!?
そこから書くコツ、テクニックを学ぶこともできるんだから!」
「はい、読みます。おすすめとかありますか?」
「そうねぇ~。うーん………」
「砂の女」
五反田クミの声。こいつは急に声を出すからびっくりする。
「そ、そうか。後で図書館に行って借りてくるよ。」
「いい、私持ってる」
そういって差し出してきたのは文庫本の「砂の女」だった。クンクン。
「なに」
「あ、いや、なんでもない!」
思わず嗅いでしまった。うむ、確かにいい匂いがした。これはじっくりと時間をかけて吟味じゃなかった、読まなければ申し訳ないな。
すると先輩は
「クミ、なかなか硬派なのお勧めするわね。まぁいっか。ちなみに竜馬、私のおすすめは太宰治の
”新釈諸国噺”よ。古典をうまくまとめて書いていてとても教養にもなるし面白いわ。」
「ありがとうございます。それも後で図書館に行って………」
「その必要はないわ。愛読書だからいつも持ち歩いてるの。貸すわよ、はい。」
わざわざ椅子から降りてこっちまで渡しに来てくれた。
「あ、ありがとうございます」
「なーに、いいのよ。早く返さなくてもいいわ、じっくりと時間をかけて読みなさい。」
言われなくてもそうするつもりです!あぁ、わかるぞ。わかる。鼻に近づかなくても手に取るように
いい匂いだということが!
「私のも早く返さなくていい。じっくり読んで。」
うおっ。だからこいつはいつもいきなりすぎる。もっとこう呼び動作をだな。
「おう、わかった。感想付きで返すよ」
「それと私の事は”クミ”と呼んでくれて構わない」
「そ、そうか。」
ちょっとクミについて分かった気がする。クミはいちいち相手の返答に関してじっくりと考えてから返すのだ。そのテンポに慣れればこれからは普通に接せられるだろう。
その後何もすることもなくて先輩やクミからもらった本を読んでいると先輩が
「おっそいわね、あの二人」
と言った。
「まだいるんですね、文芸部員」
と僕は聞くと
「そうよ。二人とも女の子で双子なの。だから男の子は竜馬一人ね。少し居心地が悪いかもしれないけど」
「そんなことないですよ!まさにそれはハ………いや、なんでもないです」
まずい、まずい。ハーレムなんて言いかけてしまった。初対面でドン引きなどされたら恋愛どころじゃない、信頼関係に支障をきたす。
「ハ、、って何を言いかけたの?」
「いや、ほんとに何でもないです」
「ふーん、まぁでもよかったわ。竜馬が入ってくれて。部活としての最低人数5人をクリアしないと
予算が下りないのよ。ほんと、ありがとね。」
「いえいえ、とんでもないです」
「そう、じゃあ今パソコンで書いた入部届をプリンター室で取りに行ってくるから待っててね」
といって部室から去っていった。クミと二人きりである。
このまま読書をしていても気まずいだけなのでパソコンに近づいてみた。
デスクトップのいいパソコンだ。Corei7でパナソニック。キーボードもたたきやすい。
パスワードがあるので流石にこれ以上何もすることがない。たださっきまで座っていた先輩の
残り香やお尻の生暖かさを実感できた。
夕日が差し込む。新緑の葉っぱが透けて幻想的な色を醸しだしていた。光を浴びながら読書をするクミは
毛穴一つ見えず透き通った肌を輝かせており、俺は「あぁ本当にインドアな女子って肌が白いんだな」
とテニス部に通っている姉の小麦色の肌とクミの肌を勝手に比較しそう思っていた。
綺麗な花にはとげがあるというがこんなにも清純だと毒やとげとげしいものですらはじいてしまうのではないか、クミを見てそう感じた。これから俺は家に帰るとすぐに「小説家になろう」でユーザー登録をし
明日までに作品を仕上げ先輩に証拠として見せなければならない。しかし依然と焦りは生まれなかった。
なんだかクミを見ているとドンドンと想像が掻き立てられるのだ。文学少女と言うのはもう既製の作品があるから駄目だがもっとこうこの静けさが趣味と言わんばかりの少女には属性の付与の余地があり
絵で言えばクミは白いキャンパスのように感じられるのだ。
じっーと眺める事5分くらい。読み終えたのかクミは一息つくと
「なに」
と急に目線を俺へと方向転換してきた。
「いやなんでもないんだがな。お前を見ているとイノベーションが生まれるというか」
「………そう」
ヤバいひかれたかな?一応結構整った顔つきもしているしフラグは立てておきたいのだが………話題転換をしよう。
「クミはなんか書いたりしないのか?」
「していない」
「僕はみたいけどな、クミの書いた小説。」
「そう」
「書くとしたらどういうジャンル書きたい?」
「恋愛小説」
おっとこれは驚きだ。結構乙女なのか。まったく人とはわからんものだ。あの高嶺の花の先輩は何を書きたいのだろうか。まさかサスペンスとか言われると引くかもしれない。しかし後で聞いてみよう。
おっと、会話の続き続き。
「そうか。すると今読んでいた小説の恋愛なのか?」
「違う。これは普通にホラー小説」
「そ、そうか。所でなんで恋愛小説を書きたいんだ?」
クミはしばらく黙考する。そのまま10分くらいたっただろうか。ついに口を開き
「ロマンが………」
「遅れてごめーん!待った!?」
「好き」
「へっ!?!?!?」
なんとタイミングの悪いことだろう。それは聞きようによっては告白のワンシーンに見えなくもないわけで………先輩の反応はというと入部届片手に硬直していた。なんだか冷や汗もかいてるような。目も泳いでいる。これはまずい。クミは2冊目の読書に入り知らんぷりだし僕が説明するしかないようだ。
「あのですね、先輩。今先輩が考えてることは大いなる勘違いであって………」
「いいのよ、竜馬。まさか入部した直後に恋愛をおっぱじめるとは思わなかったけどね。まぁ流石男子校といったところね。」
「だから違うんですって!」
「いいの、いいの。さ、入部届よ。渡すわ。まあこれもクミに会う口実の書類でしょうけどね。
もう帰っていいわよ、学校が部活終了時間だわ。お疲れ様。戸締りは私がするから。
あとクミも本をまとめてかえりなさい。」
と半ば強引に二人まとめて部室から締め出された。
オレンジ色の光を浴びるカラスどもがカーカー泣いているのを見るとナーバスになる。あぁ、
もう1日が終わるんだなってね。だが今は当然そんなことを思っている場合じゃなかった。
「どうするんだよ!先輩に勘違いされたままじゃないか!」
そう、僕はクミと二人で下校していた。なんと奇遇にも下校の道が同じだったのである。
「いい。前田先輩はああ見えて思い込みが激しい乙女。ほっとくが吉。勝手に治る」
「いや、そうじゃなくてだなぁ」
「ほっとくが吉」
繰り返された。すると歩いていくうちにここがT字路であり
「これ私のline」
といってスマホを差し出してきた。てか、さっきの話はこれで打ち切りかよ。
まぁだが僕は同級生の女子のlineという恐るべき魅力に逆らえず普通にline交換した。
「じゃあまた明日」
といってクミは僕とは別方向の道へと進んでいった。
「おう、また明日な」
これが出会いだった。