脱帽
諦める勇気も、場合によっては必要である。
「A、まだ帰らんの?」
「帽子どっか行きよった。B、先帰っとてや。」
他に誰も居なくなった放課後の2年1組の教室でAは帽子を捜し続けていた。捜している帽子は校章印刷済みの物で、登下校時に必須である。窓から西陽が差し込み、昭和64年のカレンダーが橙色に染まる。かれこれ3時間は捜しているが、未だに見つからない。
ギーン、ガダガダ!妙な音が下から鳴り始めた。音の正体が気になり階段を降りて一階に降りようとしたら衝撃の事実が判明した。一階から二階に差し掛かる階段にシャッターが降り、一階に降りる事が不可能である。Aは他の階段も見に行ったが、全てシャッターが降りており、二階以上が封鎖された事になる。とにかくAは助けを求めた。シャッターを叩き、何度も叫んだ。しかし、シャッターを叩く音は虚しくあまり響かない。途方に暮れ、シャッターを両手で掴んでしゃがみ込んでいた。
「えっ⁉︎大丈夫か?何でこんなとこ居るん⁉︎」
運良く教員が通りかかり、シャッターを開けもらえた。その教員に連れられて職員室に行くと担任がビックリして駆け寄って来た。Aは反射的に担任にしがみ付いた。職員室に居る他の教員は皆その姿を見守った。
暫くしてAの母親が職員室に入って来た。Aは普段から寄り道が多いが、この日は帰宅があまりにも遅いので心配して学校へ来たのである。母親の自転車の後部に座り、ようやく帰宅の道へと就けた。
「帽子なんやけど、B君が間違うて被って帰ったんやて。ほんで、B君が帽子持って来てくれて家で長い事待ってるから早よう帰ろ。」
予想外の展開であった。しかし、学校では帽子をかける場所が決められているので、それなら逆にB君の帽子が教室に残っているはずである。
「すまん、A。今日帽子忘れた事忘れてて、Aの帽子被って帰ってもうた。」
その事実に脱帽した。しかし、Bに対して苛立ちは一切感じず、安心感で笑ってしまった。
「AもB君もお菓子食ベぇや。」
母親が用意したお菓子をAとBは仲良く食べ始めた。そのお菓子がどんな高級そうなお菓子よりも Aには美味に感じた。
フィクションであるが、実体験を元にした話である。
小学生時代の事が先週夢に出てきて、それを話にしようと思った。
携帯電話が普及する前の話で、なかなか助けが来なくて恐怖に陥る小学生の心理。