かき
週に一度は顔を合わせるようにと口酸っぱく言っているところを鑑みると、両家の親はよほどこの婚約をうまく行かせたいらしかった。
あれから、紗奈は小鳥遊家の研究について調べた。大和について少しでも知ることで、一緒にいる時間を少しでも楽しく過ごしてほしいと思ったのだ。
「ははーん、新型宇宙船に遺伝子組み換えにエネルギー資源?幅広くやってんねー」
生物系と言っていたから遺伝子組み換えだろうか、と紗奈はホームページでその内容を見た。
「企業秘密、か」
ほとんど何も書かれていなかった。成果をあげられていないから、あんなに追い詰められたように忙しいのだろうか、と紗奈は思考する。
紗奈はそれほどまでに小鳥遊家についてほとんど何も知らなかったから、最初に聞いた時にはとても驚いたのを覚えている。実際に会ったことはなかったけれど、婚約自体は12の時には結ばれたから、それからそれとなく小鳥遊大和について調べることはした。
しかし情報はネット上に転がってはいなかった。顔写真だって両親から送られたデータのみ。婚約を破棄することは決めていたけれど、それでも仲良くはなりたかった。そこで本人に尋ねることにしたのだ。
「どんな学生生活送ってたの?」
「あー」
甘いものが好きらしかったから、手作りのマカロンとシュークリームをお土産に、紗奈は大和とピクニックに来ていた。
「18歳までは基本ボッチで生きてたよ」
「嘘、この前じゃない!? 私嘘は嫌いよ」
「知ってる。俺は紗奈に嘘はつかないよ」
本当だろうかとジト目で大和を見る。だってこんな美男子を他の学生が放っておくとは思えない。それでいて話しやすくて面白くて優しいのだ。人気者だったに違いないと紗奈は思った。
「……っていうか、なんで私が嘘が嫌いって知ってるの?言ったっけ?」
紗奈がそういうと、明らかに失敗を悟った顔をして、大和は掌で口を覆った。
「いやまぁ、婚約者がどんな風に過ごしてるのか、気になって…………」
「ええ、私は知らないのに!?」
「運動会とか文化祭とかの映像を見せてもらってですね………」
驚愕。
いつの間にそんなことになっていたのだろう、と思ったが、学校が子供の活躍を見せるために両親に運動会や文化祭のデータを渡していたことを思い出す。どうせ両親が渡したのであろう。
にしてもずるいと思った。
「ええ、私にも見せてよ!」
「むりでーす」
「でた秘密主義!」
***
圭は紗奈に連絡を取ろうとピアスに触れようとし、直前でやめた。今声を聞いたら、弱音を吐いてしまいそうだった。それは避けたかった。いつだって、かっこよくありたかったから。
先日、ミネルヴァの隊員の一人(名前も素顔も知らない)が、圭に告げた。圭も今はホークと名乗り、素顔を隠しているのだが、どこか慣れない。
『君の言うとおり、枕とベッドのAIが君から桜庭紗奈の記憶を消そうと動いていたようだったよ』
嫌な夢をみないと言った漠然とした命令は、時にそのようにAIの中で変容する。
例えば世界の平和を命令されたアンドロイドが人間を殲滅すべく動き出した2056年の事件のように、そういうことはままある。それがAIの暴走なのか、何者かによる計画なのかが問題だった。おそらく後者だとミネルヴァは踏んでいた。
『桜庭紗奈と小鳥遊大和の婚約が問題の中心として間違いないだろう』
絶対に婚約を成功させたい何者かが、妨害するきっかけになる鷹見圭を消そうとしている。
状況証拠がそれを物語っていた。
『身代わりで鷹見圭として高校に行っている奴が言うにはな、今モテモテらしいぞ。残念だったな』
ハニートラップだろう。圭はどうでもよかった。興味ないです、と告げると、最近の子は一途だと返された。返事をするのも馬鹿らしくなって、圭は黙った。
そんなのは当然である。
紗奈以上の人なんて、圭にはいない。
『だがそれももうひと段落して、今は事故死を狙ってきてるそうだな』
圭はぎゅっと唇を噛んだ。
『で、だ。一旦死んでもらおうかとこちらとしては考えている』
『は?』
『もちろんダミーだ。奴らの手が回る前に宇宙葬したことにする。まぁそれはこっちでやるさ』
圭は咄嗟に声を上げた。
『それは、紗奈にだけでも伝えることはできませんか』
『無理だ、そんなリスクは犯せない』
その通りだった。本当はわかっていた。
『…………わかりました』
圭はたった一つの要望として、事故現場にいつも使っていた自作のパソコンを置くように頼んだ。
『構わない、が………変な文とか残すなよ。怪しまれる』
『もちろん残しません』
圭は日記を欠かさず書いている。紗奈は知っている。もし仮に紗奈が今でも自分を好きなのなら、自分の死を知った紗奈は絶対に何が何でもパソコンを手に入れて日記を見るはずだと踏んでいた。
『そうか、わかった。じゃあそっちは勝手にやっとくぞ』
返事をして、自分が殺される予定となっている日の直前までの日記を記入して、パソコンを渡す。
『まかせろ』
彼は飛び立っていった。
(紗奈、ごめんな)
気づいてくれるだろうか、と思って、気づくに決まっているとその首を振った。圭のお姫様は守られているだけの人ではないと圭が一番知っていた。
訓練が始まって、1ヶ月が経過していた。休憩時間ももうあと少し。圭は水を体に与えた。
運動は昔から得意な方だったし、空手はずっとしていた。紗奈が応援に来てくれたこともある。ただ、それとこれとはまるで違った。
素手でアンドロイドは壊せない。
銃を使うのはなかなか慣れなかった。それに、実際に自分が引き金を引けるのかという不安も残る。
しかし逃げる場所はすでに封じた。鷹見圭は死ぬ。圭はホークとして、ミネルヴァで生きる必要があった。
『第三次世界大戦』
暇になると、頭の中をこの言葉がぐるぐると回る。
アインシュタインが『第3次世界大戦では分らないが、第4次世界大戦では、人間は多分石を持って投げ合うだろう』と言ったことは有名だ。圭はだからこそ理解できない。
現在の兵器を使ってしまったら、生き残るのは不可能。大地はただれ、世界は混沌と化すだろう。
(いや、地球がダメでも他の星なら、ってことか?)
考えてすぐ、自分で否定する。そもそも人が生き残れないだろうから、どれだけ豊かな土地があっても命がなければ意味がないだろうと圭は考えた。
それこそ、人がミサイルに耐えられる体を手に入れたなら。
可能かも、しれないけれど。
恐ろしい仮定が頭をよぎった。
(まさかな)
圭は弛んだ頭を冴えさせようと両頬を叩いた。ちょうどその時、教官の声がした。
「休憩終わり、大丈夫かホーク」
差し出された手を掴み、立ち上がる。
「いくぞ」
「お願いします」
圭は返事をして気合いを入れ直し、訓練に戻った。