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婚約破棄して日本を救うと決めました  作者: 佐藤 ココ
これは、みんなで生きるための物語
31/31

れこ

 生身の大和と時雨とは、これで永遠にお別れとなる。1年が経ったのち、大和と時雨のデータは一年かけて地球に戻る。だから、あと2年は紗奈と圭は大和と時雨に会えないことが決定していた。


「大和っ」


 駆け込んできた紗奈の勢いに、思わず大和は笑みこぼれた。それだけ、紗奈が自分に会いたいと思ってくれたということだからだ。


「早かったね」

「急いだもの」


 時雨は大和の顔をした人間が22人もいる目の前の光景に大笑いしている。


「大和がたくさんっ、いるんだけどっ」

「うるさいなぁ、この姿は嫌?」

「いや、どんな顔してたって兄弟だから何とも思わないけど、ここまで多いとっ、面白いっ」


 若葉はうりゃうりゃと声を上げて時雨を荒々しく撫でた。


「よかったよ」

「ね」

「ほんとによかった」


 ロケット発射までもうあまり時間はない。大和は顔を赤くして、紗奈に言った。


「覚えてるか」

「なにを?」

「一勝一敗のあのゲーム」


 言われて思い出した。紗奈と大和とで行った、敗者は勝者のいうことを何でも聞くという決まりで行ったあのゲーム。紗奈はそれで、小鳥遊研究所を訪れることができたのだった。そうして圭や斉藤教授に接触し、大和たちの秘密を知った。


「俺、まだ命令してないんだ」


 いろいろあって、すっかり忘れていた。紗奈はもちろんだと頷いて、その命令は何かと尋ねる。自分にできることならなんでもするつもりだった。


「俺のこと抱きしめてほしい」


 大和は顔を真っ赤にしてそういった。


「俺がこの体で紗奈に会うのは最後だから、覚えておきたいんだ」


 言い訳するように早口で付け加える。


「いやだったらいい。ごめん気持ち悪くて、どうしても抱きしめてほしいっていうか、圭が許したらで構わない、自分が分不相応なことを願ってる自覚はあるんだ、本音を言えば、圭にも抱きしめてほしいけど、それは命令する権利はないし、紗奈の分だけでもど」

「バカ」


 圭が大和の頭を軽くチョップした。紗奈が動くより速い。


「あほ」


 そういって、圭はその場で大和を抱きしめた。


「頼まれなくたってもともとするつもりだったに決まってんだろ」


 大和は驚いて初めは手のやり場がわからず動揺していたが、その圭の言葉を聞いて安心したように圭を抱きしめた。圭は大和の体にすっぽりと収まって苦しそうに「ぐぇ」と声を出した。


「ありがとう」

「苦しいって大和」


 そういったくせに、圭は拒否するような動きは見せない。大和が満足するまで、圭はされるがままにしていた。

 

「よし」


 離されて、圭は眉を下げて笑った。


「覚えたか?」

「ああ、もちろん」

「俺も覚えた」

「ならよかった」


 そうして紗奈に向き直った。


「その、紗奈」


 紗奈の目を直視できないながらも勇気を出して、大和は両手を広げる。


 紗奈は躊躇なく飛び込んだ。


 大和はわかってた。

 これは、親愛のハグ。だけどそれで十分だった。


「幸せだ」


 大和は生まれて初めて、満面の笑みを浮かべた。


「ありがとう、みんな」


 大和の笑みに、時雨は顔を覆った。空気がうまく吸えなくて、視界がうまく見えなくて、音がゆっくりと聞こえる。時雨は泣いていた。


「俺、生きててよかったよ」


 人生に絶望しきっていた兄のその言葉が聞けただけで、自分たちのためにすべてを犠牲にしていた兄が生を肯定しただけで、時雨はもう十分だと思った。時雨が生まれた意味はあった。何のために生きているのだろうと絶望した夜もたくさんあった。そのすべては、この瞬間に報われた。


(よかった)


 時雨は涙をぬぐった。幸せそうに笑う兄をちゃんと見るためには涙が邪魔だとわかっているのに、わからずやの涙は止まってくれない。


(頑張ってよかった)


 小鳥遊兄弟たちはそれぞれが順番に末の妹を抱きしめた。時雨もうれしかった。時雨は、兄と姉と会話ができることがうれしくてまた泣けた。


 ***


 2102年 京都 京都駅


 いつかの斉藤教授の言葉に従って、紗奈たちは日本中を見て回っていた。紗奈と圭は20歳になり、大和と時雨は完全にその意識を機械の体に移植することに成功していた。


『まずは、京都に行ってみたい』

『了解』

『金閣寺も、下鴨神社も、清水寺も、二条城もみたい』

『そうだね』

『次は大阪で食い倒れ! お好み焼きもたこ焼きも食べたい!』

『俺は琵琶湖が見たい!』

『それが終わったら鳥取砂丘!』

『石見銀山も行きたい!』

『西日本が終わったら、東日本にも行って、お祭りに参加したい!』

『写真を撮らなきゃ!』


 どこに行きたいかと聞くと、小鳥遊兄姉は止まらなかった。紗奈は黙らせるために手を2回叩いて注目を集め、


『おーけー、じゃあ全部行きましょう。金ならあるわ』


 と言ってのけた。当然喝采が上がる。


『やったー!』

『楽しみだね』

『楽しみすぎて眠れないかもな』


 それだけ希望はバラバラだったのにも関わらず、ある一点で、彼らの意見は一致した。


()()()()()()()()()()、すぐにでも旅に出よう』


 自分たちだけが先に楽しむわけにはいかないからと。



 だから、今日この日は全員が待ち侘びた瞬間だった。紗奈はあれから後処理に追われ、将来総理大臣になるために、その知見を深めるために邁進している。忙しい中、どうにか見つけた時間だった。


 大和と時雨だけではなく、紗奈と圭もこの場所にいなければならない、と小鳥遊兄妹たちは言った。だから本当に、「ようやく」だったのだ。


「長かったけど、これで本当に全部終わったって感じがするね」


 時雨が眩しそうに目を細めながら京都タワーを見上げる。


 時雨の言う通り、全ては終わった。

 小鳥遊夫妻、紗奈の両親、首相は共に捕まった。この事態に対応する刑罰が存在しないとのことで、新しく法がたてられ、彼らは懲役30年となった。被害者たる彼らが訴えなかったことと、事前に犯罪が食い止められたことが原因である。国際社会からの糾弾ももちろん凄まじいものがあった。


 連日ニュースで取り上げられ、紗奈は一躍有名人になっていた。その言動は常に注目されている。


 だから今日はその分、好きなことをいっぱいするつもりだった。


「まず、下鴨神社からだよね!」

「はいはい」


 はしゃぐみんなの妹を圭が追いかける。


「足、はやっ」


 ぜぃぜぃと息を荒げているのに、どこか楽しそうだった。下鴨神社に向かう途中にあった着物レンタルで着物を身につけて、ファッションショーと洒落込む。


「かわいい?」

「「「かわいい」」」

「似合う?」

「「「似合う」」」

「へへー知ってるー」


 時雨はとてもはしゃいでいた。亡くなった兄妹たちに見せるために、たくさんの写真を撮った。


「嵐お兄ちゃん、私あれ食べたい!」

「白雪お姉ちゃん、見てこれ!」


 そんな時雨を、感慨深そうに大和は目で追っていた。


「時雨は元気だなぁ」


 圭と大和はお揃いの着物を着ている。紺色がよく映えた。


「はしゃいじゃってー」

「あー、そーだな?」

 

 圭は生返事をした。圭に言わせれば、大和も大概だったからである。邪魔になるしどうせ使えなくなるのにも関わらず、剣を模した傘をかっこいいと言う理由だけで大和は買っていた。


 そうこうしているうちに、下鴨神社へ一行は着いた。鳥居の大きさに圧倒されながら門をくぐると、晴れやかな今の気分に寄り添うような木の葉擦れの音が耳朶をくすぐった。息を吸うだけで気分が良かった。


 国歌の元になったさざれ石を見つけて大興奮する大和を、圭が写真に収める。なんだかんだで圭も相当浮かれていた。


「楽しいな」

「楽しいね」


 紗奈は嬉しくなって、後ろから大和と圭の間に割って入った。


「何願うか決めた?」

「言ったら叶わないだろ?」

「ちぇ」


 ぞろぞろと大和たちは本堂の前に並び、お金を投げて二礼二拍手一礼をした。


 紗奈が願ったのは、世界平和。戦争のない世の中。

 圭が願ったのは、身の回りの人の幸せ。

 小鳥遊兄妹全員が願ったのは、この瞬間を忘れないこと。


 ずっとこの思い出を胸に、生きていきたいと考えていた。


「叶うかな」


 若葉が言った。その願いについて聞かなくても、大和にはなんとなく何を願ったのかがわかった。


「叶うさ」


 そう言って頭を撫でようとして振り払われる。


「ちょっと、私がお姉ちゃんなんですけど!」

「ええぇ」


 それは、よくある、どこにでもいる姉弟の言い合いのようで、おかしくなって二人は笑った。


 京都をあらかた回って、最後に一行は清水寺に着いた。清水の舞台を様々な文献で知ってはいたものの、直接見たことがなかった小鳥遊兄妹は、大はしゃぎである。


 人間の体では到底ついていけず、自然と二人になった紗奈と圭は、これからのことを話していた。


「俺さ、紗奈より給料低いんだ。福岡行きの人間だったから、補助金も出ない分、お金に余裕がない」

「知ってるわ」

「紗奈が最近、俳優とかから声かけられてるって言うのも知ってる」

「うん」

「今日だって半年ぶりに会うだろ?」

「そうね」

「忙しくって、付き合っている意味を感じない」


 紗奈は別れようと言われるのかと身構えた。そんなはずはないと思いたかったけれど、本当に圭とは会えていなかった。半年前だって、途中で電話がかかってきてすぐに別れたのだ。



「だからさ、俺でよかったら結婚しないか」


 圭の言葉は予想外すぎて、思考回路が突飛すぎて、紗奈はうまく反応ができなかった。



「紗奈、好きなんだ。俺、紗奈を手放したくない」


 何も言わずに固まった紗奈に焦ったように圭は畳み掛ける。


「今は忙しいんだろ? 分かってたからプロポーズは今度でしようと思ってたんだけど、次いつ会えるかわからないから、意思表示だけはしておきたくて」


 なんでそんなに自信がないんだろう、と紗奈は思った。


「一緒に住むこと、考えてくれると嬉しい。俺のそばにこれからずっと、紗奈たちがいてくれたなら、どんなにいいだろうって思うんだ」


 紗奈たち。

 考えることはどこまでも一緒だった。


 返事をせずに愛を乞う圭を見ていたくもあったけれど、それ以上に圭の思いに応えたくなって、紗奈は笑った。



「うん。私も、そうやって生きていきたい!」


 そう言って抱きついてキスをしようかと近づいたとき、前から声がした。


「あーー! 紗奈! 圭! はやく!!」


 大和だった。はしゃいでいた彼は何を思ったのか破魔矢を背負っている。どうやら購入したらしい。


「行こうよ、紗奈、圭!」


 大和が手を出して二人を呼ぶ。


「この上すごく綺麗なんだ! 二人にも見せたくって!」


 紗奈と圭は顔を見合わせる。そして思わず吹き出した。


「「うん、今行く!」」


 そうして大和の手を取った。


――――カシャッ


 その様子は、走って大和を追いかけてきた時雨によって、一枚の写真に収められた。


「ふふ、見て、いい写真」


 時雨が、兄姉を思って微笑む。犠牲になり続けた末弟の幸せそうな姿を、きっと彼らは喜んでくれるだろうと思った。


 風が、その推測を確信に変えるかのように、力強く吹く。彼らの楽しくて美しい人生は、まだ始まったばかりだった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。紗奈たちの物語はここでひとまず終了です。気が向いたら、その後の物語を少しだけ載せますね。ブックマーク、いいね、励みになりました。


それでは、長い間お付き合いくださり、誠に有難うございました!

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