いか
2099年 東京 小鳥遊研究所
「紗奈へは連絡した。紗奈は上手くやる。俺たちもやるぞ」
圭、大和、時雨は、ミネルヴァの隊員と共に小鳥遊研究所の内部に潜入していた。大和は大和の顔に変装した小鳥遊兄妹の一人、若葉と事前に入れ替わっている。
「内部には僕たち2人で潜入します。圭とミネルヴァの皆さんは、司令塔の制圧を」
「はっ」
「最善を尽くしましょう」
圭を含めた30名のミネルヴァの隊員は、アンドロイドが90体以上存在することを聞いて喉を鳴らした。戦闘もできるアンドロイドで、有事にはそれらの腕は剣へと変貌する。重大プロジェクト過ぎて、一体一体にプログラムがされているタイプのアンドロインドであるため、彼らの運動を停止させることができなかった。
多くの戦闘可能なアンドロイドとは違って銃ではなく刃を使用するのは、司令塔を可能な限りを傷つけないためだった。その分性能は上げられ、戦闘力は並のアンドロイドを凌駕する。
「できるか?」
「やります」
「そうだな、やらないと」
対アンドロイドの経験は積んでいる。しかし、圭は一度にそれだけの数のアンドロイドと交戦したことがない。簡単にできるとは言えなかった。やるしかない。
「何より大和と時雨は2人で50体を屠るんです。それも中にいる人を傷つけないように。それなのに3、4体を破壊できないとは言えません」
「………そうだな」
斉藤教授は、大和がなぜ圭を友人だと信頼しているのかの片鱗を見た気がした。斉藤教授にとって、あの二人は紛れもなく人外。討伐数の差から彼らに申し訳ないなどとは微塵も思わなかった。
圭は違う。圭にとって、あくまでも彼らは友人で、少し優秀なだけの同じ人間だった。そうでないとこの発言はできない。
『圭、防犯システムが稼働して連濁が小鳥遊夫妻に回らないようにした。いつでも行ってくれ、合図が出次第、こちらも向かう』
宇宙船前に到着した大和からの連絡を受けて、圭はミネルヴァ隊員に声をかける。
「第一陣、出撃してください」
隊員の半数が司令塔へ続く第一の扉を破壊した。その先には50体のアンドロイド。第一陣が開いた道を第二陣が進む。そのタイミングで、圭は大和に合図を出した。
「大和」
『了解』
大和と時雨は宇宙船の内部に忍び込んだ。軽く叩いて宇宙船の入り口に鎮座していたアンドロイドを粉砕し、先を急ぐ。アンドロイドが振るう刃をよけることなく、大和は前に進みながら彼らの体をたたき割った。
「お兄ちゃん、避けるくらいしないと。心配するでしょ、圭が」
「ああ、そうか、そうだな」
大和よりも小回りの利く時雨は、どんどん前へと進み、時雨が取り逃したアンドロイドを大和は破壊しつつ前進する。
「にしてもさぁ」
散歩しているかのような悠長さで時雨は大和に話しかける。
「この宇宙船が、結果的に私たちの役に立つとはね」
もともと、大和と時雨の実験用として作られたため、医療設備が整っていた。宇宙から帰ったあとの大和の体に異常がないか、詳しくその場で調べるために、ここまで高度な手術を可能にする設備があるのである。
それが宇宙開発のためにはるか遠くまで調べるために使われる宇宙船になり、結果的にこうやって小鳥遊兄弟の希望になっているのだから、人生は何が起こるかわからないものだ。
「左」
「うぉっと」
「時雨は怪我しやすいんだから気をつけろ」
「むぅ」
中にいたアンドロイドをあらかた駆逐し終え、いったん時雨は兄弟たちの体を宇宙船の中へ連れてくるために外に出る。大和は単身、残りのアンドロイドに向かった。
(圭は、うまくやってるだろうか)
そのころ圭は、対アンドロイド用の光線剣を片手に、自身の伸長の倍ほどもあるアンドロイドに一人対峙していた。圭の周囲では、ミネルヴァの隊員がそれぞれ敵と相対しており、応援は見込めない。
(大振りで前、回転、斜め)
戦闘用アンドロイドではなく、研究用アンドロイドの安全装置が起動し、戦闘モードに入っているだけのため、その動作にはある程度の規則性があった。圭はその規則性を見極めるために、すべての攻撃をはじいて好機を伺っていた。
(大振り前斬りの時に横からカウンター、いや――――)
思考がまとまらない。初めての実践によけるだけで精一杯。
――――キィン
アンドロイドの回転斜め斬り。タイミングを合わせて剣を振るう。動きは止まったものの体は壁に激突した。アンドロイドは圭が立ち上がるよりも早く間合いを詰める。そうして大振りで圭の頭蓋をめがけて剣を振り下ろす。
――――ズシャッ
間一髪。圭は体をずらしアンドロイドの手を斬り落とすことに成功した。
「はぁ、はぁ、はぁ」
息が上がる。酸素を体が欲していた。血液が燃えるように熱い。だけど休んでいる暇などなかった。圭は手を失い、攻撃の手段を失っているアンドロイドを立ち上がって一刀で倒した。
「大和、紗奈」
ミネルヴァの隊員になってから、アンドロイドとの戦闘訓練をあれだけ下にも関わらず、こんな情けない姿をさらす自分が嫌で、そんな自分を奮い立たせようと、大切な二人の名前を言った。
「――――よしっ」
息を整え、次のアンドロイドの前に駆け出す。1体、2体、3体と倒した後の圭は満身創痍で今にも倒れそうだった。
***
「よ」
「うぃ、うまくいったな」
司令塔も宇宙船の征圧も完了し、圭と大和は宇宙船に集まっていた。小鳥遊兄弟も無事に宇宙船に乗り込み、あとは紗奈の成功を待つのみとなった。圭は征圧完了の旨を紗奈に連絡し、紗奈の成功を祈る。
「大丈夫か?」
大和は圭の汗をその手で拭った。
「よゆーだよゆー!」
圭は強がって笑った。友人の強がりに気づいて、大和はそれ以上追及しなかった。圭にはそれがとてもありがたかった。対等でいたかった。
「俺さ」
先に口を開いたのは大和。
「紗奈が好き」
圭は間を置かずに応えた。
「しってるよ」
大和は宇宙船の壁を伝ってへたり込み、その横に圭も座った。
「そっか」
「まぁさすがに」
「気にしないの?」
「んー」
圭は大和が何を憂いているのかにすぐに気づいた。圭は大和がどれだけ自分が好きなのかをよく知っていたから。
「俺、いつか紗奈は俺を捨ててどこかに消えると思ってたんだ」
身分が違う。東京行きと福岡行きで別れたとき、もう完全に終わりだと思った。紗奈は自分の知らないところで、自分の知らない人と幸せに生きていくのだと思った。それでよかった。それでも十分だった。これまでがおかしかったのだ。
「婚約者同士を引き裂いているのは俺の方。大和はさ、俺を邪魔だという権利があるんだよ、知ってた?」
大和は本気で思いもしていなかったらしい。圭の言葉があまりに予想外だったようで、大和はその頭を圭の肩に乗せて笑った。
「圭が邪魔なわけない」
圭はこつんと頭を合わせた。
「俺だってそうだ」
だから、と圭は続ける。
「俺は紗奈が好きだ」
「うん」
「これからも一緒に生きていけたら最高だと思ってる」
「ああ」
「…………だけどもう、その横に大和もいてくれないと満足できない」
空虚な宇宙船内に、二人の息遣いだけが響く。
「そっか」
「ああ」
なんだか気恥ずかしくて、それ以上何も言えなかった。しばしの沈黙を破ったのは、その時司令塔から帰ってきた時雨だった。
「よし、配信の準備をするわよ、お兄ちゃん、圭!」
二人は顔を見合わせて笑い声をあげた。
「何が面白いのよ、馬鹿!」
「時雨もいるな」
「小鳥遊兄弟も斎藤教授も、当然いるな」
「は?」
末の妹に尻を叩かれて、二人はいそいそと配信の準備に移った。




