ただ
はらはらと葉っぱが風に揺られていく姿を自分と重ねて、紗奈は日本庭園の前で立ちすくんでいた。赤色の着物が庭園の中でもよく映えた。
「紗奈、行くわよ」
紗奈の母親は緑を基調とした着物に身を包んでいる。紗奈を無理やりエレベーターまで連れ出し、物思いに耽る我が子を急かしながら、彼女は夫に声をかけた。
「行きましょ。17階を押して」
エレベーターの天井には星空が投影されている。17階までは一瞬でついた。エレベーターから一歩踏み出すと、大和がそこで立って待っていた。
「あら、もう小鳥遊家のみなさんはついているのね。ごめんなさいね」
「いえ、お忙しい中ありがとうございます」
紗奈は差し出された大和の手を取る。
「ねぇ大和」
歩幅を合わせてくれていることに気づく。
「どうした?」
紗奈は今日の立ち回り方を思い付かずにいた。
「今日って何なの?誰も教えてくれないからわからなくて」
「ああ」
大和はわかっているようだった。
「来年のパーティーの下見だね」
「パーティー?」
「そう。年越しパーティー。食事を先に確かめるってさ」
来年は2099年になる。世間は2100年を迎える前に世界は滅びると言う、昔の誰かの予言に翻弄されていた。それが事実ならば、最後の年になる。
「そうなのね」
「うん、あとは宇宙資源についてじゃないかな」
「最近きな臭いものね」
あれよあれよと紗奈は大和の横に座らせられる。反対側には母が座った。目の前には大和の母と父。両家の父は隣り合わせだ。
「あら、二人とも仲良くやってる? 大和はちゃんと紗奈ちゃんに優しいかしら?」
大和の母が尋ねる。
「はい、大和くんはいつも優しいです」
紗奈は答えた。まごうことなき事実。大和は優しい。
「あらやだ、うちの子の方が迷惑かけてるわ、絶対。大和くんも何かあったら言ってね」
「いえ、紗奈さんにはいつもお世話になっています」
大和が優しく笑う。ちょうどその時アミューズが届いた。紗奈は口を挟むタイミングを失う。
「紗奈ちゃんは大和に直して欲しいとことかあったら、私に言うのよ。私は紗奈ちゃんの味方だから」
大和の母が言う。紗奈は怒り出しそうだったのを辛うじて抑えた。
「いえ」
持っていたナイフを置く。
「私は、大和が大好きです」
普通に聞こえるように気をつけて。
「大和には直して欲しいところなんてありません」
紗奈の言葉を聞いて、大和の母は分かりやすく喜んだ。大和は紗奈の隣で持っていたナイフを落とした。従業員が急いで拾いに向かう。大和は頭を下げて新しいナイフを受け取った。
「そう。よかったわ。二人が仲良しそうで」
一瞬顔を赤くした大和は、すぐにその顔色を元に戻した。
気づいたのだ。
『大和には』と紗奈が言ったことに。
「これからもよろしくね」
「はい。ずっと」
大和の両親は頷いて見せた。満足したのだろう、それから話題は宇宙資源のことになった。
「富の均衡が」
「アメリカの出方は」
「インドがどちらにつくか」
「アフリカ各国はどうだ」
「日本の宇宙開発は」
「法整備がないから」
「国連がどこまで権威をもてるか」
「常任理事国は皆反対するに決まってる」
所感を述べる両家の話を一言も聞き漏らさないように覚える。両家は戦争を止めるために動いているらしかった。
「このままでは、第三次世界対戦が起きるかもしれない」
危機感。だが、国を背負うものとして、最悪を想定していることは確かだった。
「だから、我々は―――――――――――」
「紗奈」
大和が紗奈に囁く。
「抜けよう」
両親に指示されたことは明らかだった。大和の父親が大和を見ていた。
「うん」
紗奈は頷き、その手を取って、ロビーに出た。
「紗奈、あのさ」




