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婚約破棄して日本を救うと決めました  作者: 佐藤 ココ
これは、きみたちを救うための物語
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また

 2098年 東京 邸宅


 東京行きが決まり、東京の地に降り立った桜庭紗奈は、その大都市で婚約者を両親に紹介されていた。北海道にいた時も時折顔を見せてくれてはいたが、紗奈は両親をどこか信用しきれないでいる。


 毒親から子供を守るため、また大人が毒親になる悲劇を避けるため、嫁姑問題を無くすため、世界が進化なのか退化なのかよくわからない変化を遂げたことは歴史の授業で学んでいた。親ガチャなんて言葉は死語となって久しい。紗奈は、仮にこの両親に育てられていたらどうなっていただろう、と思考する。


「紗奈、こちらがあなたの婚約者、小鳥遊大和さんよ」


 紗奈は学校教育で叩き込まれた礼をした。中学校までに学ぶべきとされていることを早めに全てマスターしている生徒は、その生徒の興味に合わせて、専門の教育ロボットがつく。両親と教師、教師ロボットの面談の結果、紗奈は政治に特化した教育を受けていた。


 もちろん、礼はこれ以上ないほど完成されている。相手方の両親も感嘆の声を漏らした。


「小鳥遊大和と申します」


 その男の顔は、切れ長な瞳やすっと通った鼻筋、薄い唇もあいまって、デザイナーベイビーかと思ってしまうほどに整っていた。遺伝子操作は法律で禁止されているから、そんなことはないだろうと紗奈は思ったが、あまりにもその顔は美しすぎた。細い黒のチョーカーがよく似合っていた。


 とは言え、紗奈も似たようなもので、紗奈も自分でもおかしいと感じるほどに整っていると実感していた。まぁ紗奈にとっては圭が気に入ってくれている以上の価値はない。顔なんて大人になればお金をかければ変えられるのだし。


 しかし彼はその段じゃなかった。人ならざるもののような、神々しさすらある雰囲気を纏っていた。


「じゃあ、まぁ、婚約者なのだし、しばらく交流しなさい.私たちは私たちで交流を深めましょう」



 作り笑顔で返事をして、両家の両親が去るのを待つ。


「いやー、天才科学者夫妻とお近づきになるとは」

「光栄です、桜庭様は――――」


 紗奈の頭は圭のことでいっぱいだった。今頃圭は福岡でどんな人と出会っているのだろう、と考えずにはいられなかった。


 紗奈が大和に向き直るまえに、彼は言った。


「紗奈さんはこの婚約についてどう思ってるんだ?」

「優しそうな人で何よりだなぁと思っています」


 大和は吹き出した。


「作り笑顔が下手だって言われたことは?」

「生憎笑顔を作る必要がない人生を歩んできたもので」

「俺のこと嫌い?」

「嫌うほど知らないわ」


 事実、嫌いではなかった。

 圭との結婚を不可能にしている、ただその一点のみは嫌いであったものの、彼自身の問題ではない。


 移動手段、通信手段が発達した今、遠距離での結婚は珍しくないと言うのに、重婚を不可とする法律から、紗奈は圭と結ばれることができない。


「そっか、ならよかった。俺は多分君とは上手くやれる」


 彼はそう言って手を差し出した。


「短い間だけどよろしくな」

「あら?あなたもこの婚約に反対なの?」


 紗奈がそういうと、彼は重々しく頷いた。その姿に紗奈は目を丸くする。


「あなたにも好きな人がいるの?」

「…………ああ、そうだ」


 言い淀みを照れ隠しだと判断して、紗奈はくすくすと笑った。


 紗奈は大和に好感を持った。戦友として、これから上手くやれる自信があった。この優秀な男は、きっと圭と自分の恋の味方になると確信する。自分も、返せるだけを返そうと決めた。


「…………どんな人なんだ、その人」


 大和に尋ねられ、紗奈は自分の物語を話し始めた。


***


 紗奈が圭を意識し始めたのは、小学5年生の頃だった。


 いじめのようなもの――テーブルに落書きをしたり、仲間はずれにしたり、ロッカーを汚したりといったこと――は、教師と教育ロボットが監視し、適切に対処するように努めていたから、表だったものは存在しなかった。


 ただ、やっぱり「妬み」のようなものを感じることはあった。


 例えば、絵画のコンクールで入賞したり、体力測定で優秀な成績を収めたり、男の子から告白のために呼び出されたりした時に、みんなの目から光が消えるようなこと。何人かで歩いているときに、自分だけが知らない話題が出されるようなこと。


 話しかければ笑いかけられるし、聞けば教えてくれる。


 紗奈はずっとお客様のように扱われていた。ある種の特別扱いと言っていいかもしれない。紗奈の苗字は珍しいから、親が政治家だと言うことはすぐにバレた。それも理由の一つだったかもしれない。


 とにかく紗奈は、心から大事に思える人に会わないまま、10年生きていた。空気を読んで、周りの目を気にしては、常に笑顔を絶やさないよう心がけていた。


 そんな時に、圭を知ったのだ。

 

『圭くん、みんなでドッジするんだけど来ない?』

『あー今日はパス。読みたい本があるんだ』


 初めて圭が話しているのを見たのはこの時。紗奈は衝撃を受けた。「みんな」よりも「本」をなんの躊躇いもなく優先した強さに。それでいてみんなから避けられるでもなく、ドッジボールにしれっと次回から混ざっていたり、本を読んでいたりする。


 その時にはもう、憧れていた。自分には絶対にできないことを、易々とやってのける彼が眩しかった。


 だけど完全に堕ちたのは、その年のクリスマスだった。


 クリスマスとか、大晦日とか、大事なイベントごとには家族と会ったり、通話したりする生徒は多い。だけど親がいない子も、親同士が仲が良くない子もそれなりにいる。


 普段は全員全く同じ環境で過ごしているからこそ、その違いをひしひしと感じざるを得ないのだ。


 だから紗奈は、イベントが嫌いだった。両親は健在で、テレビにいつも映っていると言うのに、紗奈に会いには来なかったし、電話をかけることもなかったから。


『紗奈ちゃんだ』


 クリスマス。紗奈を見かけた圭は、紗奈の横に座って、サンタについて力説したのだ。


『サンタっていると思うんだ』


 急に大真面目に言ってのけたのだ。


『貧しい子供達を憐れんだ宇宙人が、その正体なんじゃないかって思うんだよ』

『ええ?』

 

 宇宙人なんてまだ見つかってもいない。SFの中の出来事だ。ワープでもしない限り、この星に生きて辿り着くことができるとは思えなかった。


 思わず、紗奈は笑った。突拍子もないし、圭はそんなこと言わなそうな人だったから。


『あ』


 圭はそのあと、にこにこ笑って、大笑いする紗奈を見ていた。


『やっぱ笑ってる方がいいね』


 そう言って、それだけ言って、圭はその場を去ったのだ。


 完敗だった。それだけだけど、恋に堕ちるには十分だった。


 堕ちてしまえば、好きなところはいくらでも見つかった。挨拶する時に必ず顔をあげるところも、他の人がだらけている5時間目にピンと背を伸ばして座っているところも、靴箱に綺麗に靴を揃えるところも、ロボットにもお礼を言って笑いかけるところも、全部好きだった。



「―――――それで、猛アタックしたってわけ」


 紗奈は顔を赤くしながら大和に告げた。


大和は大仰に頷いた。


「何か言ってよ」


 紗奈は照れ隠しに少し怒ったふりをした。


「ああいや、紗奈さんがそういう人で良かったと思って」


 大和はその美しい顔を綻ばせた。


「俺に惚れそうにない」


 呆気に取られて数秒固まった紗奈は、当たり前だと告げた。紗奈にとって圭は全て。その反応に、大和は安心したように漏らした。


「調べた通りだった」

「調べたの?」

「ああ、信頼に足る人間かどうかを知りたくて」


 紗奈はおしだまった。


「紗奈さんだって、調べてたじゃないか」


 ばれている。何もかも。婚約者が自分よりも圧倒的に上のように感じて紗奈は悔しくなったが、嫌な気分ではなかった。


「それで?あなたの好きな人の話は?逃げられないわよ」

「――――い、言うなんて、言ってないだろ」

「はぁああああ???」


 そんなずるいことがあっていいものか、と紗奈はどうにか吐かせようともがいたが、大和は一枚も二枚も上手だった。

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