かし
色々あったものの、そういう経緯で紗奈は研究所に訪問する権利を勝ち取ったのだった。
紗奈が研究所に訪問する前日。
「ねえ、お兄ちゃん」
時雨は拗ねていた。それが、明日に控えた紗奈の訪問であることは火を見るより明らか。そんな妹の様子に気づいてはいたものの、大和はそのことに触れなかった。
「ああ時雨。準備しろ。もう来る…………」
自分に駆け寄る妹を定位置に座らせるために抱き上げる。小柄な体。持ち上げるのは容易だった。
「あ?お前、無理しただろ」
その時、チョーカーが揺れ、時雨の首が赤く腫れているのを見つけた。大和は思わず声を固くする。妹の首が赤く腫れているのを見て、平気な顔はできなかった。
細い線だった。気づいたことが奇跡に近い。
時雨は顔を青くして取り繕った。
「無理してないよ」
「うそつけ、おまえ――――」
「この程度は無理じゃない。お兄ちゃんは私に甘すぎる」
さらなる追求をしようと大和が口を開いた時、ちょうど研究室の扉が開いた。
「よし。じゃあ、始めましょうか」
彼らの母はそこに立っていたのだった。
二人は立ち上がった。
「明日は紗奈さんがくるから時間がないわ。早めに終わらせて、紗奈さんが見て回れるように整えないとね」
そう言って装置を起動する。
「ああそうだ。あなたの助手にプレゼントがあるから渡しなさい。せっかく、部下ができたんだもの」
愛おしそうに、彼らの母は笑う。
慈愛に満ちたその顔は、嘘をついたことなどないかのようで、人を傷つけたことなど一度もないかのようだった。
「え」
時雨が顔を勢いよく上げた。
「おそろいよ、きっと喜んでくれるわ」
否を唱えようとする時雨を、大和は目で制する。
「ありがとうございます。渡しておきます」
大和の手には黒いチョーカーが握られていた。




