かい。
その部屋の中には、肉の塊としか表することのできないナニカがたくさんあった。目や鼻のような何かを持っているものもいれば、全く持っていないものもいる。老人のような顔をしたナニカもいれば、猿のように全身が毛で覆われたナニカもいる。鱗をはやしたものもいれば、犬のような口をしたものもいる。
人間の形を保っているものもいれば、もはや爬虫類のような見た目のものまで、それらはバリエーションに富んでいた。
その全てがケージに入れられて、まるでペットショップのようにしかみえなかった。
否。実験動物の見本市と言った方が正しいかもしれない。ペットショップにいる動物たちのように愛情を向けられているとは考えづらかった。人に隠れて、こんなに辺鄙な部屋で生きているのだ。その存在は今この瞬間まで、小鳥遊家以外の人間は知らなかったと考えていいだろう。
――――ごしゅ、ぐぎゅ
それらは思い思いに動いて、ケージにぶつかったり、ケージに備えつけられた水を吸い上げたりしていた。
ケージにはその存在に付けられたのであろう名前が振られている。全部で21。【武蔵】【日向】【飛龍】【伊吹】【桃】【千歳】【白雪】【春日】【潮】【響】【若葉】【弥生】【嵐】【那智】【梅】【加古】【霞】【涼風】【瑞穂】【麻耶】【榛名】と刻まれた文字の横には、それらが生まれた日であろうか、日付が記載されていた。
映像を拡大する。それを生まれた日だと確定するならば、それらは30歳から20歳まで幅広く存在する。名前の書かれていない空のケージもある。亡くなったのだろうか。
『―――ぁ――』
記録装置が何か音を拾ったようだったので音声のボリュームを上げる。
『おなかすいた』
【若葉】と書かれたゲージの中にいる、人間の形を保ちながらもその体に鱗をはやし、なおかつ軟体動物のように体があり得ない方向に曲がった肉の塊が、言葉を発した。
「うそだろ」
これが現実に存在しているとは思えなかった。存在していいとも思えなかった。見ているだけで具合が悪くなる。気持ちが悪い。吐きそうだ。
それらの存在は意識があるようだった。時雨の姿を見つけると、【若葉】だけでなく、すべての個体が嬉しそうにケージのぎりぎりまで時雨に近づく。
『しぐれ』
【若葉】が言葉を発した。時雨は笑顔で応答する。
『補充するね。遅くなってごめんね、みんな』
時雨はご飯というより餌という方が正しいなにかをケージの中に入れていく。時雨がそれを入れるとその肉の塊たちは喜び勇んでそれを食べた。
――――ごぎゅ、ぐちゅ
口があり得ない場所についているものも多かった。懸命に口を動かすそれらから、圭は目をそらせなかった。
『今日はね、助手の人が初めて来てくれてねー』
時雨は今日の出来事を育児人に話す子供たちのように、ナニカに嬉しそうに言う。圭のことだろう。その様子から、時雨がそれらを慕っていることはすぐにわかった。
「なんだ、これ」
悍ましさから一歩後退りする。
見ていられないのに、目を離せない。目を離してはいけない気がした。
『あ、あ、あ』
文章は話せないものの、声を発することができるものもいた。白目がなく、黒い部分しか見えない目で画面越しに圭のことを見つめてくる。その存在には足が3本あった。
何かを懸命に訴えようと、口を開く。舌にも毛が生えているのだと圭は気づいた。指の間に水かきがある。
『あ、あ、あ』
『うん、楽しかった。すごく。しかも明日も会えるんだよ』
時雨はどこまでも普段通りだった。圭に話すのと同じトーン。それは、これが時雨の日常であることを暗に示していた。
もうやめてくれ、と思った。
大丈夫だからと。
もう十分わかったからと。
圭には全てが繋がった。
ここで何が行われ、何が搾取されているのか。
小鳥遊研究所が第三次世界大戦へのカードとして桜庭家と婚約を結びたがった理由は何か。
あの時間、小鳥遊大和は、小鳥遊時雨は研究室で一体何をしているのか。
以前も想像はした。だけどそうではないかと思ってすぐ、その可能性を削除した。あまりに悍ましいから、あまりに劣悪だから、そんなはずがないだろうと。
その全てが、想像よりも悪いレベルで現実となっている。
「紗奈……」
伝えなければいけない。
紗奈にこのデータを届けなければ。
紗奈への連絡手段は鷹見圭が事故死したことになってから使うことができない。きっと見張られている。直接渡すしかない。
(齋藤教授経由で行くか)
圭は自作のパソコンから齋藤教授の元にデータを送信する。ミネルヴァにも送り、バックアップも取った。
送信完了の文字を見て、一先ず安堵する。
(考えろ)
自分はどう動くべきか。
どうやって救うべきか。
これは、命を賭した計画に違いないから。
時雨はその後その部屋から出て、大和の研究室へと向かったようだった。ノックしてその扉を開き、靴を脱いで、靴を揃えておき、大和の隣に腰かける。
そこからは、音声しか取れていなかった。
『ねえ、お兄ちゃん』
『ああ時雨。準備しろ。もう来る…………あ?お前、無理しただろ』
『無理してないよ』
『うそつけ、おまえ――――』
『この程度は無理じゃない。お兄ちゃんは私に甘すぎる』
記録装置がとった映像の再生をそこで止める。これ以上見ていたら、聞いていたら、吐いてしまうような気がした。
(俺は、いままで…………)
その日はなかなか寝付けなかった。自分の使命と彼らの運命について、圭はずっと考えていた。




