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婚約破棄して日本を救うと決めました  作者: 佐藤 ココ
これは、きみたちを救うための物語
11/31

めか

 研究所に潜入して1ヶ月。


 圭はその仕事には慣れ、頼られることも多くなったものの、新たな情報を得ることができないままでいた。研修期間だと言うこともあり、主にバグ処理を延々とやらされる毎日で、机に齧り付いている時間の方が歩き回っている時間よりも長い。


 しかし真面目に仕事に向き合った成果か、はたまた平均年齢45歳の研究所に圭が22歳設定で潜入しているからか、圭は研究所の職員に可愛がられ、ご飯に連れていってもらったり、頻繁に声をかけてもらったりすることが多くなっていた。



「早川くん、お疲れ」



 偽名に反応することにも随分慣れた。その背丈の高さにも。コンプレックスというほどではなかったが、紗奈と圭の身長は同じ168cmだったから、横に立ってみたくはあった。



「そろそろ休憩行ってきなさい。午後からは来客があるらしいから対応してもらわないといけないんだしね」



 今のうちに休んでおけと言うことだろう。こういう来客への対応は下っ端である圭にさせようと昨日決まった。最も、教授への中継ぎにお茶を出したりお菓子を出したりするだけではあるのだが。


 今まではお茶汲み用のロボットがしていたのだが、そのロボットが壊れた。この前は新しいロボットを買うかという話も出たが、結局予算とさほどの労ではないことから、そのまま圭のお役目となったのだ。


 否、そうなるように誘導したのは圭と齋藤教授である。


 面会の時に情報を得られるように、ロボットに細工をしたのだった。



「はーい、じゃあ、一旦抜けます」

「うぃーお疲れー、ってあ」


 時計を見る。午前11時30分。1時からの面会には確かにちょうどよかった。


 小鳥遊家の当主とその妻には何度も遭遇したものの、肝心の紗奈の婚約者である大和には遭遇したことがない。大和の研究所がどこに位置するのかはよく知っているものの、用事がないためそちらに足を運ぶことができないままでいた。


「はい?」

「そろそろ1ヶ月よね?研究分野具体的に決めておきなね。どの研究室に入るかの面談があるって伝えとけって言われてたんだった」

「結構大事なことじゃないですか」

「ごめんごめん。じゃ、伝えたからー」

 

 どう考えてもついでのように言うことではない。それにもう1ヶ月はすでに経っている。自分の研究が忙しくて失念していたのだろうと結論付けて、圭は休憩所へ向かうために外に出た。


 圭がいた研究室から休憩所までは10歩で着くものの、一度外に出なければいけない。10月にしてはそこまでではないが、最高気温35度だと天気予報が言っていたのを圭は思い出す。一瞬出ただけなのに暑い。


 圭は研究所に着いてすぐ自販機に指輪を翳してアイスを購入した。いちご味。


(研究室かぁ)


 一番は小鳥遊大和の助手になることだが、それは難しいだろうと思う。生物工学ブースで働くほぼ全ての人に挨拶をしたつもりだったが、小鳥遊大和の研究室の人は挨拶どころか見かけてもいない。


 小鳥遊大和は、圭にとっていまだデータの中の人間だった。その美しい顔も相まって、圭の中では人間なのかも怪しいほどだ。


 アイスを食べ終え、今日のニュースに目を通していたら休憩は終わった。12時30分。微妙な時間だから、研究室に戻って研究を続けるよりもこのまま応接室に向かった方が良さそうだ。


 圭は応接室に移動して、準備してあったコーヒーとお菓子を運んだ。


 全て終わって一息ついた頃、ピアスから音声が流れ出る。圭の先輩からだった。どうやら予定変更で訪問客が来なくなったらしい。


「今日うちを見にくる予定だった教授が予定変更して航空機械工学ブースを一日見学するって。早川くんもう戻っていいよ」

「はい」


 もしかしたら小鳥遊家の情報が得られるかもしれないと期待していただけに悔しい。


(くそ、いつになったら)


 圭は不貞腐れながら応接室から齋藤教授の元へ移動しようと廊下を歩く。


 この道を歩くのは初めてで新鮮だった。研究所はどこも大体似たようなものだったが、応接室と繋がっているからなのか、絵が飾られていたり、壺があったりとなかなか面白い。


 そうやってゆっくりと帰っていた時、圭は前方に人影を見つけて訝しむ。普通の研究員のはずがない。この道は特別で、普通の研究員が通るような道にない。特に立ち入りが禁止されているわけではないが、特段用がないここに立ち寄る研究員なんていない。今歩いている圭が例外なのだ。


 齋藤教授ですら歩いたことはないだろう。それこそロボットと、来客と、小鳥遊家のものくらいしか通ることはないはずだった。


 ないはずなのに。




 

 ものすごい美少女がそこにいた。


 その美しさから目を奪われずにはいられない、もはや人間の域を超越した美少女。


(小鳥遊大和の、親戚か?)


 完璧すぎる顔が、どうしても小鳥遊大和を彷彿とさせる。


 肩の高さに揃えられた黒髪が艶やかに光った。その首元に彼女のためにあつらえられたとしか思えないほどに彼女に似合った黒いチョーカーが揺れる。形の良い唇が弧を描いた。


「お疲れ様です」


 それだけ言って、颯爽と圭の横を素通りしようとする。


「お、疲れさま、です」


 小鳥遊大和に兄弟がいるなんて聞いていない。ネットにもどこにも転がっていない。彼女と小鳥遊大和を結びつけることが間違っているのかもしれない。


 だけど、どうしても。


 どうしても、圭は彼女と小鳥遊大和に関係がないとは思えなかった。黒いチョーカーも、小鳥遊大和の写真で見たものに酷似しているように感じる。10歳くらいだろうか、白衣を着ていると言うことは研究者で間違いはないのだろう。幼すぎる。天才と呼ばれる何かなのだろうと思考する。


 圭は自分の横を通り過ぎようとする彼女に声をかけた。咄嗟の判断。高速で不自然ではない話しかけ方を思考する。


「あれ、この研究所の研究者、ですか?」


 少女は立ち止まった。


「すみません。基本全員に挨拶したつもりだったんですけど、僕、あなたに挨拶してませんでしたよね」


 人懐っこい、人好きのする笑みを浮かべて、圭は彼女の様子を伺う。1秒でも長く、彼女と話して情報を集めなければならない。あくまでも自然に。どこまでも純粋に。焦りなんて微塵も見せずに。


「早川淳です。1カ月前から、ここにお世話になっています」

「早川淳…………」


 少女が鈴のように軽やかで可憐な声を発した。


「そう、あなたが」


 そうして品定めをするように上から下へと圭を見た。言葉の意味がわからない。


(()()()()()俺を知っていると言うことか?)


 圭は訝しむ様子を全く見せずに、人懐っこくみんなに愛される22歳の早川淳として笑いかけた。


「あれ?僕のことご存じなんですか!」

「ええ」


 彼女は笑顔で肯定した。


()()()()研究所に来る人間は一応把握しておくことにしてるので」


 兄、という言葉が引っかかる。

 圭は笑顔のまま固まった。


 そうして神々しさすら感じるほど美しい少女は、圭に軽く頭を下げた。


「私は小鳥遊時雨」


 圭が目を見開く。予想通りとは言え、その名を明かすとは思っていなかった。


(小鳥遊大和の、妹?妹がいるのか?)


 聞いたこともない。データにもない。あれだけ調べ上げたのに、小鳥遊大和に妹がいるなんてどこにも書いていなかった。


(幼いからか?それならおかしくない。10歳以下のデータの取り扱いは厳しい。いや待て10歳以下だとしたら)


 大人びた顔で笑う少女は15歳ほどに見えた。


(どんな脳みそしてんだよ)


 天才どころの話じゃない。人間の範囲を逸脱している。国の中で最も頭の良い人が集まった東京で、さらに頭の良い人が集められたここで、10にも満たない子供が研究をしているなんて、なんの冗談だと考えずにはいられない。


 そんな圭の動揺なんて気づかずに少女は言う。


「よろしくどうぞ」

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