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暴力探偵ジム

ビート・マイ・エンジェル

作者: 星野紗奈

どうも、星野紗奈です。


「ランドマーク」「海」「翼」の三つをテーマに書いた短編を投げます。

テーマの落とし方が雑過ぎるのが反省です()

一応「暴力探偵ジム」と同じ世界線の話になりますが、メインキャラは誰一人として出て来ないので、知らなくても大丈夫です(笑)

気軽にお楽しみいただければと思います!


それでは、どうぞ↓↓

「空飛び海越えあなたのもとへ! 幸せ……届けちゃうぞ♡」


 砂糖のように甘い声が落とされ、その瞬間波紋のように歓声が広がる。ガットは耳馴染みのないそれが気になって、足を止めた。


「あなたの天使、ハニエルだよっ♡」

「……パルム?」


 人だかりの中央に立つ女性を視野に入れたガットは、気がつけばそう呟いていた。すると、ハニエルと名乗る女性の目がガットを捉え、パチリとウインクが飛ばされた。


 彼女の目線は何か意思が絡んでいるように思われたが、ガットには思い当たる節がなかった。ガットは一曲ばかり立ち聞きすると、彼女が一旦舞台袖に引く演出を見届けた後、平然として歩き出した。


「あのう、すみません。ガット・シュタインズさんでしょうか」


 そう声をかけられたのは、歩き出して数分も経たないうちのことだった。


「はい、そうですけど。どちら様で?」

「私、ハニエルのマネージャーの千川奏と申します」


 奏と名乗った女性は、丁寧な仕草でガットに名刺を渡した。裏面までさっと目を通し、ガットは奏に目線で話の続きを促した。


「実は、ハニエルがあなたに会いたいと言っておりまして。なんでも、旧知の仲だと」


 奏にそう言われ、ガットはあのとき自分が吐き出した言葉を思い出した。


「もしかして、彼女はパルム・セイラーですか?」

「ああ、良かった。彼女の見間違いでなく、本当にお知り合いだったんですね」


 ガットの返答を聞いて、奏はほっと胸をなでおろしたようだった。


「この後は授業があるから難しいですけど、後日であれば都合をあわせられます」

「ありがとうございます」


 ガットの提案を聞くと、奏は礼儀正しく頭を下げた。こうして、ガットは不思議な形でパルムとの約束を取り付けることとなったのだった。


 後日、ガットは指定されていたカフェを訪れた。席について喉を潤し、暫く経った頃、ドアベルが明るく鳴り響いた。


「久しぶりね、ガット」


 近づいて来た足音にガットが振り返ると、パルムは深くかぶっていた帽子をくっと上げてにこやかに挨拶した。


「久しぶり。まさか、こんなところで会うとはね」

「それはこっちの台詞よ」


 パルムはため息をつくように言葉を吐き出したが、その声色は柔らかかった。


「どうして桜殷島に?」

「留学だよ。まあ、短期だから一か月くらいだけど」

「へえ、留学。相変わらず勉強熱心ね」


 パルムは茶化すような調子でそう言った。ガットとパルムは幼馴染でよく通じ合っていたため、ガットが不機嫌な顔を見せることはなかった。


「それで……パルムの方は?」

「さっき見たでしょ? 私、アイドルやってるの」

「パルムが、アイドル」


 ガットは本人の言葉を聞いても、どこか信じられない気持ちのままだった。ガットの知る限り、この幼馴染はとても人見知りで、緊張しいで、引っ込み思案の内気な少女だったはずなのである。


「そう、アイドル。ハイスクールを卒業してすぐ一人でこっちに出て来たの。あんな街じゃアイドルなんてやってられないでしょ?」


 パルムにそう問いかけられて、ガットはこくと頷いた。二人が住んでいたバーニーズ・タンドは世界有数の治安の悪さを誇る街で、そのキャッチコピーは「犬が歩けば棒に当たる」になぞらえて、「人が歩けば死体に出会える」というものだった。


「へえ、昔のパルムからは想像できないくらいすごい行動力だね。でも、アイドルになりたいだなんて初めて聞いたから、驚いたよ」

「すごく悩んでいた時期に励まされてね、憧れの存在になったの。いざやろうって決めた時は、母さんたちに止められるんじゃないかってちょっとビクビクしてたんだけど……びっくりするくらい背中を押されたわ」


 パルムはちょっぴり気の抜けた笑顔を見せながら、そう語った。ガットは、見ないうちに随分変わったなと感心するとともに、ダラダラと勉学に縋り付いているような自分のことが少し惨めに思えた。そんな時、パルムは軽く咳払いをしてまた話し出した。


「覚えているかわからないけど、私、ガットの言葉には随分支えられたわ」

「僕の?」

「そうよ。元々音楽は好きで、私、よくコソコソ歌っていたじゃない? そうしたら、ガットはいつも私のことを見つけて『どこにいても見つけられる、素敵な歌だ』って褒めてくれたのよ」

「……僕は事実を言っただけだよ」

「もう、感謝の気持ちくらい素直に受け取れないわけ?」


 呆れたように笑うパルムに、ガットは少しだけ息を洩らした。ガットにはまだ、それに笑って答えられるほどの自信がなかった。


「あ、そうそう。これ」


 パルムは、鞄の中から一枚の紙きれを取り出し、ガットの目の前にずいと差し出した。ガットはそれをおずおずと両手で受け取る。


「私、最近やっと人気が出てきてね、新人アイドルが対象のオーディションのメンバーに選ばれたの。そこでトップに立てば、メジャーデビューなのよ」


 パルムの説明を聞きながら、ガットはチケットの両面をペラペラと眺めた。どうやら、桜殷島のランドマークである海神アリーナで開催されるらしい。


「良かったら、来て」


 ふとか細く発せられた声に、ガットは顔をはっと上げた。しかし、パルムは次の予定があるのか、既に席を立ち歩き出していた。


「あ、うん。応援してる」


 ガットが急いでそう伝えると、パルムは芸能人らしく優雅に手を振り去って行った。


「なあ、お前刺されてないのか?」


 後日、カレッジで友人にそう話しかけられて、ガットは首を傾げた。


「なんだ、知らないのかよ。ハニエルがカフェで男と密会してたって炎上してんの。あれお前だろ? 噂の留学生くんだし、見る人が見たらすぐばれるぞ」


 友人の説明で状況を理解して、ガットはぞっとした。よりによってこのタイミングで、といてもたってもいられない気持ちだった。


 その夜、奏に番号を教えてもらい、ガットはパルムにコールをかけた。


「ガット? 突然どうしたの?」

「僕、君に謝らないといけないと思って」

「ああ、あの噂? 大丈夫よ。早いうちに弁解したし、あれくらいでオーディションに落ちるような生半可な活動はしてきてないわ」

「そう……だよね。ごめん、これじゃ君の実力を疑ってるみたいだ」

「本当に。失礼しちゃうわ」


 パルムが笑って茶化したおかげで、ガットは少し息が軽くなった気持ちがした。


「……本当に、大丈夫よ」


 コールを切る間際、パルムがまるで自分に言い聞かせるように呟いた。ガットはその震えた声を一人ぼっちにしておくことしかできないのが、どうしようもなく情けなかった。


「前にもお話したように、出回っている噂の男性は私の恋人ではありません。確かに、彼は私に全く無関係な人ではありません。ですが彼は、私を応援してくれた……私にここに立つ勇気をくれた、大切な人なんです」


 ライブオーディション当日、パルムは海神アリーナの広いステージの中央に立ち、真剣な声色でそう言い切った。しかし観客はどこか納得し切れていないようで、騒めきの余韻を僅かに残して会場はしんと静まり返る。


 ここで歌っても、きっともうファンには笑ってもらえない。パルムは駄目な予感を感じて、やや表情を曇らせた。すると突然、一つの叫び声が突き上がるように響き渡った。


「僕は、応援してる!」


 パルムの視線の先には、自分でやっておいて恥ずかしいのか、顔を赤らめたガットがいた。ガットは続けて、観客の視線に刺されてひっくり返りそうな声を何とか絞り出した。


「すごく人見知りで、緊張しいで、引っ込み思案だったはずの君が、こんなに頑張ってるんだ。反対されるんじゃないかって怯えながらも、君は夢を追いかけてきたんだ」

「ちょっ、ちょっと! 余計なことまで言わないでよ!」


 アイドルとして今まで見せてこなかった表情を暴露されたせいで、パルムは顔を赤くして叫び返した。それを見た観客たちは、気が抜けたように笑い出す。


「君の歌は、どこにいても見つけられる素敵な歌だ。君がどんなに遠くに行っても、僕は必ず君を見つけて、君のことを応援する! だから……思いっきり飛んでみせて!」


 息を全て吐ききりガットがにっと笑うと、どこからともなく以前にも増す勢いでハニエルの名前を呼ぶ声が反響し始めた。好機をつかみ直したパルムは、ガットを視界の隅に捉えながら、お決まりの台詞を解き放った。


「空飛び海越えあなたのもとへ! 幸せ……届けちゃうぞ♡」


 大地を轟かせるほどの歓声を受け、ハニエルは自信ありげに口角を上げる。


「聞いて下さい、私の歌を!」


 こうしてその日、一人のスターアイドルが始まりの翼を広げたのだった。

最後までお読みいただき、ありがとうございました(*'ω'*)

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