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阿波メタモルフォーゼ ~死に逝く自家用車と駐車場に愛を込めて~

作者: 遊月つかさ

 プルは最後に動いた日から二ヶ月余り経った今日、ついに車両運搬車に連れ去られた。

 また私は、見ているしかなかった。


 とうとう独りになった。

 終わりが、私にも近づいてきている。

――いやだ

 これが駐車場に生まれた定めなのだ。

――仕方ない?いやだ、死にたくない

 受け入れるしかないんだ。私は自分に言い聞かせる。仕方ない仕方ない仕方ない…。

――なら、せめて

 私は最後の足掻きを決意する。


 夜が始まる。私は自らの一生のあらましを熱に乗せて、空気中に放出しようとする。

 これは反抗。このどうしようもなかった生に対する、せめてもの反抗だ。

 私が、駐車場が生きた痕跡がこの世界に残り、願わくは、誰かの知るところとなりますように。

 

 私の初めの十年は退屈な、本当に退屈な、ちょっぴり長い一文で記せる。

 日の出と共に目覚め、一軒家の主人である天沢と車の出発を見送り、周囲の些細な出来事に心動かされ、車が帰ると彼を労わり、日暮れからは近所の友人達との井戸端会議を楽しみ、体が冷え切る前に解散して、眠り、夢を見、また目覚める。私は全く語るに足らない存在だった。それで十分だった。

 けれども、日常は突如として奪われた。

 

 私の生活に異変が起きたのは、人間の用いる西暦において二〇三二年五月一日のことであった――もしかしたらそれ以前から兆候があったのかもしれない。だが、それに気づくほど駐車場という種は聡くなかったし、気づいたところで何ができたろうか?

 午後一時ごろ、天沢たちが家から出てくる。親子三人がプル――プリウスに私がつけた愛称――に乗って阿波踊りの練習に行く時間だ。私はいつも通り、プルに一方的に声をかけようとした。

「プル、今日もいってらっ――」

「天沢様、お迎えにあがりました」

 道路の方を見ると、見知らぬシルバーのタマゴ型の物体が、家の前で音を立てずに停止しようとしていた。天沢たちはそれを見て矢継ぎ早に歓声をあげる。

「タマゴみたい!ピカピカ!」「本当に無いんやなぁ」「時間ピッタリね」「緊張するなぁ、事故せぇへんかなぁ」「もう、心配性なんやから」「なぁ、早く!乗ろう!」

 天沢たちが一直線に「タマゴ」に向かっていく。「タマゴ」はカモメが翼を広げるように殻の横っ腹を開く。天沢たちは、待ちに待った遊園地のアトラクションにでも乗るかのようにその中に入っていく。「タマゴ」は殻を閉じ、「タララララン、タララララン」と小気味よい音を発して、道路の向こうに行ってしまった。静寂が町に戻ってくる。私は置き去りにされたプルを慰める。当然プルには伝わらないだろう。それでも、私は慰める。


 身体が熱を放出し始めて、夜の始まりを知る。三十分前、天沢たちは青色の別の「タマゴ」に乗って帰ってきた。彼らは満足げな足取りで、パンパンのショッピングバッグを手に家へ入る――彼らはプルを一度も見なかった。人を吐き出した「タマゴ」は勝手に動き出して走り去った。

「みんな、事件だ」

 夜の合図と同時に、私はいつもの三体に、午後の出来事を記した熱を送る。

 私たちは独自の方法でコミュニケーションをとる。駐車場は、体内の熱に情報を保存することができる。放射冷却の始まる日暮れ時に、その熱をタイミングよく放ち、風に乗せて別の駐車場に送る。届いた熱を吸収することでその駐車場は情報を得る。これを繰り返して会話を行う。

 熱は空気中で刻々と冷めて情報が失われていくため、私が無理なく会話できる相手は、右隣のケイ、左隣のトウ、道を挟んで真向かいのヨシの三体のみである。皆、私と同様に戸建て内の駐車場だ。

「サワ、アタシのとこにも『タマゴ』来たわ。母親と娘がアレに乗ってスイミングスクール行った」

 ケイから返事がくる。彼女はまだ二歳で、武井夫婦が結婚を機に家を建てた時に生まれた。まだまだ若い彼女は不安そうだ。

「僕んとこも。はーあ、今日は夢見れんのかぁ…、ざんねん…」

 ケイや私より年上のトウが少し余裕のある調子で言った。彼のいう通り、私たちは今夜車の夢をみられない。生涯身動きの取れない駐車場にとってこの上ない喜びである、車の一日の追体験をだ。

「みんな、大丈夫や。『タマゴ』の正体はわからんけど、きっと人間たちは明日、車に乗る。そんでワシらは夢を見る。もし明日見られんくとも、明後日がある。大災害やパンデミックの時でさえ夢を見ん日が一週間も続くことはなかった。夢が見られんようなるなんて決してない、少しの辛抱や」

 こう言ったヨシは、この町で最年長の七八歳だ――彼が生まれた時は裕福な人しか車を持っておらず、今みたいに駐車場が一家に一体いるわけではなかったらしい。ヨシが言うならば、と私はひとまず落ち着けた。

「けど、あの『タマゴ』のことは気がかりです。それに不愉快だ」私が言うと、

「――ほな、今日はもう解散して、アレの情報を集めようやないか。他の駐車場が何か知っとうかもしれんし、アレが来たんはワシらのとこだけやったって可能性もある。サワはワシらに任せてゆっくりしとき」

 ヨシの提案を受けて、いつもより早く解散した。彼ら以外に話相手のいない私は、不安を紛らわすために、風に意識を向ける。昨日よりもわずかに温かい。他の駐車場たちが「タマゴ」について語らう熱が迷い込んだのかもしれない。私は「天沢のサワは大丈夫だ」というシンプルな情報を熱に込めて放出する。たぶん、誰でもなく自分のために。

 それからプルに意識を移す。彼も、他の車と事件について話しているのだろう。夢を通して、彼らも会話することを知っている、方法まではわからないが。プルを少しでも安心させたくて、私は彼に熱をたくさん送る。

 熱をほとんど失った私に眠りが近づく。夢を見られない日はいつもするように、昨日見た夢を反芻する――エンジンがかかると同時にプルとシンクロする私。彼の高揚を感じる。動くという喜び。彼が、私が風を切って走る。次々と過ぎ去っていく景色は万華鏡のよう。停止前の心地よい疲れと満足感――

 明日は二日分の夢が見られる。そう思うと、気持ちよく眠りにつけた。

 

 終わりとは無慈悲な夜の王だ。

 それ以降、私たちが夢を見ることはなかった。


 あの日からひと月余りが経った。その間ずっと、会議を短縮して空いた時間を、駐車場同士の伝言ゲームによる情報収集に使った。次第に明らかになった事実は、はっきり言って絶望的だった。

 まず、「タマゴ」もプルと同じ車だった。ただし、プル達とは決定的な違いがある。奴らには運転席が無い。たしかにプル達にも自動運転機能があるが、人の運転を必要とする場面が必ずある。奴らにはそれがない。すると奴らは昔から噂にだけ現れていた「完全自動運転車」だということになる。

 私も含めてほとんどの駐車場は、このことをすぐさま受け入れられなかった。けれども、「タマゴ」の観察報告や人間の発言などの間接証拠が集まるにつれて、この仮説を認めざるを得なくなった。そして、私たちは「タマゴ」を、e g gと e v o l u t i o nの意を込めて――私は気に食わなかったが――Eと呼ぶようになった。

 Eは自家用車の役目を全て奪っていった。聞くところによると、Eは私たちの町だけでなく、この国の隅から隅まで走り回っているらしい。これが事実ならば、人間はあの日を境に自家用車に乗るのをやめたことになる。 

 その証拠に、自家用車は次々と運搬車に連れてかれた。使える車は船に乗って海を渡り、それ以外はスクラップされたらしい。プルはまだ走れる。きっとEのいない別の国で再び役目を与えられるはずだ。この事は、絶望の中において、数少ない慰めだった。

 Eが代わりに駐車場にとまることはなかった。奴らは、町外れや海沿いの工業地帯にある巨大な専用駐車場で休んでいるらしい。

 車を失った駐車場は無用になった。人間は彼らを好きに転用した。庭、バスケットコート、盆栽置場、防音室、AR広告、…。

 トウが町で最初の犠牲となった。彼は菜園になってしまった。駐車場の成れの果てを知って、私たちの不安は一層増した――次は誰だ、自分はどうなる。そして、トウのように「駐車場でなくなったモノ」と私たちは意思疎通ができなくなった。彼らは死んでしまったのか、あるいは私たちとは別の存在になってしまったのか。どうであれ確かなことが一つある。彼らは決して車の夢をみない。

 まだ車が居る駐車場にしても、夢を見ない平坦な日々に心を蝕まれていった。私は過去に見た夢を反芻してなんとか正気を保っているが、夢はその度に色褪せていく。どうやら私たちには、車の記憶の定期的な摂取が不可欠のようだ。私たちは寄生虫だったらしい。それも、成長も繁殖もせずにただただ記憶を盗み見る寄生虫だ。

 

「――アタシのアールちゃんも今日連れてかれた。」

 消えそうな声で、会は開かれる。私には、もう、ケイを励ます気力がない。私は彼らの会話の観客に徹することにする。

 ヨシが優しくも芯のある声で言う。

「ケイ、残念やけど、受け入れるしかないんや。」

――そうだ、それしかない。

「なんでそんなん言えるん。アタシはトウ達みたいになるんいやや…。受け入れるなんて無理。」

――選択肢は一つだ、諦めろ。

「少なくとも、夢も見えん今の苦しみからは解放される」

――苦しいのは懲り懲りだ。

「ヨシはそれでええよな、十分生きたんやから。けど、アタシはたったの二年しか生きてへん」

――夢が見えないなら生きてても仕方ない。

「お前は知らんかもしれんけど、二年でもええ方や。ワシは人間の創ったもんをいっぱい知っとる。一年もつヤツはマシや。一日や一時間もせんうちに一生が終わるヤツなんかいっぱいおる」

――他は関係ない、話をそらすな。

「そんなん――」

「屁理屈にしか聞こえんかもしれん。やけど、ほんまにワシらは幸せな方なんや」

――幸せ?今のお前は幸せか?私は違う!

 私たちから熱がどんどん失われていく。もう声を荒げる気力など誰にも残っていない。 

 ヨシが呟く。

「彼らも夢を見てたらええなぁ」 


――なぜ私たちに心など持たせた?

 ケイの上にたくさんの遊具が置かれた。

 駐車場は日増しに無くなる。

 ネットワークが使えなくなる。  

――心が無ければ苦しまずに済んだ 

 私とヨシは隔絶される。 

 ヨシの最後の夜。

 彼はコンテナ置き場になるらしい。 

――駐車場でなければ抗えたかもしれない

「――――――」

 ヨシの説教は耳に入らない。ただ彼が満足しており、私には不可解なことを言っているのはわかった。

――駐車場になんて生まれたくなかった

 プルと、二人きりになった。


 ――放出を終える。熱は、もう、残っていない。意識が、だんだん遠くなる。消えゆくなかで、私は己自身と出逢う。灰色の平坦な無。それは存外心地良い瞬間であった――


 ――――――

 

 ――光?まぶしい。色……白……肌色……青……黒……人だ。音……低音に高音……重低音……風のような高音……金属音……。リズム……演奏。足踏みが……四つ……二人踊っている。

「――ッチャ、エラ――チャ、ヨイ――イ」――叫び声…いや、これは、

「エライヤッチャ、エライヤッチャ、ヨイヨイヨイヨイ」

――お囃子だ、ああ、

 阿波踊りだ。私の上で誰かが踊っている。

 聞き慣れた声。天沢の声。彼が踊っているんだろう。道に大勢の人の気配を感じる。子供の声。おそらく武井の娘だ。佐藤や三好らもいるのかもしれない。

「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損々」

 阿呆たちの熱が私に伝わってきている。堪らずその熱を一気に放つ。熱が、あちこちから返ってくる――ギター、ドラム、ダンス、演劇、曲芸、…。駐車場とは異なるモノ、おそらく私は舞台と繋がっている。

 私は変身したのだ。駐車場から舞台へと。アオムシがサナギを経て、チョウに変態するように。私は寄生虫などではなかった。

――まるで夢のようだ

 私は溢れんばかりの喜びと共にもう一度熱を放つ。舞台達にではなく、絶望している誰かに向かって。

「駐車場でさえ再び夢を見られた。君がナニモノであれ、きっと、きっと大丈夫だ」


【二○三二年九月十九日〜二二日、徳島市○○町で「マチマツリ」が開催された。全国初の住宅街を会場とした祭りだった。当日は会場への車両の進入が制限された。住民は皆、かつての駐車場を露店・舞台などに活用して祭りを盛り上げた。フィナーレに町一の大通りで来場者参加型の阿波踊りの行進が行われた。その時、町も来場者も一つになった。来年も開催予定。】

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