彼は過去の彼に殺される
彼女サイドのストーリー。
2人の幸せの形を見届けていただけると嬉しいですm(_ _)m
「僕は過去の自分に殺される」
彼はそう言った。
そんな彼の言葉を聞いて私も決心した。
彼を救いたい。
私は彼を殺させない。
―――――――
私は人生に絶望していた。
何かがプツリと切れた様に、どうでもよくなった。
気付いたら私は駅のホームにいた。
間もなく電車が駅に到着する。
このまま線路に飛び込めば、楽になれるのだろうか。
自然と足が動き始める。
ホームの白線を越え、あと一歩・・・
急に手を掴まれて後ろに引っ張られた。
振り返った先にいたのは彼だった。
彼は大学で知り合った友達だった。
どこか私と似ている彼に、私は惹かれ始めていた。
私は親の残した借金のせいで大学を辞めた。
彼とはそれから会っていなかった。
もう会えないと思っていたのに。
私は泣きながら彼を責めた。
なぜ死なせてくれなかったの。
彼は言った。
君に死んでほしくなかったと。
彼は私に残された借金を全て返済してくれた。
私は彼に救われた。
彼のために生きようと思った。
私達は一緒に暮らし始めた。
お互いに支え合い、励まし合い、愛し合った。
彼からプロポーズをされた。
私達は家族になった。
彼は将来の話をたくさんした。
気が早すぎると私は笑った。
彼も幸せそうに笑っていた。
私も幸せだ。
やがて私は妊娠した。
元気な男の子を出産した。
息子と対面した彼は泣いていた。
彼は幸せそうだった。
私も幸せだ。
幸せだった。
それなのに・・・
「僕は過去の自分に殺される」
ある朝、目を真っ赤に腫らした彼が突然、私に告げた。
彼は昔、未来の自分を殺したらしい。
その時、未来の自分からもらったメモ用紙。
それがあったから、あの日私を救うことが出来た。
そして1年後、過去の彼が彼を殺しにくると。
私は信じなかった。
信じたくなかった。
だけどその日から彼は変わった。
恥ずかしがり屋の彼が、惜しげも無く私に愛を伝えはじめた。
最初は嬉しかった。
だけどだんだん不安になった。
まるで残された時間が少ないかの様に愛を伝える彼。
嬉しいはずの言葉が私の不安を煽る。
そんな言葉より、あなたが言ってた未来の話をしようよ。
子供が自立したら2人で海外旅行でも行ってみよう。
そこで挙げられなかった結婚式を挙げよう。
お金が貯まったら家を買おう。
そう言ってたじゃない。
彼は将来の話をしなくなっていた。
彼の言葉が現実味を帯びてくる・・・。
息子の誕生日が来たら毎年渡して欲しい。
突然渡された手紙の束。
『3才の息子へ』『4才の息子へ』・・・
20才になるまでの息子宛の手紙だった。
本当は分かっていた。
彼はあんな冗談を言う人ではないと。
彼は一生分の愛を伝えようとしてくれているのだと。
私は彼の言葉を信じた。
私は泣いた。
彼は私を抱きしめてくれた。
私達は互いの存在を確かめ合うように抱きしめ合い、声を上げて泣いた。
私は猛反対した。
彼が殺される事を。
私の為に、子供の為に、生きて欲しいと。
彼は言った。
僕が殺されなかったら君と出会えない。
僕は君と出会いたい。
僕が殺されなかったら君を救えない。
僕は君を救いたい。
こことは違う世界だとしても、そこに君がいるのならば、僕は何度でも君を救いに行く。
それでも私は反対した。
彼は息子を抱きしめて言った。
君を救わなければ、この子は存在しなかった。
本当にずるい人。
私は1人で、部屋に籠った。
彼はきっと殺される。
私を救うために。
それならば・・・
彼を救いたい。
私は彼を殺させない。
たとえ過去の彼の世界の私が死ぬのだとしても。
今の私達が消えてしまうのだとしても。
彼が死んでしまうこの世界に幸せなんてない。
私は部屋から出て彼に抱きついた。
私は言った。
残り僅かな時間しか無いのに、1人でいるのはもったいないと。
私は彼が殺される事を受け入れるふりをした。
彼は過去の彼に殺されない。
彼を殺させはしない。
私達は時間を惜しむように一緒に過ごした。
私もたくさんの愛を彼に伝えた。
だけど私は幸せだと言わなかった。
たくさん写真を撮った。
たくさん笑った。
彼は時々泣いていた。
彼は幸せだと何度も言った。
彼は嘘つきだ。
大丈夫。
あなたは死なない。
私があなたを救う。
それから一緒に幸せになろう。
そしたら私も伝えるから。
私も幸せだと。
彼が殺される日。
一緒にいたいと言う私に彼は言った。
僕と離れた所にいて。
僕が殺すのを躊躇してしまうから。
私は焦った。
離れていたら彼を救えない。
私は彼から離れるふりをして、少しずつ近付くことにした。
歩いている彼に気付かれないように、後ろから少しずつ近付いていく。
彼は立ち止まった。
手に持った紙切れを確認すると、強く握り締めていた。
もうすぐ過去の彼が殺しにくる。
もっと近くへ・・・
早く近くへ行かないと。
迫り来る時に、不安が過る・・・
もしも・・・彼を救えなかったら・・・
その時、彼は私の方へ振り向いた。
突然の事で足が止まった。
私は彼に向かって微笑んだ。
大丈夫。
あなたを殺させはしない。
彼は私に向かって微笑んだ。
それは本当に・・・
本当に幸せそうな笑顔だった。
私は思った。
彼は本当に幸せだったのだ。
今、殺されようとしているこの瞬間にも、幸せを感じているのだと。
彼は私を救うと言った。
私を救えて彼は幸せだと言った。
ここで彼が殺されなかったら、きっと彼は幸せにはなれない。
私は動けなくなり、胸を締め付けられ涙が溢れてきた。
彼は殺される。
彼は過去の彼に殺される。
彼の背後には死神がもう来ていた。
私は走った。
救うためじゃない。
彼に伝えるために。
私は彼に伝えなければいけない言葉がある。
倒れた彼に駆け寄りすがりついた。
私は嗚咽で言葉が出なかった。
「僕は本当に幸せだ」
彼の言葉を聞いて、私も必死に声を絞り出した。
「・・・私も幸せだった!」
だけど彼はもう答えてくれなかった。
動かなくなった彼は、幸せな笑みを浮かべていた。
私の言葉はちゃんと彼に届いただろうか?
彼は死んだ。
彼の死体に外傷はなく、原因不明の突然死と言われた。
私が彼の遺品を整理していると、たくさんの手紙を見つけた。
彼は息子だけじゃなく、私にも手紙を残していた。
私はそれを大事に、少しずつ読み始めた。
手紙の中でも彼は私への愛をたくさん伝えてくれていた。
幸せだと何度も伝えてくれていた。
最後の手紙にはこう書かれていた。
『この世界は不思議な世界だ。
未来に行って自分を殺すだなんて。
過去の自分が殺しにくるなんて。
時々、全部夢だったんじゃないかと思う。
それでも君を救うことが出来た。
息子に会うことが出来た。
僕は幸せだ。
だけど一つだけ心残りがある。
君を幸せに出来なかった。
だから僕は願う。
こんな不思議な世界なのだから、きっと死後の世界もあるはずだと。
僕達はきっとまた会える。
君ともう一度会えた時に、君や息子の話をたくさんしてほしい。
だからなるべくゆっくり会いに来て欲しい。
僕はいつまでも待っているから。
そしたら今度こそ、2人で一緒に幸せになろう』
涙で手紙はグシャグシャになっていた。
だけどこれは悲しい涙じゃない。
彼は最後まで私を救ってくれた。
私はこれから彼の分も生きていく。
彼ともう一度会うために。
息子は大きくなり、やがて成人し、恋人ができ、結婚した。
孫は3人。
曾孫は7人。
本当は存在しなかったはずの命だった。
彼が守った命だ。
そしてこれからも新たな命を宿していく。
私はたくさん生きた。
彼の分も。
再婚はしなかった。
彼を愛していたから。
彼に会いたくなったら手紙を読んだ。
彼にたくさん話が出来るようにと、私は生きた。
今はベッドから動けなくなった。
起きている時間も少なくなった。
だんだん目も開けられなくなった。
誰かが私に言った。
「もうすぐ旦那さんに会えますよ」
私の目から自然と涙が零れた。
私は深い眠りについた。
目が覚めると、そこは知らない場所だった。
「君を迎えに来たよ」
その声がして振り返ると、あの時の様に幸せそうに微笑む彼が立っていた。
私は走って彼に抱きつき、ずっと伝えたかった言葉を叫んだ。
「私も幸せだった!」
彼は笑いながら私を強く抱きしめた。
「知ってたよ。あの時ちゃんと聞こえていたよ」
彼の死の間際に言った私の言葉は、ちゃんと彼に届いていた。
「君に会いたかった。君の話をたくさん聞かせてほしい」
彼はそう言うと、私の手を握った。
私達は歩きながら話をした。
彼に話したいことがたくさんある。
次々と話し出した私に、
「気が早い」と彼は笑った。
「ゆっくりでいいよ。僕たちの時間はたくさんあるんだ。それにこれからの事も話をしよう。まずは君との結婚式だ。ずっと楽しみにしてたんだ」
彼は嬉しそうに笑った。
彼は過去の彼に殺された。
そして私を救った。
彼が殺されなかったら、私達はきっと、ここにいなかった。
今、私の隣には彼がいる。
幸せそうな彼がいる。
繋いだ手を握ると、握り返してくれる。
私達はこれから永い時をずっと一緒に過ごすのだろう。
彼は言った。
「僕は幸せだ」
私は言った。
「私も幸せだ」
私達は幸せだ。
Fin
貴重なお時間をいただき、ありがとうございますm(_ _)m
再び出会った2人に永遠の幸せを約束します。
ご愛読ありがとうございました!