3 ショック……最強女剣士トライブは★4だった
俺の目の前で、二人の魔術師がお互いの顔を見つめている。
かたや『炎の勇者バーニング・レジーナの完全敗北』の主人公バーニング・レジーナ、かたや『Sword Masters』のスピンオフに何度か登場させている、作品中最強の火炎系魔術師ジル・ガーデンス。
なんで、同じ属性のキャラが二人揃っちまったんだよ。
まぁ、魔術バトルは炎が一番カッコいいと思ってた俺が、根本的に悪いんだが。
「キャラハウスに呼ばれてからずっと話し掛けないでいたけど、バーニング・レジーナ、本当に火属性なの?」
「えぇ。その名の通り」
バーニング・レジーナは、ジルが近寄ってきてもビビらない。
「なんか笑っちゃう。だって、私と同じ属性で、そっちのほうがずっと年上に見えるのに、そっちは★3止まり? 私の方がすごいわ。★4ウィザードなんだから」
「★4なの。じゃあ、ジルはどういう炎を放てるのよ」
「じゃあ、教えてあげる。世界でたった4人しか召喚できない、炎の女神を自由自在に操る火炎系最強魔術。灼熱の賛歌」
ひいいいいいい……!
久しく書いてない必殺技を、ジルの奴が出してくるなんて!
さすが、「完璧な炎使い」と称されるだけのものを作ってしまったな、俺……。
すかさず、バーニング・レジーナも反応する。
「私は、バーニングファイヤー。魔獣を一瞬で焼き尽くす灼熱の炎」
「バーニング・レジーナも、なかなかの技を出すの。じゃあ……」
ジルがバーニング・レジーナから目を背け、いきなり人差し指を俺に向けた。
「セフィ。私とバーニング・レジーナ、どっちが強いって設定なの」
!??????
待ってくれ。
そんな、魔術同士の優劣をつけるような設定なんて考えたことないぞ……!
そもそも、この二人が初めて会ったのは、このキャラハウスじゃないのかっつーの!
詠唱シーンをイラストにしたことがないから、どっちの魔術がより強力か、頭の中で思い浮かべるしかないよな……。
つまり、どっちの魔術がスカッとなれるか。いや、そうでもないな……。
この俺的に気まずい空間を裂くように、ゆったりとした足音が響いた。
「喧嘩はやめなさい。マスターが困ってるでしょ」
「あっ!」
俺は口を開け、ジルのしたように人差し指をまっすぐ向けるしかなかった。
金色に輝く髪を後ろで縛り、俺と、ジルとバーニング・レジーナを落ち着いた表情で見つめている。
俺よりも、15cm以上も長身のこの女こそ、俺が何百回、何千回と思い浮かべてきた、最強の剣士。
「剣の女王」、トライブ・ランスロット。
25歳の設定とはとても思えないその口調、俺の前でも見せてくれるじゃないか。
まさか、こんな唐突に目にすることになるとは思わなかったけど。
「ジル、それにバーニング・レジーナ。マスターがキャラハウスにやって来たということは、これから会議よ。どちらが強いかは、バトルで見せればいいじゃない」
「「分かりました」」
すげぇ。トライブの一言で、喧嘩が収まった……。
ただ、ほんの2分くらいの間に、本当に訳の分からない用語がいくつか出てきた。
俺は、さっきまで視界から消えていたアリスに目を向ける。
「アリス……」
「どうしたんですか、セフィさん。お姉ちゃんが、あんな性格じゃないとか思ってますか?」
そうそう。すぐに口喧嘩になったから触れられなかったけど、ジルの妹がアリス。性格が真逆だけど。
「いや、そういう意味じゃないんだけどね。で、★3とか★4ってなんだよ」
少なくとも、ジルは当たり前のように★の概念を口にしている。
★3であれば、ミ〇ュランガイドの三ツ星レストランとかで見ることはあるが、★4はそれよりも上ということくらいの、漠然とした意味しか思い浮かべられない。
「ゲームで言う★を知らないなんて、本当にセフィさん、ソシャゲやったことないんですね」
はい、実際にやったことはありません。
「じゃあ、今からお勉強の時間でーす! 高校受験で全敗アンド撃沈した、あまり勉強なんてしたことのないセフィさんには、ものすご~く退屈な時間になっちゃいそうですが、寝ないで聞いて下さいね~」
「分かったよ、アリス」
何故、高校受験のことを切り取るんだ。俺にとって、屈指の黒歴史なのに。
あと、立ったまま寝られないし。
「というわけで、セフィさん。小説で長々と説明を書いたら飽きられちゃうので、手短に行きますよ。
★というのはランクのことです。
『オリキャラオーダーオンライン』の世界で戦う全てのキャラクターには、★1から、今のところ★5までのランクが付いていて、ランクが高いキャラほど、一般的には強いという扱いをされます」
「ということは、さっきの喧嘩だと、★4のジルのほうが強い……」
「どうでしょうねぇ~。ランクは、バトルを繰り返しているうちに上がったり下がったりするので、それだけで強いとか弱いとか決められないと思いますよ。あくまで、扱いをされる、程度にしておいた方がいいです」
そうか。
キャラのランクは★4と★3だけど、お互いの魔術の強さまでは分からないし、アリスの言う通り、あまり気にしないほうがいいのかな……。
その時、アリスが「しまった」という表情を浮かべて、俺に向けて首を横に振った。
「あ、やっぱり強いとか弱いとかにして下さい。このランク、ゲームのいろんなところで、メチャメチャ重要になりますから」
「分かった。じゃあ……、キャラハウスのみんなに、ランクを聞いてくるよ」
俺のオリキャラたちが、いつの間にか玄関ホールから一つ隣のリビングに移動していて、人数不相応の広すぎるテーブルを囲んで、ほぼ等間隔で座っていた。
というか、ゲームの世界なのにソーシャルディスタンスかよ。さっきは女3人が俺の前で密になってたのに。
まず、俺の最推しオリキャラに声を掛けるか。
「トライブ、★5だよな」
「★4よ」
「えっ……」
噓だろ……、おい……。
頭の中で、ベートーヴェンの『運命』が流れるまで、0.1秒もかからなかった。
俺が十何年も考えた、「俺の全創作世界での最強キャラ」が★5じゃないという、絶望的な現実。
トライブが★5じゃなかったら、いったい誰が★5のランクを持ってることになるんだよ。
まさか、俺のオリキャラに★5をつけられるような人はいません、じゃねぇだろうな。
ここまできたら、書籍化されて有名になるまで★5はつかないというオチとか……。
そこに、やや遅れてやってきたアリスの足音が、俺の前で止まる。
「あ~、セフィさん。一番聞いてはいけないキャラから、ランクを聞いちゃいましたね」
「アリス。こうなることを知ってるんだったら、アリスの口から発表してくれよ」
「ごめんなさい。でも、これだけは確かです。推しキャラを★5からのスタートにしたら、推しが成長する姿を見られないじゃないですか」
「あ、そうか……。最初から★5だと、楽しみがなくなるってことか」
「ですです。だから、初めてログインした時には、キャラハウスに★5のキャラは実装されません」
俺がアリスと話している間に、トライブが左隣の席にいる茶髪の剣士に声を掛けるのが見えた。
あの令嬢のような女も、キャラデザで見た事あるぞ。
『Sword Masters』で、トライブのライバルと言うべき存在、女剣士ソフィア・エリクールだ。
さっきみたくバチバチな関係とは言わないが、この二人も本気で戦いかねないぞ。
一応、俺は「最大の親友で、最大のライバル」というようなキャラ紹介をしているけどさ。
「マスター。ソフィアは★3のようね」
「そうか……。★5がいなくても、意外と俺のオリキャラのランク、高いな……」
その時だった。
突然、トライブの右の席に座っていたハートが立ち上がって、俺のところに迫ってきた。
「あの……、私、★1です。ここにいるキャラ、私以外みんな★3以上ですごいです……。夢のようです」
がしっ!
だだだだだだだだ、抱きつきやがったあああああああああああ!
いや、ハートのアピールかも知れないけど、ハートはいつからこんなキャラだったっけ。
というか、顔がものすごくかわいいんですけど!
茶髪が俺の服に当たるたびに気持ちいいし、シリアス系キャラ多めの俺の創作で、安らぐわぁ。
「マスター様に、これくらいしてみたいんです! だって、マスター様は私を救ってくれた恩人ですから!」
会議という名の何かが始まる前の緊張感は、これで完全に吹き飛んでしまったな。
こんな展開、あり得ないっつーの。