2 俺の知らないオリキャラなんてそれはないでしょ
「Enter」のボタンを押すと、ワンルームマンションの壁や机、パソコンが視界から全部消えていった。
むしろ、アリスの周りにあったゲームの世界が、俺の視界に飛び込んできたと言ったほうがいいのか。
とにかく、俺がRPGの世界で何度も見てきたような、のどかな街の一角に放り出された。
「ここが俗に言うナーロッパかぁ~」
Web小説の世界で転生先として選ばれるのが、だいたい中世ヨーロッパぽい世界。
最大手投稿サイト「小説家に〇ろう」が異世界転生ブームを作ったことから、「ナーロッパ」と呼ばれている。
その世界を、普通に歩いている俺。
あくまで現実とゲームを行き来するだけで、セフィという人間は死んでいないはずなのに、わずか1分で転生者気分だ。
すぐ横に、さっきまで画面越しにしゃべっていたアリスがいる。
「セフィさん、行きますよ(がしっ)」
さ……、触るなって……、あれ……?
本当に、手を握られてる……?
今までアニメにすらなったことないオリキャラに、手を握られてるんだよな、これ……。
「えええええええええええっ! アリスに、腕、握られたあああああああああ!」
俺で作ったキャラが、本当にこの世界で生きてるよ……!
生きてるんだってば……!
今にもスマホを取り出して、撮影して、SNSに投稿したかったけれど、悪い、今そういう心境じゃないんだ。
心臓バクバク行ってるから。
ぶっちゃけ、アリスだけには手を握られたくなかったけど。
だが、当のアリスは、アリスにしては珍しく落ち着いた表情だ。
「人間が人間の腕を握るの、普通じゃないですか」
「いや、普通っちゃ普通だけどさ……、ゲームの世界でここまでリアリティ感じるの、不思議に思えてさ」
そう言っている間にも、アリスが手をより強く握ってくる。
目の前に見える、水色の屋根の家に向かって歩き出そうとしているようだ。
「……って、アリス? せっかくログインしたんだから、ちょっとくらい、最初の街を回らせてよ!」
「あの~、セフィさん。ここ、街じゃないです」
街じゃない、だと……?
見渡すばかりの、家、家、家だぞ。
こんなのどかな雰囲気を、街と言わないでダンジョンとかフィールドとか言うのか?
「いや、どう見てもここは最初の街だろ。武器とか買わないと、ミッションまずくない?」
「セフィさん? 『オリキャラオーダー』の世界に、武器屋なんかないです。だって、私たちの武器は、今までセフィさんが作ってきたじゃないですか。小説で」
「たしかに、オリキャラは武器持ってるな……」
「それと、セフィさんには武器ありません。召喚バトルなので、セフィさんの武器はぶっちゃけ、私たちです」
あぁ、たしかアリスの奴、召喚バトルって言ってたよな。
ということは、バトルの時以外は、オリキャラはどこかに引っ込んでるということなんだよな……。
もしかして、そのどこかっていうのが、アリスが連れて行こうとしている、ここ……?
「で、ここはどこなんだよ」
「オリキャラが暮らしてるキャラハウスです。この水色屋根の家がセフィさんのキャラハウスで、隣はまた別のプレイヤーのキャラハウス。アカウントが増えるたびに、このエリアにキャラハウスが建つんです」
「なるほど。だから、こんなに建物が多いんだ……。で、この中にトライブがいる、と」
「そうで~す! さっ、心の準備はできましたね。作ってきたキャラと対面しますよ~」
不意に、手を引っ張られる。
両開きの扉が目の前に迫ってきて、アリスの手によってそれがギィと開かれる。
この扉の先に、俺のトライブがいるんだ……。
どんな姿で、作者のことを待っているんだろう。
意外と、「いつもの」ように大人の対応をしてくるのかな。
バンッ!
「「「お帰りなさい(ませ)! マスター(様)!」」」
帰ろ……。
いや、何人か同時に駆け寄ってきた瞬間、マジで足が180度回転したんだが。
何と言うか、俺が作ってきたキャラをここまで間近で見るだけでも恥ずかしいのに、若干1名、人生で一度しか入ったことのないメイド喫茶のノリで出迎えてきたもんだから、俺、鼻血が出るどころか、その場で失神したっておかしくないぞ。
「あ……、ただいま……。というか、みんな、お久しぶり……。いや、初めまして……。作者のセフィです」
こんな現実を前にして、まとも言葉なんて出てこない。
ゲームの世界だと分かっていても、普通の人間と同じように手を繋げると分かった以上、いま俺を見つめているキャラたちが普通の人間に見えてしまう。
で、やっと気持ちが落ち着いてきたので、近寄ってきたキャラをようやく直視する。
3人いるが、どれも見覚えのない顔だ。
左から順に、赤い髪をなびかせた女性。
オレンジ色の髪をなびかせた少女。
そして、腕が鍛えられているような茶髪の少女。
「……って、お前らいったい、だ、だ、誰だよ……!」
ぶっちゃけ知らねぇよ、こんなの。
薄い金髪のトライブが、ハグとまではいかないけど、右腕伸ばして出迎えてくれると思ってたところからの、俺が見たこともないキャラからの出迎え。
突き落とされるまでの時間を返してくれえええええええ!
「セフィさん……。いま、絶対NGな言葉を言いましたね」
だよな……。
目の前の3人、みんなポカンとしてるわけだし。
だいいち、このキャラハウスにいるってことは、俺が一度は生んだキャラだものな。
たぶん、この3人にはキャラデザがないはずだから、そうである以上はキャラの特徴で覚えているのがクリエイターとして当然のことなんだろうけど、特に茶髪のキャラクターはこれまで何人も作っているから、それだけじゃ区別がつかないという言い訳だってしたいくらいだ。
必死に思い出そうとしていると、一番右に立っていた茶髪の少女が一歩前に出た。
「私、ハート・ウィンゾールって言います! グロリアスの村で、駆け出しの勇者をやってます!」
「ハート……。あああああ、あの『Twin Braves』の?」
「そうです。セフィさんが、私の旅立ちのところでエタらせたので、駆け出しの勇者という設定のままです」
「そ……、そうだね……。今はね……」
ずうううううううううぅぅぅぅぅぅん……。
やっぱり、帰っていい?
キャラハウスにいるオリキャラたちから、これから聞きたくない情報をいっぱい耳にしなきゃいけなくなるぞ。
とりあえず、『Twin Braves』は7年前の夏、とある同人誌即売会でお試し版として発行したけれど、旅立ちのところで「To Be Continued」にしちゃっている。それきりだ。
長期間放置され、永遠に完結しない作品。それを、Web小説では「エタる」と言われているけれど、考えたら俺の作品、9割はエタっているものな。
というか、なんでバトルシーンをほとんど書いていない作品まで、「オリキャラオーダーオンライン」に実装されてるんだよ。
そもそもバトル回数が少ないから、こっちはどういう攻撃をさせればいいのかも分からないのに……。
でも、運良く実装された以上、7年も書いてないことを言い訳にできない。いちキャラクターとして、このゲームで成長させなきゃいけないといけないよな。
続いて、左から赤い髪の女性が一歩前に出る。
「私は、バーニング・レジーナ。フレイ王国を守るために国に仕えた、炎の勇者」
「あぁ、バーニング・レジーナ。昔、メサイヤとの死闘を書いたの、すごく懐かしい」
7年前に「小説家にな〇う」で完結させた、『炎の勇者バーニング・レジーナの完全敗北』に登場する女勇者。俺が書いた作品は、フレイ王国の王子と王女を連れ去った強大な侵略者メサイヤを前に、バーニング・レジーナがことごとく敗れ去る物語だ。
作品内に限れば、その勝率は限りなく低い。そんな炎使いの勇者だ。
だが、バーニング・レジーナを思い出した瞬間、突然真ん中にいたオレンジ色の髪の少女が、そのバーニング・レジーナを細い目で見つめる。
それを見た瞬間に、『Sword Masters』のスピンオフにいくつか出している、ジルだと思い知った。
念のため、聞いてみた。
「ひょっとして、そっちはジル……?」
「そう。私は、ジル・ガーデンス。最強の炎の使い手」
あぁ……。
バーニング・レジーナとジル、同じ属性だ……。
これは何か起こるぞ。