10 慣れてきたあたりで対決しようぜ(死亡フラグではない)
俺は、ブラックルーフ鉱山の頂上に向かって、再び歩き出そうとした。
そこに、一度聞いたことのある声が耳に響いた。
「セフィさん! 初めてのバトル、勝利おめでとう!」
「優月……、さん……?」
アクセスポイントの置かれた街で話し掛けられた、高校生か大学生っぽい優月が、やや離れたところから俺を見つめていた。
無意識のうちに、俺の足が優月の前へと向かう。
「優月さん、バトル、見てたんですね……」
「見ないわけにはいかなかったよ。たまたま後ろを通りかかった時に、女の子が一方的にやられてて、初めてのバトルでこんなことされたら、ゲーム辞めるとかなっちゃいそうだからさ」
「ランクが2も違うと、全く太刀打ちできないって、そう言うことも俺、知らなかったんです……」
トライブのスカッとするバトルを見た後となっては、その前にハートがどれほどボコボコにされていたかを思い出せなかった。おそらく、トライブがパワードアーマーに見せたようなことをやられていたはずだが。
「そうだよね、セフィさん。ランクが違うと、最初から持ってるBPも全然違うし、相手より圧倒的に少ないBPで戦わなきゃいけなくなるし」
「ホント、それですよね。BPが3500しかなくて、一度相手の連続攻撃を受けたらすぐ1000を切ってしまいますよ」
「このゲームの恐ろしいところだよね、そこ……。でも、セフィさんがそれをやり返せるオリキャラを持っているっていうのも凄いと思うんだ」
「ま、まぁね」
よし、きた。
むしろ見て欲しかったバトルは、そっちの方なんだよな。★3ファイター2体を叩き潰したトライブの。
「セフィさんが最強って言ったオリキャラ、たしかトライブって言ってたよね」
「そう。トライブ・ランスロットという、最強の女剣士。俺のメインキャラです」
「どこの作品にいるオリキャラなの?」
ええっ?
普通にここまで会話で聞かれるなんて、俺、思わなかったよ。
そうか。俺たちみんな、それぞれのオリキャラを抱えているんだもんな。
趣味の話よりも、オリキャラに目が行くのも無理はないか。
「『Sword Masters』っていう、同人誌即売会にひっそりと出している小説です」
「タイトルからして、剣士たちの物語?」
「そうですね。ある組織で最強の剣士『ソードマスター』と呼ばれていた凄腕の剣士たちが、一つの世界に集まったものです」
語りだすと、長くなりそうだ。
10年後の世界に転送されたトライブが、他のソードマスターたちと一緒に、未来を壊そうとしている邪悪なソードマスターに立ち向かう。
……っていう小説だけど、俺の口から言い出すと、同人誌即売会ですら「時間があったら来ます」とスペースの前からいなくなってしまうので、抑えないと……。
むしろ、トライブに興味を持ってくれるように、話を続けるか。
「で、トライブがその主人公。最強揃いのメンツの中で、敵と戦いながらその中での最強を目指していく話です」
「セフィさんにとって、トライブという女剣士は、ものすごく思い入れのあるキャラ?」
「そうですね。トライブという存在に、ここまで俺を引き付けるだけの魅力がなかったら、15年以上もメインに置かないです」
あぁ、セフィの実際の年齢、そろそろ優月にバレてるんだろうな……。
優月基準で考えれば、15年前と言えば、小学生になる前だという可能性が高いわけだし、そんな話に持っていきたくないはずだったんだけど……。
「だから、トライブは強い女剣士に育ったんじゃないかな。セフィさんのキャラ愛がものすごいように思えるし」
「キャラ愛……。ありますね……。めっちゃあります!」
キャラ愛がなければ、一つのキャラをこんなに長くは書けないよ。
トライブだけでも、いくつの設定を考え出したか思い出せないくらいだもの。
「セフィさんのキャラ愛がある限り、女剣士トライブは誰にも負けないと思うし……、あれだけ気迫溢れるバトルを見たら、俺だってそのうちトライブと戦いたいよ」
「ですね……。たぶん、トライブも強い剣士だったら、戦いたいって真っ先に言ってくると思います」
優月の話を聞いてる限り、プレイヤーどうしが戦えないってわけじゃなさそうだな……。
でも、基本的に他のプレイヤーとはミッションの現場に降りたときにしか会えないから、ミッション優先になって、「おい、バトルしようぜ!」なんて、少年誌で見るようなシチュにはなりにくいんだよな。
「じゃあ、セフィさんが『オリキャラオーダー』の世界に慣れてきたあたりで、俺の最強戦士エルレオンと、セフィさんのトライブが戦うって……、覚えてたら約束」
「分かりました……。よろしくお願いします!」
「決まりだね。じゃあ、俺は先を急ぐよ」
優月が、一度うなずくなり足の向きをブラックルーフ鉱山の頂上に向かって進みだした、
俺も、その後にぴったり付くはずじゃないのに、ほぼ同時に歩き出した。
だが、歩幅の全く違う優月にどんどん離され、ついにはその後ろ姿が全く見えなくなった。
そして、その時を待っていたように、アリスの声が耳に響いた。
「ターゲットにされました」
先に進みたいのに、敵かよ……。
さっき、パワードアーマーなどと戦ったところから、まだ20歩も歩けていないんだからな。
そう心で拒否しかけたことすら空しく、ベージュのコートを着た一人の女性が、俺の横に静かに現れた。
「オーダーランク、★4ファイターのセフィ。私のエネミーオーダーがお相手してあげるわ」
エネミー:エリーゼ
オーダーランク:★4ファイター
「臨むところだ……!」
同じ他人でも、バトルになると突然口調が変わってしまうなぁ……。
ついに俺のオーダーランクと同じ★4の登場か。
瞬く間に、攻撃を仕掛けたエリーゼのターンが始まった。
「まず、月夜の暗殺者、召喚!」
まず、の二文字で、俺は息を飲み込んだ。
前回同様、一人ずつ召喚する用では無さそうだ。
そうこうしているうちに、青い光の中から、弓を携えた銀髪の男が現れた。
「★4ファイター、ルナティカ! BP8300!」
ファイターなのに、剣じゃないだって……!
いや、ファイターとマジックファイターとウィザードの明確な違いを教わってないから何とも言えねぇけど、そもそもファイターは、魔術を放たないだけの存在だったとか……。
剣士 vs 飛び道具は、俺の方がかなり不利だぞ。
そして、さらにエリーゼが空に向かって叫んだ。
「続いて、星空の暗殺者、召喚!」
今度は、青い光の中から黒く塗られた剣を持った男が現れた。
その上には「OH」の文字が浮かんでいた。いきなりオーダーヘッドを呼んだようだ。
「★4ファイター、スターダスタ! BP9999!」
カンストぽいBPだな……。
てか、いきなり2体召喚するのはありなのか。
「セフィ、あなたの番ね」
エリーゼの声に指示されたかのように、▽のカーソルが俺のところに移った。
初バトルの時には気付かなかったが、俺の視界の左側でオーダーメンバーのリストが浮かんでいた。
先程、瀕死の状態に追い込まれたハートは、まだBP1064までしか回復していない。
そうでなくても、出てきた敵が2体とも★4だと考えれば、★1のハートではかなり厳しいバトルになる。
まず呼び出すべきオリキャラは、決まった。
だが、そのオリキャラに召喚する決め台詞を、一人だけ決めていなかった。
わずかな時間唸った俺は、脳裏にトライブのことを思いながら、強く言い放った。
「最強への挑戦者、召喚!」
あぁ、この言葉こそ、これからバトルに召喚するソフィアそのものだ……!
大親友トライブと、常にソードマスターの椅子を争い続けた仲。
トライブがソードマスターになっても、そのたった一つの椅子への挑戦を諦めない存在。
それが、青い光の中から飛び出した。
「★3ファイター、ソフィア・エリクール! BP8600!」
ソフィアが、その手で操るストリームエッジを二人のエネミーに向けて、立った。
召喚したエリーゼが、小声で「★3なのに堂々としてるわね」と言い放つ。
その中で、俺はさらに召喚を続ける。
たぶん、この場合だけ二人目を呼べると思うんだ。そうなれば、ソフィアが圧倒的不利な状況には置かれずに済むはずだ。
俺は、天高く叫んだ。
「剣の女王、召喚!」
青い光の中から、再び金髪の女剣士が姿を現す。
15分もしないうちに、再び戦場に舞い降りた女王の表情は、それでも落ち着いている。
ほとんど減らなかったからか、BPだって全回復しているし!
今回も、フルボッコを見られそうだ!
そう思いつつ、俺は最後の決め台詞を言う。
「★4ファイター、トライブ・ランスロット! BP9800!」
俺の小説『Sword Masters』が誇る、女剣士の二大巨頭が並んだ。
新たなバトルが始まる。