1 俺のオリキャラで一番面倒な奴が話し掛けてきた件
セフィです。どうもです。無名小説家です。
ちょっと前まで、陸上選手という、異世界転生でもチートでもハーレムでも俺TUEEEでもない小説を投稿サイトに連載してたけど、現在何も書いてません。
つまり、小説家的に無職です。
本当は、陸上選手の話と同時進行で、もう一つ二つ、小説を書いてたんですよ。
もともと、剣や魔法の世界ばかり作っていたけど、気付いたらみんな止まってて。
一番ヤバいのが『Sword Masters』。これは8年ぐらい前に、埼玉県内の小さな同人誌即売会にB6サイズの文庫版を出したっきり、未だに2巻を出せていないのです。
その中に、俺の創作のメインキャラ、女剣士のトライブ・ランスロットがいるわけで。
――私は、負けるために剣を取ったわけじゃない!
あぁ~、トライブに何度も言わせてきたこの言葉、いつもゾクゾクする。
だてに「剣の女王」を名乗らせてるわけじゃない。
でも、そこまでの展開が思いつかなくて、トライブの「名言集」だけで満足してしまって。
もう何年書いてないだろう、トライブの戦闘シーン。
書くたびにゾクゾクしたはずなんだけどなぁ。
俺が書かなきゃ、トライブは動き出さないよなぁ。
「セフィさん」
なんか、ワンルームマンションの中で、少女の声がした?
一人暮らしをしているのに、こんなところで声がするの、普通じゃあり得ないんだけど。
勝手に入られたんじゃないかと思って、椅子から立って周りを見た。誰もいない。
その時、背後からまた声が響いてきた。
「セ~フィ~さんっ!」
1回目以上にビビるわ!
ひょっとして、この低スペックパソコンのスピーカーか?
というか、タスクバーにアルファベットの「O」のアイコンが勝手に追加されているんだが。
クリックしてみた。
「セフィさ~ん! やっと気付いてくれたぁ~」
薄い茶髪と薄茶色のジャケットを着た、ぽっちゃりとしている少女が、パソコンの画面からこちらを見つめているようだ。どこかで見覚えがある。
てか、どこからどう見てもアリスじゃん。
ウチの創作でドジ担当を一気に引き受けている、アリス・ガーデンス15歳じゃん!
だいぶ前に絵師さんから頂いたキャラデザそのままに、アリスがじっと見つめていた。
「アリス……、だよな……。『Sword Masters』でドジばっかしてる……」
「はいっ! セフィさん、さすが作者です! よくできました~!」
おいおい。会話できるんだけど。今までCVなんてついたこともなかったキャラと。
AIとかVRとか、ホントここ10年くらいで技術が進化したけれど、特に実験に出してもいないオリキャラと話せるなんて、俺、いつの時代を歩いているんだ。
何十年も先の未来でなければ、そんなことはあり得ないのに。
というわけで、何かの間違いだと信じたかった。
でも、そうはいかなかった。
「早速ですが、セフィさんには、罰ゲームをやってもらいます!」
……は?
罰ゲーム……?
いま、アリス、そう言ったよな……。
「アリス。なんで、出会ってすぐに罰ゲームを受けなきゃいけないんだよ」
「自分の胸に手を当てて、よ~く考えてください」
「いや、アリスさ。罰ゲームを受ける心当たりがないんだけど」
じーっとこちらを見つめるアリスが、あまりにも不気味でたまらなかった。
こう見えても、俺が考え出したキャラだ。いつの間にか、ドジ役にさせてしまったキャラ。
それが、作者に向かって堂々と「罰ゲームを受けて下さい」なんて言ってるの、キャラとしておかしいよ。
83秒考えても、思いつかなかった。
「アリス。俺、本当に分かんないから。答え……、教えて」
「しょうがないですね……。じゃあ、画面に注目してください。3……、2……、1……!」
――こたえ:小説の更新をずっとサボっているから。
「うわわわわわわわああああああああああ――――っ!」
どれくらい強烈に息を飲み込んだか分からないけれど、とりあえず悲鳴が真っ先に出た。
えぇ、その通りですとも。その通りなんですけどね。
てか、どう取り繕うよ……。
文庫版の『Sword Masters』を8年もサボっていること、アリスは分かってるぞ……。
「ごめん! アリス、マジごめん! 今すぐ続き書くから!」
「それでも、罰ゲームは免れませ~ん!」
くっそ、罰ゲームは受けなきゃいけないのか……。
書籍化どころか出版社の賞に応募すらしたことがない、知名度ほぼゼロの物書きに、「〇ンター×〇ンター」の作者みたいな長期休載は許されないの、当然だよな……。
「分かったよ、アリス。罰ゲームを教えて」
「分かりました。セフィさんがやらなきゃいけない罰ゲームは……、パンパカパ~ン! セフィさんのオリキャラを召喚して、敵と戦って、ミッションをクリアしてくださ~い」
ちょっと待って。言ってる意味が飲み込めないぞ。
俺のオリキャラを召喚するって、ことでいいんだよな……。
つまり……、トライブに会えるんだああああああ!
というわけで、
「じゃあ、アリス! 今すぐトライブを召喚したいんだ!」
「え……? セフィさんのいる世界には、やって来ませんよ? セフィさんがゲームの世界に行って、敵の前で呼ぶんです」
「えっ、ゲームの世界……? ええええええええええ?」
なるほど、ここで状況が飲み込めた。
俺はいま現実の世界にいて、アリスはそのゲームの世界にいるわけだ。
で、俺がゲームの世界に行くってことは……。
まさか、オリキャラに会えるのと引き換えに、異世界転生させられるのか、俺。
いや、たしかにネット社会では十分「おじさん」の年齢だけど、普通はトラックに轢かれたり、通り魔に刺されたりして命を落とす、それで転生して俺TUEEE、というのが流れじゃん。
そもそも、それですら他人の作品を読んだりして知っている知識で、俺自身は20年以上小説書いてて、ただの一度も、主人公が異世界転生する作品なんて書いたことないんですけど。
「あ~、セフィさん、ビビってますね~」
「ビビってるんじゃなくて、ゲームの世界に転生することを飲み込めないだけだよ」
「あの~、セフィさん。これ、転生じゃないです。セフィさんは死なないです。ただ、これからセフィさんは、ゲームの世界と現実の世界を行ったり来たりするんです」
あぁ、よかった。異世界転生の宣告をされたら、職場や親、友人、それにtwitterでよく絡むアカウントに、今から転生することを予告しないといけなくなるからな。
「でさ、アリスがさっきから言ってるその、ゲーム、っていったい何なのさ」
「あ、そう言えばセフィさんにタイトルを伝えてなかったですねぇ~」
Ori-Chara Order Online――オリキャラオーダーオンライン
――キミのオリキャラが、VR空間で動き出す! クリエイターのプライドを賭けて、オリキャラ召喚バトルだ! 目指せ、最強のオリキャラ使い!
「オリキャラオーダー、つまり……、オリキャラで騎士団を結成するオンラインゲーム」
「そうですそうです。って、一瞬で意味が分かったセフィさん、もしかして、『〇ェイトグ〇ンドオーダー』とかやり込んでますね~?」
「SNSで普通に流れてくるから知ってるだけ。ネトゲやソシャゲなんて、一度もやったことないよ」
なんでアリスが現実世界のゲームを知ってるんだよ。
でも、なんかそのゲームの世界、楽しめるような気がしてきた。
小説を書く時間がなくても、俺の作ったキャラが戦うシーンを見られるかも知れないんだから。
少なくとも、あのトライブが俺の横で戦うんだぞ……。この機会、拒否しちゃいけない。
「どうです? セフィさん、やってみますよね?」
「そりゃ、やるに決まってるよ!」
「じゃあ、レッツログイ~ン!」
画面上、ちょうどアリスの右下あたりに「Enter」のボタンがある。
そこを、軽い気持ちでクリックしたんだ。ほんの少しの不安と、その何百倍ものワクワクな気分で。