少年の慟哭と、少女の虚無
命が幾つ在ってもこの手のひらから、世界から、こぼれ落ち俺はそんな絶望から人を、家族を、救うことすらままならない。拳を握り締める指が小刻みに揺れる。
13歳の少年が失くしたものはあまりにも大きな物だった。父親を、母親を、まだ赤子の妹を、目の前で惨殺されたのだ。
母親は見るも無惨な姿で、服はビリビリに破れ何度も何度も深く、ナイフで身体を抉られている。父親は首を掻ききられ捨て置かれた状態。妹は心臓をひとつきで殺された。
じわじわと広がってくる不快感と感情の処理も儘ならないまま彼は嘔吐する。口の中に、苦い味が広がっていく。
気持ち悪い、辛い、苦しい、助けて、汗が額に流れる。
許さない、許さない、あいつら絶対に許すものか。
「ッゥ ッ」
そして、血が床を伝う感覚を、声をあげることすらできないほどに恐怖したあの絶望を、その瞬間彼は己の心臓に刻みこんだ。
復讐心と、それに見合うだけの強さを、手に入れてやると。
その瞳は、青年のように凛々しく、深い闇を落としながらも、決して濁ってはいなかった。
すぅーと息を吐き本を閉じる。
私のバイブルとも言えるニーディア王国物語は孤独な少年が日々を闘い生き抜き、国の英雄となる物語。
主人公の少年の、名前は明かされていないが、私は彼が大好きだ。格好いいのに己の信念を貫く所とか、切れ長で美しい瞳の睫毛が頬に影を落とす所とか、もう全て良い。
いつも通り、大好きな本を読んで明日の学校の準備をして、眠りにつく。
極々普通の一般的な女子高校生の私、和優類。
友達もそこそこいるし、両親も私を愛してくれている。
いたって充実した生活を、送っているはず。
なのに、いつも胸の辺りにぽっかりとした大きな穴が存在していて、埋まることがない。
何でだろう。何か足りないものがある気がする。
起きたらこの穴も無くなっていれば良いのに。
そう願いながら、布団を被り、目を閉じると、猛烈な眠気に抗えず意識がふわっと溶けていく。
だから、まさか、誰が思うのだろう。
目を開けた時、もう二度とこの世界には、戻れないまま、ニーディア王国物語の世界に転生してしまうだなんて。