5 新しい家族
海の中に逃げるようにして、夕日が沈み始める。
マリーは甲板で夕日を見ていた。すると、隣からハンリ―の声がした。
「お前、大人みたいだな。真顔で夕日見てるなんて」
「夕日なんか見てないわよ」
マリーは嘘をついた。
「ちょっと、想像してたの。人魚の国ってどんなかなって」
「殺風景らしいぞ」
とハンリ―が言った。
「石づくりになってる壁があるだけだ。迷路みたいだなんていう噂もある。俺はそういう噂は好きじゃないんだ。俺は俺の想像で考えた方が楽しいんだよ」
マリーは、そう言って海を見つめるハンリ―の方を見た。
なんだ。ハンリ―だって、まるで大人みたいじゃない。
その夜、夕飯はハンリ―の言う通り、豪華なものだった。
「わあ。あなた、随分取って来たのね。今日は凄いわ」
サレンはそう言い、フライにかぶりついた。
「うん、ジューシーね!」
「マリーが焼いてくれたんだよ」
ウィリアムが言った。
「おりゃー、とか言ってね。最後に仕上げで特製のソースをかけたんだ。どうだい?マリー、マーメイドフライの味は」
(え?)
マリーは一瞬戸惑ったが、すぐに
「あ、ええ、とても美味しいわ。ありがとう」
と答えた。
(これ、夢と同じだわ。)
こうなればいいと思っていたことが叶った。そう感じた瞬間、マリーの目から涙がぽろぽろ零れ落ちた。
「何だマリー、美味しすぎて泣いてるのか?」
ウィリアムは笑ったが、ハンリ―は疑わしげにマリーを見ていた。
夕飯も食べ終わった後、マリーは静かにパジャマに着替えると、ベッドに入った。ハンリ―はというと、ドアのすぐ横の机に座っていた。
「お前、さっき泣いてただろ」
ハンリ―はあくまで優しい口調で話しだす。
「理由はさっきおじさんが言ったでしょ」
マリーはこれで終わりという風に言ったが、ハンリ―は引き下がらなかった。
「違う意味で泣いてたんだろ、そうだろ?」
決して強くない口調にマリーも緊張が解けたのか、少し戸惑った後言った。
「そう。羨ましかったの。笑ってご飯を食べられる家族がいるなんて・・・・・・」
マリー。とハンリ―は一人つぶやく。想定外の答えが返ってきたようだ。そして、家族というフレーズで思い出したのか、あっと声を上げた。
「そうだ。明日親に話すんだ。お前をここの家族にしていいかどうか」
マリーの目が輝いた。もう待っている時間はないとでも言うように
「今すぐよ、今頼みに行くの」
と言って、すぐに階段を下りてしまった。
「おい、待てよ!」
ハンリ―は慌ててマリーの後を追った。
マリーはハンリ―が追いついたのを確認すると、
「すみません」
とサレンに声をかけた。
「どうしたの、マリー」
サレンが顔を出すと、ハンリーはマリーとサレンの顔を交互に見ながらこう言った。
「マリーをうちの家族にしたいんだ。マリーだって魔法族の一人なんだ。悪くないだろ?いいよな?」
するとサレンは顔を輝かせて言った。
「もちろんよ!そうしたらいいって夫と話していたの。ああ、ウィリアムに話してこなくちゃ」
サレンはそのまま家を飛び出したかと思うと、倉庫に向かってしまった。
「ああ、よかった!本当に」
ハンリ―がマリーの肩を叩く。
「ええ、本当によかった・・・・・・」
マリーは自分に言い聞かせているかのようにつぶやき、ほっと息を吐いた。
それから六年後、マリーは十三歳、ハンリ―は十四歳になっていた。
マリーとハンリ―は庭で魔法を使って遊んでいた。三年前にウィリアムから痺れの術を習ったのだ。
「ほら、ハンリ―!これで、やっと、参った?」
マリーはハンリ―に術を当てるたびに一つずつ言葉を発した。ハンリ―は避けるたびに一つずつ言葉を発した。
「いいや、まだ、これ、からだ!」
するとリビングからウィリアムの叫ぶ声が聞こえてきた。
「マリー、やったぞ!」
「何かしら?」
「また友達が人魚と付き合い始めたのかもしれないぜ」
マリーとハンリ―は笑い合いながらリビングに戻った。
マリーはウィリアムのいる場所まで行くと
「ウィリアムおじさん、何ですか?」
と首をかしげた。
するとウィリアムは、マリーの思いもしなかったことを口にした。
「君のお母さんの居場所がわかったぞ」