3 ここに住む
「そっか。大変だったのね」
サレンは続けて
「ご両親に電話はしたの?」
と言った。
「いいえ。考えてもいなかったです」
かけてみます。とマリーは言い、携帯電話を取り出すと "パパ" と書いてあるところを押し、電話をかけてみた……出ない。
「お父様、出ない?」
サレンが聞いてきた。
「パパは仕事で出ないことが多いんです」
マリーは次に、"ママ" と書かれているところを押し、かけてみた。
マリーは、すっかり母親は出ると思っていたが、ミアもついに出なかった。
「えっ……」
マリーは目を開き
「出ない、ママも」
と言った。
「全く。実の娘を放り出すなんて。母親としてどういうつもりなのかしら」
まあまあ、とウィリアムがサレンをなだめる。
「でも……」
と言って、サレンはうーんと考え出した。
少しして、サレンは
「今日は、マリーにここに止まってもらいましょう。ハンリー、部屋に連れて行ってあげて。あなたの部屋2段ベッドでしょ?」
と言った。
マリーはうろたえて
「え?そんな、だって」
と言ったが、ハンリーはもう立ち上がり
「マリー、こっちだよ」
と手招きした。
「あ、うん」
マリーはハンリーの後をついてき、部屋に向かった。
「ここだよ」
ハンリーは部屋のドアを開けると、マリーに入れと合図した。
「うん、わかった」
マリーは言われた通りに部屋に入ると、目の前にあるベッドにどすん、と座った。
「あなたはもう、魔法はコントロールできるの?ハンリー」
と、マリー。
「うん。もうほとんど。でもたまに怒ると、勝手に手から火が出るんだけど。その時は火を水に変えて、相手にかけてる」
ハンリーはそう言って笑うと
「明日、教えてやるよ」
と言ってくれた。
マリーはニッコリ笑うと
「ありがとう」
と言った。
しばらくすると、ハンリーが口を開いた。
「もう寝た方がいい。ベッドの上と下、どっちがいい?」
「えっと、下かな」
マリーは落ちるのが怖かったので、そう答えると、この格好で寝てもいいのか聞いた。
「ちょっと待って、マリーにぴったりのパジャマがあるんだ」
ハンリーはそう言うと、手を一振りした。
するとマリーの服がパジャマになり、元々着ていた服はそのまま床に落ちた。
「うわあ、凄い!」
マリーは腕を上げ、パジャマをまじまじと見つめた。パジャマの色はピンクで、模様は水玉だった。
「ねぇ、ちょっとやってみていい?」
マリーはハンリーと同じように手を降って念じた。
(服に戻して。)
するとパジャマが服になり、パジャマが床に落ちた。
「やった、成功!」
しかし、マリーの手から金粉が溢れ出してしまった。
「キャッ、直して!」
ハンリーはすぐに手を振り、金粉を消した。
「ごめん。多分これからも迷惑かけると思うけど」
マリーはすまなそうに言った。
「全然平気だよ」
ハンリーはそう言うと、自分の服をパジャマに変えて
「じゃ、おやすみ」
と言って、上のベッドに横になった。
マリーはウィリアムと話をするために下の階に降りた。
「あの、すみません」
マリーはその場にいたサレンに話しかけた。
「あらマリー、どうしたの?」
キッチンからサレンが顔を出した。
「あの、ウィリアムおじさんはどこですか?ちょっと話したいことがあって」
「ああ。彼ならまっすぐ行ってすぐの倉庫よ。彼、新しい魔術を作るのに必死でね」
サレンの言葉を聞くと、マリーはすぐ倉庫に向かった。
倉庫の場所はすぐにわかった。倉庫には煙突があり、その煙突から煙が上がっていた。
「すみません、ちょっといいですか?」
マリーが恐る恐る入ると、向こう側のテーブルにウィリアムが座っていた。
「ああ、マリーか。どうしたんだ」
「突然で申し訳ないんですけど、明日、私が魔法をコントロール出来るように訓練してくれませんか?忙しかったらいいんです」
マリーが言うと、ウィリアムは
「構わないが、地味な作業になるよ」
と言った。
「いいんです。ありがとうございます」
マリーはペコッと頭を下げると、ウィリアムの手元を見た。
「それは、何をしてるんですか?」
「これか?まあちょっとな……」
と、ウィリアムは言葉を濁す。
「知ってるかわからんが、魔術の中で基本となっているのは火、水、葉、土の4つだ。だが、1つ物足りないと思うんだよ」
「物足りないもの?」
オウム返しに聞くマリー。
「鉄だよ」
と、ウィリアム。
「鉄があればハンマーも作れるし、テーブルだって作ることは可能だ。もしどこかの無人島で足止めをくらっても、何とかなる」
賢い人だ、とマリーは思った。だとしたら、息子のハンリーにもそんな才能が流れているのかしら。
「忙しいところお邪魔しました。魔術作り、頑張ってくださいね」
マリーはそう言うと、倉庫を後にした。
部屋に戻ると、ハンリーはとっくに電気を消して寝ていた。
マリーはそっとベッドに入ろうとした。
すると、マリーに気づいたハンリーが上から話しかけてきた。
「どこに行ってたんだ?」
「あなたのお父様の倉庫に行ってきたの。お父様、新しい魔術を作ってるのね」
マリーが言うと、ハンリーは顔をしかめた。
「親父は、去年あたりからあんなことに夢中になっちまって、ほとんど夕飯には顔を出さないんだ。本当、困ってるんだよ」
そういえばマリー、お腹すいてないの?とハンリーが言った。
「全然。何でだろう」
マリーは後から、おやすみと付け加えた。
「待って」
ハンリーがマリーを止めた。
「1ついい?」
マリーはどうぞ、と返事した。
「ここに住んでくれないかな?」
「え?」
マリーは驚きのあまり、思わず頭を思い切り上げた。
ゴツ!
「いたっ!」
マリーは痛みに耐えながら
「なんて言った?」
と聞き返した。ハンリーはもう1度繰り返す。
「お願いだ。ここに住んでくれないか?もう自分の家に帰るつもりはないんだろ?親にも頼むからさ!」
マリーは考えた。確かにありがたいけど、それはここの家族に迷惑をかけることになる。
すると、マリーのお腹がぐーっと音をたてた。
「おい、やっぱりお腹すいてるだろ?」
ハンリーはそう言うと、マリーの横に皿を作って置いた。もちろん魔法だ。
先ほどまでよそよそしく話していたハンリーだが、今はいつものようにマリーと接している。
次にハンリーは、皿の上にサンドイッチを置いた。それもかなりの大きさだ。
「はい、どうぞ」
「あら、ありがとう」
マリーはサンドイッチを手にし、無心に食べ始めた。
少しすると、ハンリーが
「なあ、住んだっていいだろ?」
と最後のひと押しをした。
マリーは考えに考えて、決心した。
「うん、もしよかったら、ここに住むわ」
「よっしゃっ」
ハンリーは叫んだ直後、慌てて口を手で抑え、咳払いした。
「よ、よかった」
そしておやすみ、と付け加えると、今度こそ本当に眠りについた。
マリーも寝ようと横になり、目をつぶった。
するとドアが開く音がして、部屋にサレンが入ってきた。
「もうハンリーったら、また寝言?」
サレンはため息をついて、すぐに部屋を出た。