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砂漠の真ん中で、戦いは熾烈を極めていた。
次々と負傷者が出て、魔力の残量はどんどん減っていく。
当初の予想以上に砂竜の数は多く、個体も強いものが多かった。
「シエラ姫、獣人などを回復するなんてもってのほかです」
「私たちはともに戦う仲間ではないですか」
第一騎士団長や、その部下たちに囲まれる。
どうあっても、人族だけのために私の回復魔法を使わせる気なのだ。……この人たちは。
視線を遠くに向けると、まだ獣人たちが勇敢に戦っている。その中でひと際強く勇敢な戦いをしている犬耳の獣人の姿が見えた。
右足を引きずっている。このままでは、砂竜をすべて倒しきる前にあの獣人も致命傷を負ってしまうだろう。
「下がりなさい!」
私は、騎士たちの手を振り払い、全力で全体に向けた回復魔法を使う。
人族たちを回復してからでは、魔力が底をついて獣人たちの回復までは出来ないから。
それなら、私がこの後意識を失うとしても、今現在の負傷者を全員回復して見せる。
特にあの犬耳の獣人さん、戦い方カッコいい。推しにしてもいいだろうか。
周囲を強い光が包み込む。「ぐ……」ひどい倦怠感と吐き気。霞む視界に、何倍も大きい砂竜がこちらに向かってくるのが見えた。
「やっぱり……目立ちすぎたよね」
動けなくなった私に見切りをつけて逃げ出す騎士団長たち。それ、敵前逃亡だからね?
死を覚悟した。
瞳を閉じる直前に、頑張った私へのご褒美だろうか。目の前にすごい私好みのさっき見た犬耳の獣人が立ったような気がした。
その後は、重低音を立てて何かが倒れる音を聞いた気がするけれど。
魔力枯渇のために数日間目を覚まさなかったらしい私は、王城の自室で砂竜の討伐が成功したのだと聞いた。
その後の、事後処理などに駆け回るうち、私の記憶は薄れていった。
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目が覚めると、隣に暖かい感触があった。手を回すと、モフモフの尻尾に触れる。
フワフワで少しだけ硬さのある至高のモフモフ。
「……夢」
「シエラ!」
パタパタと、温かい雫が私の頬に落ちては流れていく。ヘーゼルナッツ色の瞳から次から次へと零れ落ちていく雫。
「レン様……泣いているんですか?」
「どうして、あなたはいつも」
「――――夢を見ていました」
レン様の尻尾が動きを止める。眉をひそめて、私の手を握りしめている手に力が加わる。
「……どんな夢ですか」
「犬耳の王子様が、私の事を助けてくれる夢ですよ」
レン様が、あの時私の事を助けてくれた犬耳の獣人だったに違いない。
一瞬見ただけなのに、あの瞬間からあの人はひそかに私の推しになっていたのだから。
犬耳にひどく強く惹かれてしまうのも、よく考えたらあの出来事のあとからだった。
「あの時、どうして私の間に割って入ったんですか。いくら強いからって、怪我が治った直後に無理するなんて。王太子なら、戦線を離脱するべきです」
「それは、あなたが獣人なんて助けることないと言う周囲を振り切って、俺たちのことを救ったりするから」
あの時、私の事を救ってくれたあと、意識を失っていく私の耳元で彼は確かに「この恩は必ず返します。我が姫」と言った。恩を返さなくてはいけないのは、助けてもらった私の方なのに。
「今回も……三日間眠り続けていたんですよ?」
「そうですか……それで、水精樹は」
再びお姫様抱っこをされて浮遊感を感じる。恥ずかしいけれど、ずいぶん慣れてしまった気がする。
遠くに見えていた砂漠は今はなく、どこまでも緑豊かな大地が広がっていた。
「すごい」
「シエラの力です」
「いいえ、私は少し魔力を注いだだけ」
それに、この世界にはまだまだ精霊との盟約が履行されずに失われつつある。
水精樹は救われても、このままでは世界は混乱の中に陥ってしまうだろう。
ヒロインが現れるまで待っていたら、きっとたくさんの人たちが苦しむことになる。
「シエラ、ずっとそばにいてくれますか?」
少しだけ不安そうにそう言う、まだ涙で頬を濡らしたままのレン様に私は寄り添った。
王太子を支える立場になるなんて、想定の範囲を大きく外れてしまった。
それに、精霊との盟約を履行しなくては。
スローライフの夢は諦めなくてはならないけれど迷いはなかった。
「――――喜んで」
私たちの周りを、水の精霊たちが取り囲んで祝福してくれた。煌めく水しぶきと、大きな虹。
精霊たちが祝福に力を入れすぎたせいか、私たちはびしょ濡れになって……そして笑い合った。
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