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気が付けば、広い広い湖の真ん中の小島に小さな水精樹が生えている場所に立っていた。
そこには、きっとたくさんの精霊がいたのだろう。
それなのに今は小さな精霊が消えそうな光を放っているだけ。
「待たせて、ごめんなさい……」
ああ、随分と長い間、誰も魔力を注がなかったのね。聖女の魔力を注ぐことが遠い遠い昔、水を与えてくれた精霊との約束だったというのに。
いつしか、人は返すことを忘れてしまった。
そう、それが乙女ゲームの世界観。忘れられた精霊との約束を守るためヒロインは旅をする。
そっと、魔力を注いでいく。光がだんだんと強くなって、一つ二つと増えていく。
それでも、一回ではとても足りそうにない。
そういえば、水精樹を救うのが砂漠の王子様ルートのフラグじゃなかったかな?
幻想的な精霊たちの光の中に立つヒロインと、砂漠の王子様。
そのシーンとても好きだったのに、なぜ忘れていたんだろう。
でも、今はこちらが優先。
始めてしまったからには完遂する。
私はそのまま祈りを捧げる。ごっそりと魔力が抜けてグングン吸い取られていく。
それから数時間経っただろうか。まだ、水精樹の魔力は満たされない。精霊の光も完全には戻らない。
私は目を開く。現実の世界では、世界樹はやはり一枚の葉もなく枯れかけていた。
「今日は、ここまでにします」
ああ、少し魔力を使いすぎたみたい。
せめて、意識が保てるくらいは残しておくべきだったのに。私の悪い癖だわ。
そのまま私は、気を失ってしまった。
「シエラ!」
あの時と同じように、意識が遠のいていく。
そう、あの時、魔力切れで気を失った私を誰かが助けてくれたんだった。
あの時聞いた声が聞こえる。
そのまま私の意識は、闇に沈んだ。
* * *
「シエラ……」
朝日とともに目が覚めるのは、聖女としての修行の日々が影響していると思う。
個人的にはもう少し寝ていたい。
……あと5分。
頬に触れる、少しゴツゴツした温かい大きな手。
「あ……レン様」
「良かった!なかなか目が覚めないから」
私は体を起こす。どれくらいの時間がたったのだろう。
「――行かないと」
「な、何を言って」
「完全に精霊が満足する前に祈りをやめると、魔力は抜け落ちてしまいます。今ならそれほどの減少はないはず」
「そんなのダメだ!」
レン様が心配してくれるのは嬉しい。
でも、やらなくては。長期戦になればなるほど、成功の確率は減ってしまう。
私は立ち上がると、ふらつく足を叱咤して水精樹へと向かおうとする。
フワリ……。
「ひぇ!?」
「それならせめて、体力は温存してください」
「あ、歩けますから!?」
私は何故かお姫様抱っこされていた。
私の抗議が聞こえないように、レン様は大股歩きで水精樹の元へ向かう。
そして毎日、倒れるまで祈る。
いつのまにか、連れ帰ってもらって目覚める。
もうレン様は、私の事を止めようとはしなかった。
でもたぶん、レン様こそ眠っていない気がする。それでも、私もやめようとは思わない。寝てほしいけれど。
次の日も、また次の日も同じことを繰り返す。
そして十日目の朝、ついに水精樹は魔力で満たされた。
「よかった……」
そのまま私は、今度こそ完全に意識を失ってしまった。
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