5
* * *
暗闇の中、すっかり大所帯になってしまった旅の一行。アダム隊長とレンは姫が眠る天幕を守るように焚き火を囲んでいた。
それでも、見張りを除いてすでに寝静まった深夜、冷え込みも強いがあまりに静かだ。
二人の頭上には、吸い込まれそうなほどの満天の星空が輝いている。
「それで、あんたどういうつもりだ」
虎の獣人のアダム隊長が、口元から牙を見せレンを威嚇する。
シエラが見ていたらそれすら「虎獣人の牙見せ威嚇すごい萌える!」と喜びそうだ。
「どういうつもりとは?」
目元を緩ませながらも、全く警戒を解かないまま犬耳の獣人、レンが返答する。
焚き火のオレンジ色の光に照らされた二人は、剣呑な雰囲気だ。すでに二人の大切な姫は、寝息を立てているだろう。
どちらともなく、剣に手をかける。
「姫さんが、あの国で俺たちを守るために良い立場にはいないことは理解していた。だが、あんたの答えによっては俺はこのまま姫さんを連れ去る」
その言葉に返されたのは、小さなため息と、わずかな笑顔。
「俺が全てをかけて、我が姫はお守りします。それだけの恩がある」
「――まさか、あんたも姫さんに救われたとでも言い出すのか」
ああ、アダム隊長もそうなのか。という雰囲気だけを醸し出してレンはそれに対する返事はしなかった。
だが、その表情は「是」としかとれない。
「アダム殿、砂漠の国に来たら活躍の場が山ほどありますよ。将軍職なんていかがです? その力で我が姫をお守りください」
「あんたには軍事に関する強大な人事権がある。そう捉えていいのか?」
「アダム殿には俺の境遇を話しておいた方がよさそうですね」
二人の会話を私は知らない。
どこでも眠れるタイプの私は、その夜もぐっすり眠っていた。
* * *
それから数日。
広大な砂漠を抜けると、急に景色が大きく変わる。そこはオアシスだった。
豊富な水源があるのか、噴水からは勢いよく水が噴き出している。
遠くに砂漠が見える中、そこだけが緑に囲まれて幻想的にさえ見える不思議な空間。
私の国とは違い、色とりどりな砂漠の国。
道ゆく人々も、髪の色も人種も豊富。
獣人たちも笑顔で通り過ぎていく。
「さ、王城へ参りましょう?」
レンさんに手を引かれて、白亜のお城に向かう。どこかエキゾチックな造りも、私のいた国とは違って胸が高鳴った。
正門を潜ると、何故か大歓迎される。
お城の中から、全員出てきたの?と思わせるほど人がいた。
「王太子殿下おかえりなさいませ。そしてシエラ姫殿下ようこそいらっしゃいました」
「……?」
中から出てきた一番偉そうな、宰相レベルの地位にありそうなオーラを放つ人が、跪いてレンさんを王太子殿下と呼んだ。
「――王太子っ?!」
レンさんを振り返ると、にっこり微笑まれる。
アダム隊長を振り返ると、絶対すでに知っていた雰囲気だった。素知らぬ顔をしていても、僅かに尻尾が揺れている。私の目はごまかせない。
「――っ。王太子殿下には、ごきげん麗しく」
慌てて体に染み込んでいる、美しい淑女の礼をする。
だけど、砂に汚れているし、髪の毛だって侍女のルリが整えてくれているとはいえ、お風呂にも入っていないし、よく考えればひどい有り様だ。いや、こんな姿で周りの人たち私のことを姫だとちゃんと認識してくれるか心配だ。
私の戸惑いを察してくれたのか、レンさん改めレン王太子殿下が、私のことをお城の侍女に託した。
「我が姫は長旅にお疲れだ。丁重におもてなしするように」
そのまま、連れ去られ、ピカピカに磨き上げられる。
「すごい……この国には薔薇の花は咲かないと聞いたのだけれど?」
「王太子殿下が、シエラ姫殿下のために取り寄せられたものです」
なぜか、侍女のルリまでも別室で磨き上げられて、美しい衣装を着せられて戸惑っている。
私の方も王族として過ごしてきた私から見ても豪華すぎるのではないかという衣装を着付けられる。
それでも、紫から赤への妖艶な瞳、白銀の髪をした私に、白を基調にしたドレスはあつらえたかのようにピッタリで。所々に飾られた豪華な宝石も、私の瞳や髪を知っていて色を決めたかのようだった。
「……あれ?」
ここまで来て、ようやく私はレン王太子殿下と会ったことがあるのではないかという気がしてきた。
どうして、王太子殿下自らが使者として私の国まで来たのか。そして、時々私を大切なものを慈しむように見てきた瞳が気のせいでないのだとしたら。
――――その疑問も、もう一度会えばわかるのかな。
そんなことを思いつつ、侍女たちに案内された部屋には、レン王太子殿下がいた。王族の衣装を着た、犬耳の貴公子……。
――――もう人生に悔いがないレベルのご褒美がここに?!
私を見て微笑む姿。麗しく可愛くカッコ良い。
「王太子殿下、このように歓迎いただきありがとうございます」
「我が姫……シエラは俺の婚約者になるんだ。レンと呼んでくれないかな?」
「では、レン様と……」
「うーん、少し残念だけれど仕方ないか」
道中、あんなにレンさん、レンさんと呼んでいたのに、妙に気恥ずかしい。
少しだけ困ったように笑ってレン様が私の前に跪いた。
「騙したようになって申し訳ありません。それでも、俺はあなたを護り、幸せにすると誓います。どうか婚約を受け入れてくださいませんか」
「もとからそのつもりでしたのに……。でも、婚約者がレン様なんて夢みたいです……」
さすがに、犬耳貴公子の婚約者なんて夢のようという台詞は飲み込んだ。辛うじて。
「あなたは俺を喜ばせるのが上手い。でも、全てが決まる前に、もう一つだけ話さなければならないことがあるんです」
私は、この国に来てから徐々に乙女ゲームの設定を思い出していた。
水精樹によって、守られしオアシス。そして今、水精樹は、かつての力を失い枯れつつある。
この樹が枯れることで影響を受けるのは、オアシスだけではない。この大陸の水のほとんどはこの樹を源にしているのだから。
そして、水が枯渇したときに一番初めに被害を受けるのは、権力に守られていない者たちだ。
乙女ゲームの中の戦争は、水が手に入る土地を奪い合うためのものでもあった。
「……水精樹」
その単語を呟くと、レン様が目を見開いた。
最後までご覧いただきありがとうございました。
『☆☆☆☆☆』からの評価やブクマいただけるとうれしいです。