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* * *
それから数日後。
「まさかの追放ルート……」
少しでも、シナリオから距離をとりたいと謁見の間で「人族よりも獣人族の方が優れている」的なことを言ったのが、予想以上に大きな問題に発展してしまった。
その結果、ほとんど何も持たされないままで王国から追放されてしまったのだった。
まあ、今回のことは引き金になっただけだ。
私の行動は、いつも人と獣人に対する線引きがなかった。
聖女の博愛と言えば聞こえがいいけれど、人族至上主義の貴族たちにとって、私はとても目障りだっただろう。
父にとっても、これ以上貴族間での問題を広げないために、私を切るという選択しかなかったに違いない。
私についてきたのは、侍女のルリだけだった。討伐任務に出ていたアダム隊長とは、一目会うことも叶わなかった。おそらくそれすら仕組まれたことだろう。
まあ、いつでも逃げ出せるように、私は個人的に商会の経営も密かにしているし、なによりも先日完成させた醤油がある。
「これがあればどこでも生きていけるわ」
黒い液体の入った小瓶をにやにや見ている私を、侍女のルリですら怪訝な顔で遠巻きにしていたけど。
そして私は、レンさんに頭を下げる。
「あの、ごめんなさい。謝って済む話でもないですが、どうか宣戦布告だけはご容赦いただけませんか?」
「我が姫は俺の命の恩人です。あなたの願いなら。……でも、良かったのですか」
使者さんはレンさんという名前だった。
私の問題発言をもみ消すために、貴族たちはレンさんを斬ろうとした。
正式な使者を斬るなんて国際問題だ。
戦争が起こってしまう。
王女一人と戦争の始まりなんて、天秤にかけることなど出来ないのに。
それとも砂漠の国の王子様はそれすら計算のうちなのか。そんな疑念も拭いきれない。
砂漠の国は、乙女ゲームの世界で重要な立ち位置にある。それにモフモフに優しい。
少しだけ引っ掛かりを感じながらも、抗えない魅力に引き寄せられて、私は使者の手を取った。
* * *
広大な砂漠を旅する私たち。
レンさんはさすがに砂漠の旅に慣れている。
天幕の準備も、荷物を運ぶためのラクダの手配も鮮やかなものだった。
あとは少数のレンさんを護衛する人たちが、周りに天幕を張る。
こちらは人族だ。
どの人も礼儀正しくて、レンさんに敬意を払っている。
それにしても、まさかの悪徳聖女追放ルートに突入するとは、大幅な計画変更を余儀なくされそうだ。
立てていたシナリオとしては、使者の持ってきた縁談を受けるだけのはずだったのだけれど。
まあ、よりシナリオから遠ざかることができたと考えれば、むしろ大成功と言えなくもない。
それでも、懸念がないこともない。
「――砂漠の国には、受け入れてもらえないかもしれないわね。こんなふうに追い出されるように来た姫に価値なんてないもの」
できれば、ちゃんと両国の平和の橋渡しとして役に立ちたいと思っていた。
そして、可能なら虐げられている獣人たちを砂漠の国で受け入れたいと思っていた。
こうなってしまっては、それも難しいかもしれない。
「でも、心配しないで?追い出されても生きていく術は持っているから。とりあえず、レンさんの面目を立てるためにも一度は訪れようと思うの」
「……我が姫が追い出されることは、決してないと思いますよ」
レンさんいい人。そしていつのまにか呼び名が「我が姫」になっている。萌える。
獣人を使者に寄越したことが、ここまで忌避されるなんてある程度予想していたけれどそれにしても思った以上に……。
身体能力も魔力も獣人族に人族は敵わない。
その事実から考えても、いつか勢力が逆転する日が来るだろうに。
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