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侍女のルリが、ずぶ濡れで帰ってきた私を見て驚いて、急いで湯を用意してくれた。
「王太子殿下ならお任せしても安心だと思っていたのに、どう言うことですかこれは」
シャーッと威嚇するみたいな勢いで、ルリが怒っている。レン様のせいでは一つもないけど。
一つもない?精霊たちが悪戯したのはそもそも。
「――――っ」
お風呂に入りながら冷たい唇が思い起こされて、思わず自分の唇に指先で触れる。
いつのまに、こんなに好きになったんだろう。
本当なら、私なんかを相手にするような人じゃないのに。
それでも、レン様といられるなら運命を信じたい。
今までずっと、シナリオから無難に逃れることばかり考えていたけれど、今は向き合ってみようかと思うほどに。
そしてその夜、長湯しすぎたせいか、すぶぬれになったせいか、私はベッドの中で高熱を出した。
✳︎ ✳︎ ✳︎
暑い……。水が欲しい。
寝苦しい夜。誰かに抱き起こされ、水を差し出される。
「美味しい」
未だかつてなく美味しい水を、一気に飲み干す。なぜか、魔力まで回復して元気が出てきた気がした。でも、コップもないしどうやって飲んだのだろう。
不思議に思って私はうっすらと目を開ける。
「昼間は、精霊たちが悪かったな?」
驚いたことに、私の目の前には美しいアイスブルーの髪をした青年がいた。切れ長の瞳に見つめられると息が止まってしまいそうなほどの存在感がある。
これは……なんとも美しい色彩と、あまりの美貌。
違う、そんなこと思っている場合じゃない。このビジュアルはあのお方だ。
私は、ふらつく身体を叱咤して、その青年の前に跪こうと起き上がる。美しい見た目と裏腹に、怒らせてしまった時には……。
――――世界が滅びてしまうかも。
立ち上がった瞬間、ひどくふらついて姿勢を保とうとする意思に反して体が傾く。
「ああ……。お前は俺が誰かわかっているみたいだな。……人は脆い。無理をするな」
「水の精霊王様」
冷たい手に、引き起こされた。そのまま、ベッドにストンと座らされる。
「ああ、その呼び名はあまり好きではない。イードルと呼んでくれるか」
「……イードル様。このような姿で申し訳ありません」
「俺が勝手に来たんだ。気にするな。……それより、精霊王たちの見解では、どうあっても水精樹は枯れてしまうはずだったのだが」
そう、乙女ゲームの世界では世界樹は枯れてしまう。新たな世界樹を手に入れるまで、世界は深刻な水不足に陥るのだ。
「お前の魔力は、とても甘美だったと精霊たちが騒いでいた」
私の魔力が、甘美だと?悪徳聖女として乙女ゲームに君臨していた私の魔力が?
「魔力は、意思や決意、優しさなどの人間の心や願いに影響を受けるからな」
冷たい手が、私の前髪をかき上げて、おでこにそっと触れる。そのまま、まるで深い森の冷たい泉のような唇が私のおでこに触れる。
「――――確かに甘美だな。これは、他の精霊王たちも騒ぎそうだ」
冷たい感触に反して、のぼせてしまいそうに熱いのは、熱のせいだけではないと思う。
「これで、新たな盟約は相成った。せいぜい、精霊たちに魔力を渡すことを忘れないようにするんだな?」
「えっ……イードル様?!」
「今度はもっとたくさん貰うんだから、きちんと体調を整えておくといい」
おでこに当てていた手を、スルリと私の唇に滑らせて、水の精霊王は微笑んだ。
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