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レン様は約束通り、私と一緒に中庭でお茶をとる時間を作ってくれた。中庭まで全力で走ってきた様子のレン様。そんなにも忙しかったのだろうか……?
「あの、無理を言ってしまったみたいでごめんなさい」
「いえ、忙しいですがシエラと過ごす時間は、何としても捻出します」
こんなにもレン様が忙しいのも、私に婚約を申し込むために無理に時間を作ったからだと思う。しかも、使者としてグリフィス王国に訪れて、斬られそうになるなんてだいぶ無鉄砲だ。
大国グリフィス王国は、大陸での随一の軍事力を誇る。ゲームの中では、聖女として第三王女シエラは軍部への発言力も強かった。でも私は、どちらかというと獣人や平民たちの肩を持ちすぎるため、アダム将軍など一部の人間を除いて、軍部の人たちには良く思われていない。
「確かにシエラは、悪徳聖女なんてプレイヤーからは呼ばれていたけど……。ある意味有能なのよね」
他国の人間や、獣人、亜人たちを下に見るのは、そういうふうに育てられてきたから。私は、前世の記憶があるせいで、いくら周囲の選民意識が高くてもそこまで影響を受けなかった。でも、無垢な子供がそんな教育を受ければ……。
「どうしたんです? シエラ、深刻な顔していますよ」
しまった、せっかくレン様がつくってくれた大切な時間。もっと話すことがたくさんあるのに。
でも、レン様の笑顔を見ていて少しだけ弱音を吐きたくなってしまった。
「レン様……、少し祖国のことを考えていました」
「えっ、まさか帰りたいとか?!」
途端に尻尾がシュンと下がってしまうレン様が可愛い。表情は、無表情に近いままなのにとてもわかりやすくて、好ましい。
「……違います。帰りたくなんかないです。でも、この国と戦争が起こらないといいなって」
物語では、第三王女シエラが婚姻の打診のために訪れた砂漠の国の使者を斬ったことで、戦争の火ぶたが落とされる。もしかしたら、砂漠の国もそれが狙いだったのかもしれない。
でも、砂漠の国にはレン様がいれば、そんなことさせるはずがない。なんせ、自分が来てしまうような人だし。
「俺が王太子である限り、そんなことはさせませんよ」
そう、砂漠の王子様ルートでのレン様は、右足にハンデがあった。そして、ヒロインと出会った時には王太子ではなかった。王太子は、他の兄妹だったように思う。
砂漠の王子様は、少しだけ自分に自信が無くて、主人公に無償の愛をくれる。
あ、想像したらちょっと悲しくなってきてしまった。気を取り直して。
「……レン様は、いつ王太子になったのですか」
私は、乙女ゲームの設定から考えれば当然のように沸いてくる疑問をレン様にぶつけた。そう、レン様が王太子になったのはおそらく私と出会って以後なのではないだろうか。
「――――あの砂竜討伐戦は、俺を王太子戦から引きずり落とすための策略でもありました。そして、俺が王太子になるための試練でもあった。死ぬ可能性がとても高いことを理解しながらも俺が参加したのは……獣人と人が共に暮らせる世界を作りたかったから」
奇遇ですね!それ、私の夢と同じじゃないですか。
でも、物語ではレン様は大怪我をおって王位争いから脱落した。そしてヒロインと出会い、最終的には新たな水精樹をこの地に誕生させた功績でヒロインと結婚し、国王になるのだ。
でも、今はレン様は王太子として私の傍にいる。そして、水精樹も枯れることなく枝に青々とした葉を茂らせて、空いっぱいにその枝を広げている。
「レン様とあの時出会えて良かったです」
死にそうな思いは何度もしたけれど、あそこまで絶体絶命のピンチに陥ったのは後にも先にもさすがにない。いや、あんなピンチが何回もあったら、私も生きてはいないだろう。
それでも、私はあの戦いに参加できたことに感謝している。
「シエラは、運命を信じますか」
「運命ですか?……そうですね、信じたいです」
乙女ゲームのまま、悪徳聖女シエラとして生きていたら。きっとレン様とあんなふうに出会うことはなかったと思うから。レン様を助けられたことを運命と呼ぶなら、運命はあると信じたい。
レン様の大きな手が、遠慮がちに私の頬に触れる。
「あなたが俺の、運命だ」
二人の唇が触れ合いそうなほど近づいていく。
「レン様……」
「シエラ……」
その瞬間、土砂降りの雨が降り始める。
あっという間に私たちは、服が重くなるほどずぶぬれになってしまった。
空を見上げると、まるでいたずらに成功したかのように、ぴかぴかと輝きながら、精霊たちが大量に集まっているのが見えた。
雨はすぐに止んで、ずぶぬれになったレン様が苦笑して私の手にキスをする。
「風邪をひいてしまったら大変です。中に入りましょうか」
精霊たちが少し怒ったように私にまとわりつく。たぶん、このあと私は水の精霊王に会わなければならない。ヒロインでもない私に会ってくれればだけど。
「そうですね」
部屋に帰って、レン様のびしょぬれになった髪の毛と耳を少し背伸びしてタオルで拭いてあげようとする。
「……じゃまが入りましたね」
タオルを持つ私の手首がそっと引き寄せられて、冷えた柔らかい唇が、私の唇に触れた。
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