悪徳聖女は犬耳使者と出会う
南国の花々、お揃いの色をした屋根と白い壁が続く街並み。私は、異国情緒あふれる街のひときわ高い、城の最上階にある部屋から眺めていた。この国が乙女ゲームの世界だって事、たぶん私だけが知っている。
知っているけれど、シナリオに関わるつもりはない。つもりはないどころか、関わってはいけないと思っている。
だって、私は聖女なのにヒロインを貶めようと画策する、グリフィス王国の第三王女シエラなのだから。
それでも、シエラはとても人気があるキャラクターだった。まるで宵闇の訪れる直前のような、赤から紫へと色を変える瞳。美しい白銀の髪。
シエラの造詣は美しいの一言だ。
私もシエラのビジュアル好きだった。
一方で、ゲームの中のシエラは苛烈な性格だ。
物語の始まりで「私を妃に迎えようなどど、砂漠の国程度が!」と、いきなり使者を切り捨てさせて、長期にわたる戦乱の世を招く。
「こわ……。こんなの断罪されて当然だよ」
平穏に過ごすために手段は選ばない。
聖女として、魔獣の討伐にも参加したし、神殿に訪れて、貧しい人たちに回復魔法も施した。巷では慈悲深い王女として語られている。でも、私の願いはただ一つ。平穏無事に過ごしたい。まあ、頑張りすぎた結果、何度か死にかけたりもしているけれど。たぶん、ハイリスクにはハイリターンがあるに違いない。
「――――この国を出るタイミングは、きっと今しかないよね」
乙女ゲームの始まりまで、あと一年。
ちょうどこのころ、砂漠の国ラビアンから第三王女シエラに婚約の打診が来る。
これが戦争の引き金になるのだけれど……。
砂漠の国なんて、昼間暑くて夜寒い、過酷な気候に違いない。
逃げ出したい。シナリオが始まる前に。
きっと、第三王女を求める砂漠の国は、ハーレムとかあって私は第八夫人あたりなのでは?
ぜひ、スローライフを満喫したい。
それに、砂漠の国には抗いがたい魅力がある。
ちらりと私は、護衛してくれているアダム隊長を振り返る。
虎の耳と尻尾がついて、周囲を警戒しているのかその尻尾がユラユラ揺れている。
獣人を保護する変わり者王女。
人族の尊厳を踏みにじる愚かな聖女。
それが、今の第三王女シエラ・グリフィスの立ち位置だ。
「何かありましたか? 姫」
「何もないわ」
金色の瞳も、黒い髪の毛も、切れ長な瞳もすべてがかっこよいアダム隊長。
剣の腕も、戦いの中での統率力も一流。
そして部下からの信頼が厚く、仁義を重んじる。
――――完璧なのに。
そんなアダム隊長が、いまだにただの隊長にとどまっているのは、獣人だからという理由だけだ。
獣人と人族は何が違う?
この国では、決定的に違うとされている。
「砂漠の国からの使者が来ています。姫」
「今、行きます」
そういえば、悪徳聖女シエラは、いつも黒いドレスを身に着けていた。
私はあえて、白いドレスをいつも身にまとっている。
少しでも、シナリオから離れたい。
それでも、少し迷っているのも事実で。
砂漠の国に行ったとして、本当にシナリオから逃れられるかわからない。
だって、砂漠の国は、乙女ゲームの中の舞台の一つでもあるんだから。
国賓向けの謁見の間に入る。アダム隊長がドアを開けてくれたけど、なぜか部屋の空気が異様に重苦しかった。
「第三王女シエラです」
私は王女なので、深い礼をすることなく、軽く膝を折り曲げる。
「――――っ!」
使者さんの頭についているのは柴犬のような……。
柴犬そのもののモフモフの薄茶色の耳!
うそ……。理想のモフモフが今目の前に!
「あ……。素晴ら……いえ、婚約の申し出、謹んで受けさせていただきます」
その瞬間、謁見の間が静寂に包まれた。
あ、まだ使者さん何も言ってなかった。
あ、使者さんのモフモフの尻尾と耳がピンとなった。
うわ……尊い。
苛立たし気に、お父様が「何を言い出す、シエラ!」と叫んだ。
いつも威厳があるお父様が、そんなにも焦ったように声を荒くするなんて珍しい。
それだけ、この国の獣人に対する差別は根深い。
それにしても、どうして砂漠の国は、モフモフ……いや、獣人を使者にしたのか。
「獣人を使者に寄越すなど、この国をバカにしている。そんなこともわからないのかシエラ」
父が苛立たし気に、そう言った。
その台詞こそ、外交問題だ。
使者さんは、服装も佇まいも、礼儀も完璧だ。そしておそらくとても強い。
獣人である以外に、正式な使者としての瑕疵が一つもない。
「アダムの件にしろ、お前は獣人に肩入れしすぎる。なぜだ」
――――第一にモフモフ最高。
――――真面目な話をするならくだらない差別は嫌い。
――――そしてやっぱりモフモフ最高。
「時に獣人族は、私たち人族よりも優れていますから」
「――――もういい。その言葉はこの国で口にしてはいけない言葉だ。追って沙汰を送る」
「――――はい。陛下」
人族至上主義が多いこの国で、私の言った言葉は王政を揺るがす可能性がある。
それにしても、このまま使者さんを置いていったらどんな目に合うかわからない。
「砂漠の国の話が聞きたいです。アダム、使者殿を別室へお連れして」
「御心のままに。我が姫」
「では、失礼いたしますわ」
見せつけるように伶俐な印象を与えるよう微笑んで、完璧で美しい礼をする。周囲が息をのむのを肌で感じる。
悪徳聖女シエラは、本当に美しい。見た目だけでなく能力だって高い。
そしてお父様が、本当は獣人にそこまで嫌悪感を持っていないのは知っている。
穏便に婚約することもできたかもしれない。
それでもあえて、私は賭けに出た。
第一目標はこの国を出る。
第二目標はシナリオから離れて、幸せにのほほんとモフモフを眺めて生きていく。
そう心に決めて、私は踵を返した。
第二目標の一部は叶い、一部は叶わない展開が待っていることを知らずに。
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