16.人の話を聞かずに泣くのね
「ご機嫌よう、イアン王太子殿下」
カーテシーを披露して、挨拶の手を取らない。これは呼ばれていない客なら仕方ないのではなくて? 私に優しい対応を求めるのは間違ってます。今日は忙しいとご存知のはずでしょう。
淑女の仮面である微笑を貼り付けた私に、イアン様は肩を落としました。歓迎されると思ったのかしら。他人行儀な対応に、お兄様がにやりと笑います。悪いお顔ですが、似合いますね。額の包帯がないともっと素敵でしたわ。包帯を巻くほど腫れたみたいです。
「僕は君に求婚している。その答えが聞きたい」
「お断りしましたわ」
「え?」
「今朝一番に、お父様の正式なお断りを使者が運びました」
淡々と突きつけられた事実に、イアン様の膝が崩れます。顔を覆って泣かないでくださいませ。同情してしまいますから。この乙女ゲームは大好きでした。素敵スチルが眩くて、その攻略対象が泣いていたら肩を抱いて慰めたくなります。
「ま、魔王と結婚するのか」
「いいえ。魔王陛下もお断りしました」
明日また来ると言っておられましたが、それは省きます。ややこしくなるだけですからね。情報の取捨選択は与えるときも重要です。部屋に差し込んでいた日差しがすっと遮られました。
「じゃあ竜のやつか」
「竜帝陛下はまだですが、これからお断りします」
「……じゃ、もしかして……まだアーサーに未練が?」
なんでしょう、この「あり得ない可哀想な展開」みたいな対応は。青ざめた私は勢いよく頭を横に振りました。髪飾りがずれてしまいましたが、後で侍女に頼みましょう。
床に懐いていた隣国の王太子イアン様は、ぐっと拳を握り込みました。ぶつぶつ口の中で何か言っておられますが、聞こえません。聞いてはいけない気がするので、数歩下がりました。
「妹のセラもこう言っているん「明日また!」」
お兄様の勝ち誇った宣言に被された不吉な言葉。なぜ明日のお約束が? 問う前に、イアン様は勢いよく立ち上がってお帰りになりました。伸ばした指をそっと下ろします。今呼び止めたら違う意味に取られそうで、怖いのでスルーしましょう。私は何も聞かなかった、そう暗示をかけて頷きました。
「……告白する前に断られるなんて」
窓の外に影がかかり……しょんぼりと首を垂れたドラゴンが覗いています。先ほど、部屋が陰ったのは陛下でしたか。まあ順番が多少変わりましたが、お断りするのは決まっていますので仕方ないですね。
「申し訳ございませんが、竜の乙女は別にいます。陛下の方でお探しください」
「そなた以外は嫌だ」
「お断りします」
ここまで言わせるなんて。子供じゃあるまいし……ある意味子供かしら。ほとほと涙をこぼすドラゴンの姿は哀れを誘う。庭の噴水や樹木を薙ぎ倒さないよう、体を小さく丸めているので、余計に気の毒そうな雰囲気が増していました。
「陛下……」
「そ、それ以上、今日は何も言わないでくれ。日を改める」
「は、い?」
こっちもか。どうして異世界の男は話を聞かないのでしょうか。それぞれに乙女は別にいるし、ヒロインとくっつけばいいじゃない! 私は巻き込まれたくないし、外から眺めてニヤニヤしたい派のファンなの!!
竜帝陛下がお外から飛び立つのを見送りながら、私はほっとして長椅子に腰掛けます。イアン様の乱入で足りないかと心配したけど、客間の数が間に合いそうでよかったわ。




