15.淑女の入浴中でしてよ
お昼まで時間がありますので、先ほどかいた汗を流すことにしました。お母様と早足で歩いて屋敷を回ったのは疲れましたし、その後も大急ぎで玄関まで屋敷を縦断しましたから。
部屋に戻って侍女にドレスを脱がせてもらいます。淑女は一人で着替えをしないと言われますが、当然でしょうね。こんな面倒くさい服を自分で脱ぎ着できたら、魔法でも使ったかと疑います。いまのドレスも後ろに小さなボタンがずらりと並んでいました。包みボタンなので、背中にぐるんと手が回らない人は無理ですし、ドレスはそんな動きが出来ないように作られてます。
物理的に無理なので、侍女がちまちまとボタンを外すのを待って、ようやく下着姿になりました。体を締め付けるコルセットを外し、浴室に入ります。用意された湯船の湯を軽くかけてから、先に湯船に浸かりました。
順番としては胸から洗う人ですが、今朝磨いたばかりです。汗を流してリラックスするためのお風呂、なんて贅沢でしょうか。こういう時は公爵令嬢に生まれて良かったと本心から思います。
「大変だ! もう次が来たぞ」
「誰が?!」
「イアン王太子殿下」
……忘れてました。すっかり頭の中から抜けてましたが、そういえばいましたね。攻略対象のひとりで、隣国の王太子殿下です。この方は乙女ゲームの登場人物なので、無関係ともいえません。ヒロインから逃げ回った王子様が、悪役令嬢に今頃何のご用かしらね。
昨夜の告白はお断りしましたよね?
「待たせておいてください。それより、お兄様」
「なんだい?」
「淑女の入浴を覗くなんて、困った方ね」
侍女が体を張って守る裸体をタオルで包み、微笑みを湛えたまま石鹸を投げた。手首の捻りが重要です。あと不安定な湯船の中ですが、足を軽く開くのがコツでしょう。お母様直伝の豪速球を喰らえ!!
ゴンっ! 痛そうな音がして、お兄様が蹲りました。しばらく動けないでしょう。ぶつかった額も腫れるでしょうが、自業自得ですわ。親しき仲にも礼儀あり、でしてよ。
「僕は……セラを心配して」
「次からは、扉の、外で、声を、かけて、くださ、いぃ!!」
衝立の向こう側で、コルセットを締められながら途切れ途切れに叫び、ついでに息を吐き出しました。おかげで細く締め上げることに成功したようです。侍女が満足そうに頷きました。
内臓が出そうですが、いい仕事でしたわ。たくさんのボタンが使われた青いドレスを纏い、背中のボタンを侍女に任せます。半分ほど終わったところで、様子を見に来た執事がお兄様を回収していきました。
私目的でも、次期当主として顔を合わせないわけにいきませんもの。腫れた額の言い訳をどうするのか、興味があるので早く行きたいです。侍女が驚くべき速さで、包みボタンを留め終えました。
「ありがとう、行きましょう」
お兄様がいないので、右手に扇を持って足早に屋敷の中を歩きます。速度は競歩に近く、絨毯が深くなければカツカツとヒールの音が響いたでしょう。
扉の前で身だしなみを確認し、ひとつ深呼吸しました。予定外の来客が続いて忙しいですが、今日を乗り切らなければ未来がありません。開く扉の向こうは戦場、気合を入れ直して参りましょう!




