第90話 絆と涙と満月姉妹の修学旅行⑤―Fear , and Loathing in Mitsuki Sisters―
異世界『シングラリティア』。それは、歌を力に変えて戦う戦士たちが、日夜出現する邪悪と戦い続けている世界。
その戦士たちは、歌を力に変換させるための超常装備『媒体』を装備し戦っている。
今、ワノが取り出したヘッドホンは、かつてイルミネーターズが『シングラリティア』に仕事の為に訪れた際、ワノがしれっと手に入れた『媒体』の一つ、『エモインスレイブ』なのだ。
「このエモインスレイブは、他にあった媒体とは一味違う代物なんっスよ。
なんてったってこれ、ただ装備者の歌を力に変えてくれるだけじゃなくて、装着者の意思を掌握し、それで読み取った感情を強制的に暴発させて、さらに力を暴力的に増させるんスよ」
充はワノに尋ねる。
「要するに『呪われた装備』ということか?」
「大雑把に言うとそんなもんスかね」
「それがこれまでの作戦と何の関係がある?」
「まー、期待しといてほしいっス。これをピコリさんに着ければ、こちらにとって都合よく操れるっスからねー」
ワノは、両手両足を鎖で拘束されたピコリの頭に、エモインスレイブを着けに行く。
するとピコリはジタバタして鎖をジャラジャラ言わせる。抵抗の意志を見せる。
「嫌だ! こんな訳わかんない連中にヤバいもん着けさせられるとかぜーったい嫌だ! 誰かー、誰か助けてー!」
対して、ワノはピコリに淡々と言い返す。
「本当に助けられて一体何になるんスか? どうせ助けられても、結局帰る場所はあなたのことなんかルールだのかんだのの二の次にする姉妹っスよ? あなたを大切に思っていない姉妹だけっスよ?」
ピコリは思い出す。
昨日、サバキは自分を助けてくれなかった。
コーリンは自分の苦境に同情してくれなかった。
修学旅行以前から、姉妹たちはこれまで自分を冷遇してきた。
そして、転生した異世界の違いによる他五人との圧倒的実力差で、これまでひたすら怯えて暮らしてきた。
――ただただ姉妹に振り回されてきた。そんな暗い思い出に、ピコリは胸中で、次々と『憎悪』の二字をタグ付けした。
「で、どうするんスか? 帰りたいんスか、帰りたくないんスか?」
「ウチは……もう……帰りたくない……あんな家に帰るなんて、もう、限界だよ……」
ピコリはうなだれ、動かなくなった。無抵抗になった。
ワノがほぼ言った通り、自分は満月家に帰る必要性が無いのを悟った。
じゃあもうどうにでもなってしまえと思った。
「さて、じゃあこの特売品! どうぞ持ってってくださいっス!」
その隙にワノは、ピコリの頭にエモインスレイブを着ける。
直後、ピコリの全身から禍々しいオーラと共に奇怪な騒音が放たれる。
同時にピコリ本人は、白と橙を基調とした、アニメチックなアーマーに包まれた。
そしてエモインスレイブの力を得たピコリは、己の力で鎖を破壊し、イルミネーターズの四人の前で、堂々浮く。
ピコリの邪悪な姿を見て、
「さぁ! さぁ! これで第三段階……達成だじょぉっ!」
と、ワノは普段押さえている方言を漏らしてしまうほど、盛大に狂喜し、
「……わぁい……ピコリおねえちゃんがわたしのものになった……」
と、イバラも大いに喜び、
「ただ立っているだけでも感じ取れる……なんていう凄まじい力だ」
と、充はこの成果に驚き、
「成程、これがワノ殿の第三段階……ピコリの感情を『姉妹への憎悪』一色に汚染し、人質兼戦力とする……
嗚呼、流石はワノ殿。実に邪悪極まりない。僕の魂個人が赤裸々に云うには、何たる冷酷非道な謀だ……」
と、ネロアは絶句した……最中、
「どふぅ!?」
突然、ネロアはピコリの飛び蹴りを顔面で食らわされ、彼女に踏みつけにされた。
ピコリはネロアに言う。
「邪悪極まりない……!? あなた一体どこの身分でそんな口が利けると思ってるの?」
「ピ、ピコリ殿、これはいったい……」
ピコリはネロアをもう一度踏みつけて、
「ピコリ『殿』……ピコリ『様』でしょうが普通!? 一体どちらが格上なのかわかって言ってるの!? この無礼者ぉ! よくも、よくも、ウチのことをコケにしやがって!」
「す、すまない! 赦しは請わぬ!」
「謝るのが遅ぉい! この、この、この! 詫びろ詫びろ詫びろぉ!」
「あひぇ! すまない! すまない!」
怒り心頭なピコリは、ネロアを何度も踏みつけにする。
そのピコリに聞こえないよう、充はワノにささやく。
「これはあくまで俺の感想ですが、ピコリ様、もの凄く扱いづらい性格になっていないだろうか?」
「エモインスレイブは装着者の感情を暴発させるっス。つまり今のピコリ様は、コレまで抑えてた鬱憤だのが一気に開放され、ああいうサディストになった……と思うっス」
それを聞いて、イバラは言う。
「……まあいいや、ピコリおねえちゃんがたのしければどうでもいいや……」
「いやイバラ。どうでもいい訳は無いっすよ……」
と、ワノはピコリを指差していう。
「もう激おこだ! ……こうなったらとびっきりのお仕置きしてやる!」
ピコリはキーボードめいた鍵盤つきの大剣を具現化し、ネロアの上に掲げる。
「あれはヤバいっス! 充、止めるっス!」
「了解!」
充はピコリとネロアが、自分を中心にした半径五メートル以内に入る所で、
「バアルよ、今一度力を賜る! 【不殺の世戎】!」
床を殴り、【不殺の世戎】を展開する。
その直後、ピコリはネロアに大剣を振り下ろす。が、その大剣は、ネロアの体に当たっただけで、ネロアを負傷させることは無かった。
「【不殺の世戎】にいる限り、俺以外の人間は誰も傷つけられない……」
これにてネロアの無事が確保されたので、ワノはゆとりを持って、ピコリに話をする。
「ちょっとピコリ様〜、あなたがイライラしているのはとてもよくわかるっスけど〜、アタイの仲間に当たるのはやめていただけないっスかね〜」
「じゃあアタシのイライラはどこにぶつければいいの!? アタシは今、どうしようもなく誰かを虐げたいっていうのに!」
「落ち着いて考えてくださいっス。今、ピコリ様の最大のストレッサーは、一体、何月サバキですか?」
「サバキ? ああ、そういえばそんな奴いたね。それとコーリン、マジナ、ユノス、ルシェヌ……ああ、思い出したせいで余計腹立つ!
アイツらめ、よくもウチに対して散々迷惑かけた癖に……相応の反省なく生きていやがって! 許さない! 絶対に仕返ししてやる!」
「そうっス、それっす! ですからピコリ様、このワノにちょっと考えがありまして、是非聞いて貰いたいのですが……」
*
夕方、大阪の某遊園地付近のホテル前にて。
「おかえりなさい、満月さんたち」
先生は帰ってきた、ピコリを除く満月姉妹を迎えた。
「それで、ピコリさんは見つかりましたか?」
サバキは代表して、先生に答える。
「見つかりませんでした」
ただし、サバキにしては珍しい嘘をついて。
突然異世界からやって来た連中にさらわれた。と、説明しても、全く信用されないことぐらい、五人はよくわかっている。
「SNSとかで連絡とかも取れませんでしたか」
「駄目です。まるで返事してくれなくなりました……」
「困りましたね……サバキさん、もはやこの事態はあなた達に手に負えないレベルになるでしょう。後は先生たちに任せて、ホテルにチェックインして、ゆっくり休んでください」
「はい、ありがとうございます……」
五人は言われた通り、ホテルにチェックインし、自分達の荷物を置きに、各々の部屋へ向かおうとする。
「あ、来た来た。満月さんたちが……けどピコリーヌがいない」
「だとしても、行こう!」
その時、ロビーで待っていた、ピコリの友達二人が五人に接近する。
「誰だい、君たち?」
「ソウさんとミナミさん。ピコリお姉ちゃんのお友達だよ」
「二人とも、一体自分に何の用だ?」
すると二人は、深々と頭を下げて、
「ごめんなさい。アタシたちがピコリさんに責任背負わせてピコリさんの修学旅行台無しにして!」
「あの単独行動の話、元々は私たちが交番に行くのしんどい! って言ったのが原因だったんです! なのに私たち、ピコリさんに『お姉さん――生徒会長が助けてくれるから、全部自分のせいにして』って言っちゃったんです!」
「けど生徒会長は、ピコリさんのこと助けてくれなかったから、今日からずっと先生に監視されて、それでもうカーっとなって……どっかに行っちゃったんですよね?」
「だから本当にごめんなさい。私たちのせいで、ピコリさんを……皆さんの姉妹を、滅茶苦茶な状態にしちゃって!」
この二人の謝罪を聞いてルシェヌは言う。
「ふん、自分たちの立場が悪くなってきたから謝るとは、こずるいのじ……」
ルシェヌの口がユノスによって塞がれたことをしかと確認し、サバキは二人に頭を下げる。
「わざわざ謝ってくれてありがとう。そして、二人とも、ピコリのことはあまり心配しなくていいから、今日はゆっくりしていってくれ」
「「ありがとうございます!!」」
と、二人はサバキへ感謝を告げて、この場を去ろうとする。
「おいサバキ? アイツらに一回ガツンと言わなくていいのか? 元凶ほったらかしでいいのか?」
サバキは二人の背中に向かって、
「……おい、ちょっと待ってくれ二人共!」
「はい、何ですか生徒会長!」
「私たち、やっぱりもっと怒られるべきですよね……?」
「貴様ら、ちょっと部屋を空けてくれないか?」
*
数分後。ピコリの友達二人に空けてもらったピコリ班の部屋に、満月五姉妹は集結していた。
「まず言っておく。どうやら自分たちは昨日から、イルミネーターズにはめられていたようだ」
ルシェヌは首を傾げ、サバキに聞く。
「イルミネーターズって何じゃあ?」
「ここに来るまでの道中で説明しただろうルシェヌ。『異世界転生管理局からの命令で、自分達六人を捕らえに来た』と、のたまっていた、あの四人組のことだ」
「ああ、そういやそんな話あったのじゃ? して、昨日からそのイルミネーターズにはめられていたというのは?」
「あの中に『ネロア』と呼ばれた、骸骨を呼び出した群青色の髪の女子がいたのを覚えているか?
実はな、自分とユノスは、昨日の自由行動で、『田中ネロア』という群青色の髪の女子と会っていたんだ――容姿・声色すべて一緒の女子にな」
マジナはサバキに尋ねる。
「それがどうして私たちをハメたってことに繋がるのかな?」
「自分とユノスの班は、田中ネロアと本能寺で出会った。それも田中ネロアが『財布を無くした』と慌てていた時にな。
自分たちは当人がすこぶるドジに見えたのもあって、田中ネロアの財布探しに助力することにした。
それで自分たちは、ここまで来るまでに田中ネロアが行った場所を、当人と共にさかのぼって行き、ハンバーガーショップにたどり着いた。
そしてそこで、田中ネロアは財布を見つけると同時に、迷子の子供のために班と別行動していたピコリを見つけたのだ。
――自分としては、さっきのネロアと昨日の『田中ネロア』は同一人物で、奴は自分たちを単独行動していたピコリへ誘導したように思えるのだが。
また、これは自分の完全な憶測にすぎないが、ピコリが言っていた迷子の子供とは、イルミネーターズの中にいた『イバラ』という小柄な女子、ピコリの友達二人に話しかけてきた謎の外国人とは、『ワノ』という色白の女子で、奴らはその役を演じてピコリを分断し、自分をピコリと鉢合わせにさせたのだろう」
マジナは言う。
「確かにそう考えると、都合よく単独行動しちゃったピコリと、厳粛主義なサバキが出会えた自然な理由が出来るね。
けど、イルミネーターズはサバキとピコリを鉢合わせにして、何がしたかったんだろう?」
「その鉢合わせで自分がピコリに制裁するように仕組んで、姉妹間の仲を悪くし、いずれは自分達を分断する気だったのではないだろうか?
今日、イルミネーターズのリーダー格、ワノが、こちらが名乗ってもないのにも関わらず自分の名前を知っていて、『書類によると……』と言っていたから、恐らく何らかの情報源で自分たちが姉妹であることと、自分がルールに厳しいことを知っていて、そこを突いてみたのだろう」
コーリンは言う。
「昨日、ピコリはサバキを殴ろうとしたり、オレを睨みつけたりしたし、オレもあの時サバキにキレたもんな。あの調子がずっと続いてれば、確実にオレたちは仲違いしてただろうな……」
マジナは言う。
「そして今日、実際にピコリはサバキへの恨みが爆発して現実逃避めいた大暴走。
そして一人になった所を無事奴らに捕らえられた、と。
きっとこれも奴らの想定内なんだろうねぇ。サバキ曰く、ピコリはワノとイバラに待ち伏せ食らったらしいし」
ユノスはふと疑問に思う。
「けど、何だかとっても回りくどい作戦だね。わざわざ姉妹の仲を裂いてから一人一人捕らえていくなんて。
ボクがあの人たちだったら、まず持ってるだろう情報を頼りにして戦えないピコリを簡単にパパっと捕まえる。次にピコリを人質にしてボク達を揺さぶる。そして生け捕りにしていった方が効率的だと思うもん」
ルシェヌは普段どおりの傲慢さから胸を張って、
「それはきっとこの冷酷無比にして天下無双な魔王ルシェヌ様を恐れたからじゃろう!
きっとアタシの覇気を見て、イルミネーターズは狼狽し、まともな策を考えられなくなったのじゃろう!」
「出来すぎた話だと思うぞそれは。
ま、この作戦の回りくどさは一旦置いといて。イルミネーターズは自分たちを本気で生け捕りにしようとしていることは確定事項だ」
「ああ、よくわかったぜ! ったく胸糞悪い野郎だなぁ! オレたちの絆を裂いて生け捕りにして、一体何がしたいってんだよ!」
「本当にそうだよね、姉御。あいつらは『私達がこの世界を乱す可能性があるから〜』的な言い分を言って私たちを生け捕りにしようとしてた。
振り返ってみれば私たちはこの世界に帰ってきてからの約一年の間、母さんが社長になる時とか、サバキが生徒会長になる時とかに、一悶着あった。
けれども誰も世界を乱すことなんて全くしてないし考えてもない。全く、つくづく無茶苦茶な言い分だよ」
「ボクはまだこの世界にいたい。だってまだここでやらなきゃいけない仕事がいっぱい残ってるもん」
「アタシも絶対にここから離れないのじゃ! きっとアタシがこの世界からいなくなったら、お母さんはきっと悲しくて生きていけなくなるに違いないのじゃから!
そしてイルミネーターズ! よくもピコリをさらったなのじゃ! ピコリはアタシの大事な見下し相手だというのに!」
「ああ、そうだ! イルミネーターズめ! 人様の妹さらった罪は重いぞ!」
「そしてそれで正義ぶっているっていうのが何よりも虫唾が走るよ。本当にピコリが可愛そうだ」
「ボク、ピコリお姉ちゃんがいなくなるなんて嫌だ。だってピコリお姉ちゃんは、あのお母さんが社長になる時に、ボクに本当の仕事を教えてくれた立派なお姉ちゃんなんだもん」
「みんな……やはりピコリが捕われたことは許せないのだな。
自分もそうだ……自分は、ピコリには……
いや、今はこうして思い出話に浸っている場合じゃない! みんな、こうしている間にイルミネーターズが二手三手打ってくる可能性がある! ピコリの身にも危機が及んでいる可能性もある!
故に、今自分たちは、これからどうやってイルミネーターズを倒し、ピコリを助けるか考え、それを実行する必要が……必要が……」
サバキは突然とセリフを伸ばしながら、窓の方を見る。
「どうしたんだいサバキ? 必要あるの、ないの? どっちなの?」
「あるに決まっているだろマジナ殿」
「じゃあここはスパっと言ってよスパっと」
「それはわかってる。だがな、さっきから、窓の外の物音が気になってな」
ユノスは耳を澄まして、それをしかと聞く。
「本当だ。ボクが確認してみる」
ユノスは率先して窓を開ける。と、この向こうで、どこかで見覚えのあるコウモリが羽ばたいていた。
マジナはこれの正体に真っ先に気づき、胸元のカードをいつでも引き出せる体勢――臨戦態勢になって、
「気をつけてユノス! こいつはイルミネーターズのワノの下僕のコウモリ! 剣とかをぶっ放してくる危険な奴だよ!」
「うん、わかった」
ユノスはベレー帽より、自分の召使いであるアザレアを出し、守備警戒体勢にさせる。
マジナとユノスだけでなく、他の三人も各々身構え、チャネルバットの行動に警戒する。
五人の視線を釘付けにしているチャネルバットは、バサバサ羽ばたいて室内に侵入。口を開きブラックホールを作る。
「来るっ! 奴の攻撃が!」
そしてチャネルバットは、ブラックホールから封筒一つをポトリと落として、開いた窓から出ていった。
「……郵便かよ。ユノス、もう窓は閉めていいぞ。ったく脅かしやがってイルミネーターズの奴め、今度は一体何をしたいってんだ
コーリンは封筒を手に取り、開封し、その中に入っていた手紙を読み上げる。
【完】




