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第8話 魔王ルシェヌは一つ上の姉から母親を奪いたい

 ある日の夜――満月家の就寝時間間近。

 チヨは名刺を手元に置いて、恐る恐る電話を掛ける。


『はい、こちら異世界転生管理局です』


 こんなファンタジックな組織なのに、電話通じるんだ。と、チヨは感心して、

「先日、いや、だいぶ長らくお世話になりました、満月チヨという者です」


『満月……ああ、あの六人姉妹のお母様ですね。お電話ありがとうございます。では、本日はどのようなご用件で?』


「すみません、いまいちそういうのに詳しくないので、下手な質問になるかもしれませんが……

 そちら方は確か、『諸事情で元の世界に返すことにした』と仰っていましたけど、これはどういう内容ですか?」


『なるほど、少々お待ちを、ただいま資料を……』


 そう職員が言った後、受話器から電子オルゴールの『エリーゼのために』が流れる。


(なんでこんなところも普通なんだろ……)


 数十秒後。

『お待たせしました……世界を上手に導いたのが二名、その逆が四名ですね』


「え、それしか情報ないんですか? 誰がどうしてかとか、もっと細かい情報は無いんですか?」


『それが無いんです。申し訳ございませんが、異世界転生者は、とても多く、一人一人細かく構ってられないので。

 それに、こういうのは本人に聞いた方が早いと思います』


「そうですか、わかりました。ありがとうございます」


 チヨは礼を告げた後、ゆっくりと受話器を下ろし、さっきから両手足をフル活用して抱きついてくるルシェヌに目をやる。


「ねぇルシェヌ、人が電話してる時にこういう事しないでくれない?」


「やーだ、だってお母さん大好きだもの。くんくん、はー、いい匂いなのじゃ」


「だから、ここでもベタベタしてこないで!」


 チヨは威嚇として体を小さく揺らす。魔法はすごいが筋力はそうでもないルシェヌはこれだけでも体勢を維持できず、スルーっ、と床に落ちる。


 ならばと、ルシェヌは真剣な眼差しでチヨを見上げて、 

「じゃあデートいくのじゃ! それならベトベトしたって大丈夫なのじゃ!」


「今日はもうそろそろ寝る時間だし、明日も明後日も仕事だからダメ!」


 そうきたのならと、ルシェヌは覚悟を宿した目をしてチヨを見据え、

「なら……本番するのじゃ! 一時間もあれば済むじゃろうし!」


「それはおぞましいからやめて! ああもう、ひとまず今日は寝なさいルシェヌ!」


「むー、つれないのじゃ」

 

 チヨはルシェヌを極力優しく突き放し、自分の部屋へ撤退する。


 その最中、風呂場から出たユノスに会う。


「洗濯機回しておいたよ、お母さん」


「はいはい、ありがとうユノス」


 ユノスもサッとチヨに頭を撫でられた後、部屋に戻っていった。


「ユノスばっかりお母さんに好かれてずるいのじゃ、隅におけないのじゃ。

 そうだ! 奴はバカみたいにお手伝いしまくって媚売ってるから好かれてるのじゃ! なら……アタシも……」


 ルシェヌは悪巧みをしながら部屋に戻る。



 翌日、朝七時……


「ふぁ~、やっぱり早起きは辛いのじゃ。けど、奴の仕事を横取りしてお母さんに誉められるには……」


 ルシェヌは胸躍らせてリビングに来て、そして朝食を食べるチヨとコーリンとマジナと、洗濯物を運ぶユノスと出会う。


「あれ、ルシェヌ、今日は早起きだな」


「ゆ、ユノス! さては貴様も早起きを……」


「さてはも何も、ユノスはいつも早起きな方だよ。ランニングが日課のコーリンと、日光浴が日課の私よりは若干遅くなるけど」


 とっくにご飯を済ませたユノスは、洗濯物をテキパキ干す。

 ルシェヌは席について朝食に食らいつきつつ、五秒毎にユノスを睨む。


「うわっ、目ぇ怖……ねぇルシェヌ、まさかあなたユノスを意識してるとかじゃあないよね……」


「まさかなのじゃ! アタシは元の世界で、魔王という誉れ極まれりし地位にいた女の子! あんな小物に気をとられるなど、あり得ないのじゃ!」


 だが、言うまでもなく内心はこう。

(こんのユノスめー! アタシよりも先に起きるなんて卑怯なのじゃ! 

 ふん、まあいい。別に物事全ては早いもの勝ちと限らんのじゃ。ここからの巻き返しなど造作もないのじゃ)


 しかし、それは浅はかだと思い知らされる。

 食器洗いをすればユノスの一割のスピードもだせず、おまけに皿を一枚割ってしまう。

 掃除機をかけようとすれば、満足に使い方がわからず、結果ユノスに取られてしまう。

 昼食のインスタントラーメンは……満足に茹でられない。

 などなど……とんでもない体たらくを晒す羽目になってしまった。


 昼食後、これを不思議に思ったピコリは、火傷した手を氷魔法で冷やすルシェヌに尋ねる。


「ねぇ、何で今日はユノスみたいにお手伝いばっかしてるの」


「そんなの言わんでもわかるじゃろうが! あのユノスっていういつまで経ってもアタシに服従しない奴を打ち負かして、お母さんを独り占めするためなのじゃ!」


「誰もあなたに服従してないし、お母さんはあなたを独り占めしないような気が……」


 ルシェヌはピコリに氷の刃をちらつかせて、

「何か言ったのじゃ!? ピコリ!?」


「いえ、何でもありません!

 で、でも、お手伝いでユノスに勝つのは無理だと思うよ。ほわーんって見えてるけど、ユノスって冴えてるから」


「実戦に関しても、あのアザレアという虫けらが徹底抗戦するからな」


「あとサバキがそういうのを許さない」


「確かに、奴はいたずらに横槍を入れてくるからな……ん、いたずら。そうか! その手があった!」


「その手はない方が絶対いいと思うんだけど……」



 翌日。六時。

 ユノスはいつも通り『仕事』をするために、起床し、三段ベッドから出ようとする。


「へぶっ」


 すると、透明な壁に阻まれた。


 上段のピコリは気持ち的に引く。下段のルシェルは高笑いの代わりに手をバタバタさせる。


 この透明な壁は、皆が寝静まった後にルシェルがこっそりと作り上げた魔法障壁。

 こうすればユノスはもう外に出られまい。と、いうのがルシェルの考えだ。


「マスター、どうかなさいましたか」


「何かベッドに壁が出来てる。壊して」


「了解です。はっ!」


 だが、その企みは、アザレアの拳によって、ものの数秒で破壊された。


「全く、誰がこんなことしたんだろう」

 と、ユノスはつぶやきながら六姉妹の部屋を出た。

 

 ピコリは熟睡中のサバキに気を使い、ひそひそと言う。


「ほら、やっぱり。ユノスにはアザレアがいるから、そういういたずらは効かないと思うよ」


 同じくひそひそとルシェヌは返す。


「なんの、まだいたずらは沢山考えているのじゃ……それを使って奴に醜態を晒させ、アタシがスゴいと知らしめるのじゃ!」


 彼女の言う通り、この後もユノスに、幾多ものいたずらが降りかかった。


 例えば、ある時は朝食づくり。


「うわっぷ、この蛇口、急にボクの方に口が曲げてきたっ」


「マスター、ならばこうして!」


 アザレアは鍋を盾にし、水流からユノスの顔面を守り、おまけにいい具合に水を貯め、完璧にセーブする。


 ある時は洗濯。


「おかしいな、この粉洗剤、全部カチカチに固まっちゃってる」


「僕にお任せを、うらぁ!」


 アザレアは持ち前の力を用い、強引に粉洗剤を削り取る。


 ある時は掃除。

「げほっ、げほっ、何で、掃除機から煙が……」


「マスター、ここは僕が!」


 アザレアは一瞬怪人体に変身し、羽をはばたかせ煙をかき消す。


 ある時は洗濯物干し。


「今日はおかしいことばっかりおこるなぁ。何でだろう」


「マスター、危ない!」


 アザレアは咄嗟に飛び出し、ユノスの脳天に落ちてきた金だらいをはじく。


 この後も、お風呂マットが踏んだ途端に高速移動する。靴下の片方が何度片付けても、あらぬところに落ちている。ちょくちょく金だらいが降ってくる……などなど、ルシェヌのくだらないいたずらは続いた。

 だがその度にアザレアが護衛し、無力化するのだった。


「本当に今日は変なことばっかりだなぁー。買い物行ってくるね」


 昼頃、そういってユノスは家を出ていった。


「はーい、いってらっしゃーい……ねぇルシェヌ、まるで気にしてないよユノス。SAFハイツの三〇二号室並みに異変起こしまくってるのに」


「むむむ、とんだ能天気なのじゃ。けど、恐らく次のは、絶対効くはずなのじゃ!」


「次のって、何?」


「ピコリ、詳しくはついていけばわかるのじゃ」


 ルシェヌとピコリは、ユノスの買い物を、こっそり尾行する。


 三人は、比較的人の多い交差点にたどり着く。


「よし、まんまとかかったなのじゃ、ユノスめ」


「ねぇ、ここに何を仕掛けたっていうの、ルシェヌ」


「だから見ておれといっておる……特に、あそこの排水溝を奴が踏む所をな……」


 歩行者信号機が青になる時、ユノスはせかせかと向かいに渡り、何とも思わず排水溝の上に立つ。

 刹那、そこからまあまあの風が突き上がりユノスのスカートがめくれ上がる。


「……これだけ、ルシェヌ?」


「ははは、これは滑稽なのじゃ! こんな大衆の前で下着を晒されるなど、奴にこれ以上の屈辱はあるまい!」


「……ルシェヌ、やることが二昔前のアニメのスケベと同格だよ。あなた本当に魔王なの?」


「ふっ、何もかも豪快にやるのが魔王ではないのじゃ。時にはこうして静的なことも……ってあれ!?」


 一方その頃、肝心なユノスはというと、スカートを整え、何事もなかったように平然としてスーパーへ向かっていった。


「うわー、面の皮厚っつー。ユノスの神経、もはや狂ってるレベルじゃんこれ」


「おーのーれー、かくなれば直ちに家へ戻る! そしてさらなるいたずらを……!?」


 ルシェヌが踵を返したとき、そこにはアザレアが目くじらを立てて待っていた。


「やはり今までの異常はあなたたちの仕業でしたか、ピコリ様、ルシェヌ様」


「いや、ちょ待って、ウチただルシェヌに引っ張られただけで……」


「うう、ああ、そうなのじゃ! アタシとピコリが元凶なのじゃ! だ、か、ら、どうしたのじゃ!?」


「勝手に共犯者にしないでよ!」


「やはりルシェヌ様の仕業でしたか……道中も立ち話もあれなので、場所を移しましょうか」


 ピコリは重苦しい面持ちで、ルシェヌは頬を膨らませて、アザレアについていかされる。

 三人は、適当な公園のベンチに横並びで座る。


「……で、ここまで連れてきて何をする気なのじゃ? ちょうど派手に暴れられるぐらいの広さと人気の無さはあるが」


「精映――それが私の生まれた企業でした」


 という出だしからアザレアは己の昔話を語り出す。



 二〇五三年――特撮ヒーロー番組の人気低迷と、サイバー技術の発達を受け、ドラマ製作企業、精映株式会社は『電子生命体で本物の怪人を作り上げ、特撮ヒーロードラマを作る』という企画を立てた。


 リアリティを高めるというだけでなく、放映が終了しても、怪人をタレントとして世に送れるというメリットを予想してのことだ。

 

 アザレアはこの企画の一部――番組内の敵組織の幹部、それも主人公の戦いのきっかけとなった宿敵として作成された。悪役らしくお調子者で、ワガママな野郎だった。


 御託はすっとばして、結論を言うと企画は見事成功を納め、作られた怪人達は皆、世の中で愛される形となった……ただしアザレアは捨てられた。


 劇中初期においてはライバルとしての風格を出し、それなりの人気を持っていた。

 だがしかし、途中からポッと出てきた怪人『タッチ・ユー』がキャラの濃さにより視聴者の心を鷲掴み(実際鳥系の怪人だったりする)したのだ。

 これを受け製作陣はストーリーを変更し、アザレアはライバルの座を降格。

 最終回付近で雑に殺されて、以降、まるで話題にされなくなった。

 

 そして、精映から捨てられたアザレアが行くべき先は、無論ゴミ捨て場だった。


(最後に行くのはどこだろうか、可燃所だろうか……)

 アザレアはそこで悲愴に駆られながら、より現実から逃げるべく、ゆっくりと眠りについた。


 と、そこで、一人の少女と、その執事達がのる車が通りかかった。

 少女は執事達に耳打ちし、執事達は仕方なくアザレアをトランクに積んだ。


 アザレアが目を覚ました時、彼女は少女のベッドにいた。


 寝起き早々、少女は言った。


「あたし、あなたのことが気に入ったの、だからさ、ここにいてよ。拒否権は無いよ!」


 これが、令嬢と怪人の、主従の奇妙な日常の幕開けだった。



「というのが、劇中での設定です」


「急に引き戻すようなこと言うね……アザレアさん」


「引き戻すも何も、我々、Masterpiece Electronic Yokefellow、略して『MEY』は名前通り『傑作の電子的同僚』――ただの相棒という訳ではなく、相方の作品の価値を褒め称える記念楯的な側面もあるのです。

 だから私は、マスターが作り上げた作品の登場人物である、アザレアの記憶と名を持つのです」


 ルシェヌはうたた寝をやめ、アザレアに尋ねる。

「……で、貴様の自分語りはそれまでか? そうならとっとと、本題を言うのじゃ」


「アザレアの記憶より引用して言いましょう。ルシェヌ殿、あなたは一度噛み締める必要があると思います。

 私はライバル役としてある程度持ち上げられていた頃、わかりやすく調子に乗っていました、その時が幸せでたまりませんでした。

 しかしライバル役を退かされ、ゴミ捨て場に送られ、お嬢様に拾われて気づきました。

 『幸せとされた時が、本当に幸せと限らない。不幸とされた時が、本当に不幸と限らない』とね。

 ルシェヌ殿、あなたはマスターを下に伏せられれば本当に満足するのでしょうか? 今一度それを噛み締めるのが必要ではないでしょうか?」


「ふむ、なら逆に問おう。もしそれを噛み締めてもなお、平伏が王道となれば、貴様はどうするのかえ?」


「全身全霊で、マスターを守ります。マスターが、自分の職務を全う出来るまで」


「……ウチヤバイところ来ちゃったなぁ、やっぱ。めっちゃ重苦しいんですけど」


 この場から多少逃げるべく、ピコリは目線を遠くにやる、と、買い物バッグ両手にユノスが歩いている。


「あ、ユノスが折り返して来たけど……どうします、お二人さん」


「はっ、ではルシェヌ殿、以降は穏便に」


 と、締めにアザレアは言い、せっせとユノスの方へ駆けていった。


「マスター、お荷物はいかがなさいます」


「ボクが持つ。だってボクの仕事だから」


 ピコリは、ユノスとアザレアの様子をある程度眺めると、ルシェヌに目をやる。


「ふん、今日のところは勝ちを譲ってやる。ただし、お母さんに一番気に入られるのは、このルシェヌなのじゃ! 行くぞピコリ、こんな肌寒い所に長居するのはごめんなのじゃ」


「はいはい、わかりましたよ……はぁ、結構いいこと言ってたのに、まるで反省してないっぽいなぁ」


 この後、ルシェヌとピコリは、いたずらにより散らかった部屋を片付けさせられた。


「はいルシェヌ、金ダライ六個追加ー。これも処分してね―」


「ああもうしつこいのじゃ! 誰じゃこんなに金ダライを出したのは!?」


【完】

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