第80話 SHINEする動画撮り物語
夏休みのある日。コーリンは百式高校のテニスコートで、女子テニス部としての練習に励んでいた。
お昼頃、顧問の先生は部員たちに言う。
「はーい、今日の練習はこれまで! ここ、次は男子テニス部が使うから、早めに撤収してね!」
「「「ありがとうございました!!!」」」
女子テニス部の部員たちは、帰ったり、邪魔にならない所で軽い練習や雑談をしたりした。
中でもコーリンは、シンプルに帰ることを選んだ。
「あー、腹減った……今日の昼飯は、デカいハンバーガーにするか」
最中、コーリンは通学路の途中にあるハンバーガーショップに寄る。
そして空腹を満たすのにうってつけのビッグバーガーセットを頼む。
「さて、どこ座ろうか……」
店内はランチタイムのため、かなりの席が塞がっていた。
どこか空いてないだろうか。と、コーリンは店内をキョロキョロする。
「お、丁度良いところにいた」
コーリンは発見する。四人席に一人で座り、スマホを眼前にしてニヤニヤする、妹ピコリの姿を。
「おい、ここ空いてるから座らせてもらうぞ」
「え、誰で……って、コーリン姉さん!? 何故にここにいるの!?」
「部活帰りで昼飯食いに来たんだよ。このデカいバーガー食いたくてな。かく言うお前はどうしてここにいるんだよ」
「ウチも軽音部の練習帰りに、お昼食べに来たんだよ。外食出来る所でWi-Fi通ってるのここぐらいだから」
「飯屋に飯を期待するんじゃなくて、電波に期待するとか、相変わらず変な考えしてるなピコリ」
「だってしょうがないじゃん。Hot Dokいっぱい見たいんだからさ」
「ホットドック? ここはハンバーガー屋だぞ? ホットドックなんてメニューにあったか?」
「あの長いパンにソーセージ挟んだあれじゃないよ」
ピコリは自分のスマホの画面を、コーリンに向ける。
その画面に、どこぞの誰かわからない女の子が踊っている動画と、凄まじい速さでカフェラテに絵を描く動画と、軽い小芝居をする動画が連続して映される。
「Hot Dokは動画専門の動画アプリのこと。こういう短い時間に面白さがぎゅっと詰まった動画がいっぱい投稿されてて、雰囲気が面白いって、今めちゃくちゃ流行ってるんだよ」
「こういう一瞬で面白いって思わせてくる動画がいっぱいあるのか……オレからすればただチャラチャラした連中がふざけてるようにしか見えないが、何か癖になりそうだな」
「でしょー。それでさ、もうウチの学校でもメチャクチャ流行ってて、周りのみんなも見るだけじゃなくて、投稿してるっていう人もいっぱいいるんだ。
あー、ウチも見る専だけじゃなくて、何か一発、投稿してやりたいなー」
「やめとけ! やめとけ!」
と、ピコリに言った男子高生は、コーリンとピコリの座る四人席に自分のハンバーガーセットのトレーを置き、何食わぬ顔して席に座る。
「え、誰? 吉良の同僚?」
「違う、お前たちの姉妹のサバキ生徒会長とユノスの同僚の青木先輩だ。そのよしみで席借りるぞ」
「あ、どうぞ。青木先輩――あ、なんかサバキ姉さんから聞いた。『うちの生徒会に、自分で自分を、情報通って呼んでる、青木っていう胡散臭い先輩がいる』って」
「生徒会長のやつ、俺のことを家でそんな風に言ってたのかよ。後で先輩権限で軽く怒ってやろうかな」
コーリンは青木先輩に尋ねる。
「で、情報通らしい青木先輩よ。さっきの『やめとけ!』ってのはどういう意味なんだ?」
「情報通らしいじゃなくて、実際情報通だからな。いいかよく聞け、二人とも、百式高校にいる限りHot Dokを堂々と始めるのは危険だ。なんせそれを始めるというのは、百式高校の『裏階級制度』に入ることを意味する」
「「裏階級制度?」」
「単純に言えば、『その学校でどれだけイケてるかで、周りからの扱いがよくなる。逆に言えば、イケてなければ、周りからの扱いが悪くなる』って暗黙の了解だ。
で、今Hot Dokはそれの『ものさし』になっていて、それでバズれていることがステータスになっている」
「それ学校でよくある話だと思うんですけど……」
「さえぎるな、ルシェヌ」
「ウチはピコリです」
「あ……すいません。では気を取り直して。
この話にはまだ続きがある。
その裏階級制度で何人ものHot Dok投稿者――通称『ホットドッカー』が虫けらみたいな存在に成り果てた。
だが、それとは逆に、世界に通用するほどのバズを得て、この学校に神の如く君臨する連中――通称『頭』がいるんだ」
コーリンは尋ねる。
「『頭』……一体そいつらはどんな奴らなんだ!?」
「『頭』っていうのはな……」
「あ、ごめんなさい青木先輩。それの解説は『あちら』がします。ようやくアップが終わったみたいなんで……都P作品名物、ここで一つ解説を入れてくれる人さん! お願いします!」
ここで一つ解説を入れるとしよう。
百式高校生徒の中で最も位が高い九人のホットドッカー。
その名を――頭。
踊頭、遠坂レオン。
それは、誰よりも迅速に流行りの踊りを模倣し、鮮やかに踊る者。
「あれ、今回のここ一つ解説を入れてくれる人さん、なんか雰囲気違くない?」
「つか、なんだよこのやたらと重たい二つ名と解説文はよ。学校で偉くなるとこんなもんまでつくのか?」
犬頭、犬飼メグム。
それは、誰よりも可愛く愛犬を撮り、視聴者に癒やしを与える者。
「犬頭? それならもうサバキがいるじゃんかよ」
「違う違う、サバキ姉さんは犬頭だよ」
歌頭、卯月ケンガン。
それは誰よりも派手に流行曲を歌う者。
「歌頭だってよピコリ。お前にとっちゃエゲツねぇ壁になるぞコイツ」
「あれ、何だか段々元ネタに寄ってきたような気が……」
暴頭、時雨ロクロウ。
それは、誰よりも人気漫画のネタバラしの才を持つ者。
「あー、よくネットにいるこういう人。単行本待つ派の人に容赦なく本誌に掲載してる内容見せてくる人」
「こんなムカつく野郎が最高位でいいのかよ」
笑頭、水鳥川マサミ。
それは、誰よりも人を笑わせる執念を持つ者。
「あ、この人は知ってる。つい最近、自分の股間に向けて、野球ボールをピッチングマシンで十連投してた」
「何か傷だらけそうな野郎だな……そこまで苦労しなくてもいいだろうが」
恋頭、西園寺クロハ。
それは、誰よりもときめきに胸を高鳴らさせる者。
「とうとう二つ名が元ネタと被っちゃったじゃん。確かにこの人、自分と彼氏のデート動画ばっか上げてるから、そうなるのは確かだけど。もっと捻ろうよ……」
「……何を言ってるんだ、ピコリ?」
猫頭、百地バイケン。
それは、誰よりも愛らしい猫を持ち、視聴者を癒やす者。
「生き物系二人目かよ」
「元ネタも生き物系二人いるから……」
絵頭、小此木ショウメ。
それは、誰よりも上手な絵を描く者。
「急に地味な奴が来たな」
「こういう集団系で地味キャラは一人いるのが定石だから……」
焼頭、火神テンシャロウ。
それは、誰よりも多く、面白いテレビ番組を無断転載した経歴を持つ者。
「「おおよそ犯罪者じゃねーか!!」」
「……とまあ、こいつらが、百式高校の頂点に居座り、とてつもない利権を手にしている連中だ。
本当にこいつらは特権がレベチだ。食堂の列に横入りしても何も言われない。校長先生と目があっても挨拶しなくていい。資材運搬用のエレベーターを使って校舎を昇り降りしても怒られない」
「やれることのレベルがちょい不良レベルじゃないですか?」
「そして奴らの気に触れた生徒は、村八分同然にされる」
「それだけ言えば、手っ取り早く読者に『頭』の凄さ伝わると思うんですけど」
コーリンは言う。
「そ、そんだけヤバい奴らが、オレ達の学校で偉そうにしてるのかよ……たかがネットで人を集めているだけで!」
「ああ、そうだ! 言ってる俺でもおぞましいと思うんだが、奴らはHot Dokだけでこれだけの地位を手にしたんだ!
話を戻す、ピコリ、今Hot Dokをやるのは、ホットドッカーになるのは危険だから、やめろ!」
「う、うん。確かに……そういうめんどくさい連中に絡まれたら、たまったもんじゃないからね。じゃあウチは見る専になります」
こうしてピコリはホットドッカーとしての道を早々に断った。だが……
「なら、オレはなるぞ、そのホットドッカーって奴に!」
青木先輩は尋ねる。
「え、コーリンが? どうして!?」
「単純な話だ、そんなちょっとネットで有名になってるってだけで学校内で神様気取りしてるのが気に食わない! あとオレの妹が怖がってるのが胸糞悪い!
だからオレもHot dokを始めて、奴らと同じ位置に上り詰めて、ギャフンと物申してやる!」
コーリンは己の義憤をハンバーガーショップで叫ぶ……周りの迷惑にならない音量なのでご安心を。
姉の覚悟を聞いて、ピコリの心中で熱いものがこみ上げてくる。
「こ、コーリン姉さん……」
「てなわけでピコリ、そのバーガー食い終わったら、早速家で動画撮ろうぜ!」
と、コーリンはピコリのあまり手がつけられていないバーガーセットを指差して言う。
ちなみに、その隣のコーリンのトレーは、完食同然の状態になっていた。
「わかったよ、コーリン姉さん! って、い、いつの間に食べ終わってたの……」
*
数分後、コーリンとピコリは、自宅にあるそこそこ広い庭にいて、動画の撮影を始めようとしていた。
「ていうかウチらの家に庭あったんだ……」
「ようし。これだけの広さなら動画撮れるのに不自由ないだろう! よし、ピコリ!」
「はい、何ですかコーリン姉さん!?」
「一体どういう動画撮ればいいんだ?」
ピコリは盛大にずっこけ、庭の芝生へ顔面から突っ込む。
「いや、普通に考えてみればそうか。コーリン姉さんネットのトレンドとかわかりそうにないからさ……」
「おい、どうしたピコリ。急に芝生で寝てよぉ? そんなに眠いのか?」
ピコリは立ち上がり、コーリンに説明する。
「一体どういう動画撮ればいいんだって話だったよね。わかった、ウチが教えます。
とりあえず『頭』と同じようなジャンル――踊り、犬、歌、漫画のネタバレ、身体を張ったギャグ、彼氏とのデート、猫、イラスト、テレビ番組の違法転載はダメ。特に最後は絶対ダメ。
それで、満月姉妹一の脳筋なコーリン姉さんに向いてそうな動画は……スゴ技動画とかどう?」
「スゴ技動画?」
「目隠しした状態でボールをキャッチするとか、後ろ向きのままバスケットゴールにボールを入れるとか、そういう凄い技をする動画。
で、ウチがコーリン姉さんに出来そうだと思うのが……『三十秒間、テニスボールでリフティングする』ってのはどう?」
「テニスボールでリフティング? ああ、マジナがよくやってる、サッカーボールを何回も蹴ってはね上げるアレを、テニスでやるんだな。テニス部のオレだけに」
「そうそう、てなわけで早速やってみよっか」
かくてコーリンはラケットを構えて、
「それじゃあ、撮影開始!」
ピコリが投げつけたテニスボールをそれで受け止め、力いっぱい上に跳ね上げる。
そのボールはコーリンの馬鹿力により満月家の屋根より高く飛び、やがてお隣さんの庭に落下した。
「……おいピコリ! ちゃんといいタマよこせよ!」
「え、これウチのせい!? 違うでしょ、コーリン姉さんが無駄に力込めて打ったからでしょ!」
「オレは試合やる時と同じで、思い切り打ち込んだだけだぞ!」
ここでピコリは自分の考えの浅はかさを知った。
何故自分は『コーリン姉さんが力任せに打たない』と考えなかったのかと。
この後二人は隣の家に行き、
「「本当にすみませんでした」」
「いいのよ別に。練習か何かわからないけど、とにかく頑張って」
頭を下げてボールを貰って、庭に戻ってくる。
「リフティングっていうのは、力任せでやるものじゃないの! 力込めてボール跳ね上げたら、ボールは高く打ち上がって、次取る時に困るじゃん!」
何故スポーツにあまり詳しくない自分が、本来スポーツに詳しくあるべきコーリンにコーチングしているのか――そんな疑問を浮かべながら、ピコリはコーリンにリフティングについて教えた。
「そうなのか。オレは高いタマでも余裕で力一杯スマッシュで返せるぜ」
「ここでするのは試合じゃなくて、リフティングだから! てなわけで今後は優しく、ポンポンポンって感じでボールを上げてね!」
「了解、さぁ、投げてこい!」
「じゃあ行きまーす! よーい、アクション!」
再びピコリはコーリンへボールを投げ、スマホのカメラを回す。
コーリンはボールの落下地点を予測し、ラケットを構え……
「いや、ちょっと待て」
「え、どったのコーリン姉さん!?」
「なんか今日のピコリの喋り方おかしくねえか? これまで語尾が『ッピ』とか『ジオ』とか『クマ』とか『ぷり』とか『ずら』とか『しん』とか、変なのになってたのによ」
「これがウチのノーマルの喋り方ですから! 前6話は第74話のせいでちょっとイレギュラーが発生してたの! ほら、余計なこと考えないで次やるよ!」
その後、ピコリは何度もコーリンにテニスボールを投げつけては、コーリンがそれを力いっぱい跳ね上げ、
「「ほんとうにすみませんでした」」
「……あんドーナツ食べる?」
隣の家に謝りに行くのを繰り返した。
途中、『こりゃダメだ』とピコリは半分諦めかけた。
しかしコーリンが『妹が思う存分Hot Dokを出来るようにする』と意志を強く持って、どうにか弱くボールを上に上げようと、努力を続けているのを見て、その弱い心は捨てた――自分も頑張ろうと思ったのだ。
*
そして、動画撮影チャレンジを始めてから三時間経った時、コーリンは、ラケットの上でテニスボールを地味ににポンポンと打ち上げ続けていた。
最中、スマホのカメラを回すピコリは、コーリンに大声で言う。
「三十秒経ったよ! コーリン姉さん!」
「よっしゃ、やったぞぉぉぉぉ!」
コーリンはラケットをその辺の芝生に放り、大いに喜び、ピコリに抱きつく。
さっきまでさんざん庭にテニスボールを落とされた、隣の家のおばさんも、二人へ拍手を送る。
「痛い痛い痛い! 抱きつく力が強いよコーリン姉さん!」
「そんなこと気にすんな! とにかく、これで『頭』を倒せる動画が作れるぞ!」
「ま、そだね! 後はちょちょっとBGMつけて編集して、投稿しよう!」
こうしてコーリンは、ピコリの好きなスクリーモバンドのやかましい歌をBGMに、自分がテニスボールをラケットで地味に跳ねさせ続ける動画をHot Dokに投稿した。
ホットドッカーの道の第一歩にして、『頭』へ挑む第一歩を踏み出したのだった。
*
その夜。夕食中にコーリンはその動画を、皆に見せつけた。
マジナは驚いて、言う。
「わぁ凄い、姉御にしてはテクニカルなことしてていいじゃん」
「だろーマジナ。オレは力任せなだけの女じゃないんだぜ? だから今晩、身体で味わってみる……」
チヨは二人の猥談を遮って、
「今食事中だからそういう系の話はしないでください」
ユノスはピコリに尋ねる。
「このBGMのチョイスからして、このHot Dokの動画ってピコリお姉ちゃんの企画だよね? どうして急にコーリンお姉ちゃんにこんなことさせたの?」
ピコリは答える。
「ああ、それはね。Hot Dokでバズりまくってるだけで偉そうにしてる『頭』っていう人達に、これ以上のバズを見せつけてギャフンと言わせようと二人で企んだからだよ」
Hot Dok――そのワードを聞いて、生徒会長のサバキは言う。
「Hot Dokで思い出した。
ここ最近、Hot Dokという動画サイトを理由とした、一部の生徒たちによる不平等で非道徳な悪行を山程確認してな。
今後、生徒会はHot Dok利用について注意を促し、かつ、それを理由にして傍若無人な振る舞いをした者はきつく取り締まることにした」
「え……じゃあ『頭』は……?」
「頭……ああ、一部の被害者がそういう権力者もどきがいることを訴えていたな。そいつらも勿論、生徒会がこれまで行った行為を適正に判断し、処罰するつもりだ」
それを聞いたコーリンとピコリは、無意識に目を合わせ、
「……てことはオレたちのあの動画は」
「……意味なくなっちゃったね」
こうしてコーリンはホットドッカーの道を閉ざし、ピコリも何だか動画を作るのが億劫になってきたので見る専に戻った。
なお余談だが、例のコーリンの動画は、絵面の地味さと、BGMの派手さのミスマッチがウケ、そこそこバズった。
だが、当の本人は、Hot Dokのアプリを邪魔だとしてアンインストールした故に、知る由もなかった。
【完】




