第75話 わきやく~特撮エキストラ噺~
満月姉妹が夏休み中のある日の夜。
「ただいまー」
チヨが何気なく帰宅した。
「「「「「「おかえりー」」」」」」
六姉妹も何気なくチヨを迎えた。
チヨは言う。
「ちょっとコーリン。あなたにお土産持ってきたんだけど」
「え? オレ……」
ルシェヌはコーリンを遮って言う。
「アタシには! アタシには無いのかえ!? というか一体何を持ってきたのじゃ? 結婚指輪?」
「悪いけどルシェヌには無い。それとそんな高価な物、普通お土産感覚で持ってこないから」
「で? オレにお土産って何だ?」
「これ」
チヨはカバンから、一枚の書類をコーリンに渡す。その書類には『本社にて、騎人バスターステート撮影のお知らせ』との文言が。
「ああ、騎人バスターステートか」
ここで一つ解説を入れるとしよう。『騎人バスターステート』とは、特撮ドラマ『騎人バスターシリーズ』の第三十八作目である。
テーマはズバリ『IT』であり、AIやIoT等の要素をストーリーに盛り込み、さらにアクションパートもロジカルさを重視した作品となっている。
と、同時にこれらの要素は単純さ・明快さを好むコーリンには受け入れがたい代物。
なので『騎人バスターは好きで、特に騎人バスターアロウズは好きだが、ステートはそうでもない』と、彼女はそれを評している。
「そう、騎人バスターステート。コーリン好きでしょ? で、その撮影が数日後に、うちの本社、満月コーポレーション本社ビルで行われるから、来てみないって話なんだけど……」
「いや、別にオレ、騎人バスターステートに限っては好きじゃないから……」
「あ、これよく見たら、騎人バスターアロウズの劇場版の撮影でもあるらしいから、騎人バスターアロウズも登場するって書いてあるよ」
騎人バスターアロウズ。その言葉にコーリンは驚喜する。
「マジか!? なら行く!」
速攻極まりないコーリンの気変わりっぷりにピコリはツッコむ。
「物凄い手のひら返しジオ……あ、ウチも行っていい? ウチも映画とか出てみたいんだけどジオ!」
「あ、ごめん。ピコリは諸事情でムリなの」
「現実は非情ジオ……」
*
数日後。チヨとコーリンはスーツ姿で、満月コーポレーション本社ビルに訪れた。
「……あれ、何故にオレ、スーツ着てるんだ?」
「コーリンあの書類ちゃんと目通したの?」
今回の満月コーポレーション本社ビルにて行われるのは『劇場版 騎人バスターアロウズVS騎人バスターステート エンシェント・ガバナンス』の撮影。
その内の、今作のメインヴィラン『騎人バスターバックドア』が世界征服のために必要なプログラムを保持している大手IT企業『パンチェッタ』を襲撃するシーンである。
よってここ満月コーポレーションはIT企業という設定で使用され、ここで登場するエキストラは皆、そこの社員という設定となり、IT企業の社員らしい恰好をしているのだ。
だからコーリンはスーツを着て撮影に参加しているのだ。
さらに言うと、ピコリは仮にスーツを着てもJK感丸だしなため参加できなかったのだ。
「あ、確かにIT企業の中にジャージ姿の女がウロチョロしてたら浮くよな!」
「そうそう」
(コーリン、自分の好きなヒーローが出るっていうのに、これだけゆるい態度で撮影に挑んで大丈夫かなぁ。何か一大事しでかさなきゃいいけど)
本社の中には既にエキストラの満月コーポレーション社員と、撮影スタッフが集まっていた。
「おはよう。チヨさん」
と、チヨの親会社の社長、飯島ロスイが挨拶する。
二人は即、それを返す。
「おはようございます」
「おはようございます! ロスイさん!」
「あ、コーリンちゃんお久しぶりね。元気にしてた?」
「そりゃあもう元気バリバリだ! 何てったって、今から特撮映画の撮影に挑むっていうんだからな!」
「気合入ってるわねー、アタシと同じで。まさか国民的ヒーローの撮影が、ウチの本社ビルで行われるっていうんだから」
「そうですよね、ロスイさん。騎人バスターよくわかりませんけど、とりあえずヒーローが来るってだけでテンション上がりますよね」
「そうだよな! よーし、ここで数か月ぶり(※第31~32話参照)に大立ち回りするぞー!」
チヨはコーリンに指摘する。
「いや、コーリン。今回はあたしたち大暴れしないから」
「え?」
数分後、満月コーポレーション社員とコーリンは撮影スタッフに集められ、今回の段取りを聞かされ、
「それでは、よーい、アクション!」
いよいよ撮影開始した。
まず敵役である騎人バスターバックドアが正面玄関より、自分の手下である雑魚敵と共にビル内に侵入する。
次にバックドアの静かな命令により、手下がビル内に殺到する。
「わぁ、何だこいつは!」
「やばい、襲いかかってくるぞこの化け物!」
「逃げろ、逃げろ!」
続いてビル内にいた社員達は手下に怯え、逃げ回るか襲われる――というシーンをロスイとチヨと、その他満月コーポレーションの社員達は徹底して演じる。
――そう、ロスイとチヨと、その他満月コーポレーションの社員たちは。
「おらぁ! 食らえぇ!」
一方、コーリンはどこからか拾ってきた傘を振り回し、雑魚敵に徹底抗戦していた。
「あ痛ぁい!?」
「ちょっ、まっ、こんな話聞いてない!」
雑魚敵の中の人の声を出させてしまうほっど、コーリンは奮戦し、
「バックドアとか言ったな! お前はオレがぶちのめす!」
ついにバックドアに傘先を突き立てる。
「げふぅっ!?」
エキストラが全力抵抗してくるとは思いもしなかったバックドア……の中の人は、この攻撃に対処できず、着ぐるみの重さも相まって、ドテーンと背中から転んだ。
この一部始終――滅茶苦茶になったシーンを見ていた監督は、躊躇なくカチンコを鳴らす。
「ちょっとー! カットカット! 君! そこの金髪の背の高いお姉さん! あなたはパンチェッタの社員役ですよ! 軽く抵抗するぐらいはいいですけど、大暴れして、今作のラスボスを玄関先で倒すとかあなた何様ですか!」
コーリンは監督に向かって、堂々言う。
「何様じゃない! 満月コーリンだ!」
その後チヨが脇から、平謝りしながらしゃしゃり出て、
「ごめんなさい。あたしの娘が張り切りすぎまして……」
「娘さん? あなたは誰ですか?」
「社長です。本当にごめんなさい」
と、チヨは社長としてきっちり礼をし謝罪する――『子会社の』というワードを意図的に抜き、気持ちを通りやすくさせて。
「ああ、社長さんの……きちんとしつけしてくだざいね、お願いしますよー」
チヨはコーリンの頭を無理矢理下げると共に、自分の頭もペコペコ下げる。
「はい、はい、ごめんなさい」
二人はフロアの隅に行き、チヨはコーリンへ尋ねる。
「どうしてあそこで暴れたのーコーリン、始めの指示で、あたし達は逃げ回るのに徹底してって言われたよね」
「だってそりゃ、自分に怪人が襲ってきたら……ほら、第六感的に倒したくなっちゃうだろ、騎人バスターファンならなおさら」
「だからってボス役の人まで倒しちゃもう誰の何の映画だってなっちゃうでしょうが! あれで話終わりになって、アロウズだかアクオスだかの出番もいらなくなっちゃうしさぁ!」
「あ、確かに。じゃあ次は戦わずに、逃げ回ればいいんだな!」
「そう、次はそれでお願いね。ていうか、普通あんな化け物出てきたら逃げるのが普通だと思うんだけど……はぁ、流石は一度ここで暴れた女だ。常識を逸脱してる」
数分後。
「それではテイクツー! よーい、アクション!」
再び満月コーポレーションのビルに、バックドアとその手下が侵入。
コーリンと満月コーポレーション社員はみんな、それらしく逃げ回った――それ以上もそれ以下もない。
「はいカットー! じゃあ次はアクションシーン入りますので、観覧希望の方はカメラ裏に来てください!」
アクションシーン――世界征服に必要なプログラムを奪取しようとするバックドアを、後から駆け付けたアロウズが止めに入り、戦うシーンである。
このシーンの撮影が行われる故に、カメラの裏にいるコーリンは、言うまでもなく大興奮する。
「うーっし、来た! ついにアロウズの生戦闘シーンが見られるぞ!」
「よかったね、コーリン。そして、途中で割って入ってまたあのボスを倒すとかしないでよね」
「わかってるって。さぁて、来るぞ来るぞ……アロウズが! 呉トモマサ(※騎人バスターアロウズの変身者)が!」
「では岩田さん。今回もお願いします」
「はい」
アロウズのスーツを着て、脇にアロウズのマスクを抱えた、ドラマには一切出ていないおじさんが、コーリンの目の前を横切った。
「え、誰だあのおっさん? トモマサは?」
「コーリン、やっぱり資料ちゃんと読んでおいた方がよかったんじゃない? 今回の撮影で、そのトモマサっていう主人公役の俳優さんは出ないよ。もう変身した状態から始めるから」
「いや……別にトモマサの俳優には興味ねえよ。オレが気になるのは……」
「うっし、今日も頑張るぞ」
と、意気込み、アロウズのスーツを着ているおじさんは、アロウズのマスクを被り、完全に騎人バスターアロウズの恰好になる。
「騎人バスターアロウズの中にいるのって、あのおっさんだったのかよ!?」
「何その今更感強い驚き!? さっき傘でラスボス倒した時に伏線あったよね!?
……はあ、だいだいそうなんだって。あんな動きにくそうな着ぐるみ着て動くには、それ専門の人が入るんだって」
「じゃあ今まで戦ってたのはトモマサじゃなくて、あのおっさんだったのか……」
これまでのアロウズの戦いぶりを、トモマサの勇気あふれる行動を観続けていたコーリンは、肩を大きく落とした。
「で、でもまぁ、あのスーツアクターの人、アクションは上手いから、多分コーリンの好きなアクションは十分楽しめると思うよ……」
と、チヨはダダ下がりしたコーリンのテンションを元に戻そうとする。しかし現実は非情である。
おじさん搭載のアロウズは音なく雑魚敵を斬り飛ばし――というより、雑魚敵が自らそれっぽく吹っ飛び、アロウズとバックドアは動きだけは派手で、ボスッ、や、パツンッ、といった安っぽい音を立て、地味な剣戟を行う。
「みなさん逃げてください! これ以上好き放題させないぞ! バックドア! 何者だ、俺の計画を邪魔する者は……いや、貴様の名を聞く必要はない、俺は貴様を即刻斬り捨てるからな! 俺はそんな簡単に負けるつもりはないぞ!」
監督の一人仮アテレコがこの生撮影をよりチープにする。
「……」
それをコーリンは黙って眺めていた。
――チヨに散々注意されたから黙っているのではない、コーリンにとって『コレジャナイ感』が半端ないアクションシーンに絶句しているのだ。
「ぐわー! ふん、無駄な時間を使ったものだ。早いところプログラムを頂こう……はいカット! 岩田さん、岡田さん、お疲れさまでした! それと満月コーポレーションの皆様、本日は撮影に付き合いくださいまして、本当にありがとうございました!」
こうして撮影は終了し、使った場所を片づけた上でスタッフは撤収した。
チヨとロスイ含む満月コーポレーションの社員は仕事に戻り、本社ビルにこれ以上の用はないコーリンは、黙って家に帰った。
「おかえりジオ~、コーリン姉さん。で、どうだった、映画の撮影は?」
「ピコリ。オレ、一つ気づいた事があるんだ」
「一体何のことジオか?」
「映像作品は画面で見るのが一番だって」
余談だが、本日コーリンたちが参加した撮影で、実際に映画に使われたシーンにはコーリンの姿どころかロスイやチヨの姿もなく、ただ二、三名の社員が一瞬映り込むだけだったという。
【完】




