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第69話 不登校生、裁の起動

 某日早朝、某市にある『百式高等学校』の校門前にて。


「「「おはようございます!!!」」」


 当校の生徒会執行部の面々は一列になり、登校してくる生徒に元気よく挨拶する。俗に言う『挨拶運動』だ。


 それは朝礼開始五分前まで続き、その時間を知らせるチャイムが鳴ると、

「それでは、今日も皆さんお疲れ様でした」

「「「お疲れ様でした!」」」

 生徒会一同は、その場を去り、各々の授業場所へ行こうとした。


「急げ急げ!」


「いや、まだ間に合う、生徒会いるし!」


 同時に、時間ギリギリに登校してくる人が何人か駆けてきた。


 彼らを横目で見て、生徒会の一員であるサバキは一言。

「あの連中は学生という立場を理解し、時間厳守で学校に来れないのか……?」


 隣にいる同じく生徒会の一員、ユノスは言う。

「それほどだらしない人たちなんだよ。けどドタバタして来ただけマシだと思うよ」


「それはそう。だが、あの連中には時間管理という概念を頭に入れて貰わないと……」


 放課後、普段通り生徒会執行部は集まった。


 その場でサバキは、

「今朝、自分は朝礼開始時間ギリギリに来る生徒を何人か見ました。

 なので、この学校の生徒にもう少しゆとりを持って学校に来るよう働きかけたいのですが」

 と、生徒会長に陳情した。


 生徒会長は困った顔して、

「ごめんなさいね、満月サバキさん。もうそろそろ僕の任期が切れるから、今何かしようしても、実行できないんですよ」


「任期?」


「もうそろそろ生徒会選挙があるのって覚えていますか? そこで僕は次の生徒会長にこの役割を継がせないといけない。だから今活動を起こしたとしても尾切れトンボで終わっちゃうんですよ」


「ああ、そんな話もあったか……いけない、自分としたことが忘れてた」


「というわけで、しばらくこの生徒会は、選挙準備で大忙しってことでよろしくお願いします」



 生徒会の活動が終わり、サバキとユノスは帰り道を歩く。


「ううむ、やはりまだ歯がゆいな……」


「サバキお姉ちゃん。まだ遅刻ギリギリで登校してくる人のこと考えてるの?」


「そうだ。ああいうだらしない奴らと同じ空気を吸って学校で暮らしていると思うと腹が立ってしょうがない」


「けど朝言った通り学校に来てるだけマシだとボクは思うよ」


「こちらも朝言った通り、『それもそうだ』……というよりユノス、その言い回しから察するに、これ以上にだらしない生徒がいるのか」


「うん、ボク知ってるよ。不登校の金子君」


「不登校の金子……誰だそれ?」


「ボクと同じクラスの男の子。四月の後頃になってから急に学校来なくなったんだ」


「今は六月終盤だから……かれこれ二ヶ月ぐらい休んでいるぞ!? それも一年生の初頭で!? これは非常にまずいだろう……」


「そうだよね。ボクもずーっと思ってた」


「それは遅刻云々よりひどいな。折角高校に入学できた嬉しい結果を無下にするなんて。どうせなら自分自ら注意してやりたい……」


「そう言うと思った。と、ここで丁度いいものがあるんだけど?」


「丁度いいもの?」


 翌日の放課後、二人は『丁度いいもの』を持って自宅……の付近にある、とある一軒家に行く。


 到着するなりユノスはその家のインターホンを押す。

『はい金子です、どちら様でしょうか?』

 と、金子の母親と思わしき人物が、インターホン越しに尋ねる。


「はじめまして、金子君の知り合い兼生徒会執行部の満月ユノスです」


「後ろの自分は連れの満月サバキです。学校から生徒会経由で『家が近いから配布物諸々を届けて欲しい』と言われ、お宅に参りました」


「まぁ、わざわざありがとうございます。よかったら上がってくださいな」


 二人は金子の母親に応接室へ案内される。おまけにそこそこなお菓子も用意してもらう。


「わざわざうちの息子の為に来てくださってありがとうございます。ユノスさん、サバキさん」


「大丈夫ですよ。なんせ自分は生徒会。生徒一人一人の動向はきちんと把握するのが努めですから」


「それとボク、金子君の知り合いですから。

 あ、今金子君って何してます? 先生から『どういう様子か』も見てこいって言われたんですけど?」


「ええ!? ……そうですか。わかりました。何とか呼んできます……」


 金子の母親は、金子を呼ぶべく、サバキとユノスの元を離れる。


「見たか聞いたか? 呼んでこいと言った際のあの母親の戸惑い様」


「うん、思い切り困ってたね」


「やはりこの二ヶ月間、かなり引きこもっていたようだな」


 しばらくして、母親は、見るからに大人しく陰湿そうな少年、金子を連れて応接室に戻ってきた。


「ほら、お知り合いがわざわざ来てくれたんだよ。もうあなたは高校生なんだから、後は一人でどうにか応接してね」


 かくて母親は応接室から退室し、金子は一人、サバキとユノスと対峙させられる羽目に陥った。


 金子は、やたらとソワソワしながら二人に言う。

「あの、配布物ください……」


 サバキは言われた通り、溜まりに溜まった配布物を渡す……前に、彼へ、

「その前にこちらは生徒会として、貴様に聞きたいことがあるのだが?」


「な、何ですか……!?」


「何故二ヶ月に渡り学校を休んでいる」


「それは、学校で、やらかしたからです……」


「学校でやらかした? ユノス、貴様のクラスで事件でもあったのか?」


「ボク全く知らないよ? 何があったの金子君?」


「……やだ、言いたくない」


 あまりにもウジウジとした金子の態度に苛立ち、サバキは金子を怒鳴りつける。

「いいから言え! 黙り込むことこそ両方にとって損だ!」


「わ、わかりました! 言います、言いますから! 言えばいいんですよね!?」


 というわけで、金子は自分が不登校に至るまでの経緯を、サバキに怯えながら語った。



 事の発端は約二ヶ月前。

 金子は学年内でカースト上位にいるイケイケ男子グループへ強引に混ざり、会話をしていた。


 その中で彼らは、年頃の男子らしく、『行為』で何を用いるか等の猥談をしていた。

 そこで金子にその話題が振られ、答えを求められた。


 素直に金子は、自分の使用物を答えた。


 するとその他男子はこれにドン引き。

 彼らが元々顔が広いこともあって、金子のヤバさは瞬く間に広まり、彼は冷めた目で見られるようになったのだった。

 


「それが原因で学校に居づらくなったんだね」


「はい、そうです。ただ歩いてるだけでヤバいとか言われて……もう学校に行きたくないんです」


「……して、その『使用物』とは何だ?」


 答えなかったら答えなかったで、きっとサバキは怒るだろう。と、覚った金子は躊躇なく、その使用物を写したスマホを見せつける。


 その内容は、作者が二度とサイト運営に摘発されない程度に書くと、『犬耳少女を色んな意味で過激にいじめる同人漫画』である。


 ただでさえそれが過激なことに加え、サバキは同じ犬耳少女――再三に渡って書くが周囲には隠している――なので余計大きいため息をついて、


「これは誰となく引くに決まってるだろうが」


「うん。ボクもこれはキモいと思う」


「だって、僕こういう系の作品好きなんですもの! それにクラスで強い人に見せろ見せろと言われたら、正直に答えなきゃいけないじゃないですか!」


「それにしてはもう少しいいはぐらかし方があったと自分は思うぞ。男子同士の付き合い方は女子である自分にはよくわからんが」


「ああ、とにかくもう学校行きたくないよ……どうせ皆にキモいキモい言われるんだから……」


「……困ってたねサバキお姉ちゃん。どうする?」


「先生や親に相談する……というわけにもいかない。というよりこの案件じゃあいかなかったんだろう」


「はい、親の方はのらりくらりしてどうにかごまかしていますけど……」


「むむむ、要は異端な変人扱いされないように校内にいられるようにすればいいんだろ? なら、自分に少なからず作戦がある」


「えっ、本当ですか!?」


「ああ、ただし、明日は学校に来いよ。さもなくばこちらは何もできないからな」


「はい、ありがとうございます!」



 翌日、金子はサバキに言われた通り登校し、サバキの元に赴いた。

「紹介する。こちらが自分の姉の満月マジナ殿だ」


「よろしく。金子君」

 と、マジナはもじもじする金子に一礼する。


 変態同士くっつき、独自のコミュニティを築けば問題ない。『赤信号、皆で渡れば怖くない』という限りなく死語に近いスラングを元にしたサバキの一策だ。


「というわけで金子殿、当面の間はマジナ殿と仲良くしておくんだ。そうすれば金子殿ばかり悪く言われることは無いだろう」


「はい、わかりました! サバキさん」


 かくて金子は、男子グループが襲ってくる可能性のある休み時間の間だけ、マジナと行動を共にした。

「へぇ、君はこういうのが性癖なんだねー」


「はい、やっぱりこう、人外が人間の下にいさせられるのがもうたまんないんですよね」

 勿論、その話題はソッチ方面に他に無しだ。

 

 こんな具合で二人は一応仲良く話していた。

 最中、あの学年内で強い勢力を誇る男子グループに遭遇する。


 金子は反射的に怯える。

(あ、この人たちは僕にアレの公開を求めて来た人たちだ……きっとまた馬鹿にされる)


 しかし男子グループの一人は、金子なんかに目もくれず、

「よっ、マジナ。今日も元気にやってるか?」


「うん、私はいつでも元気バリバリだけど?」

 元々気が合い、親しくしているマジナに話しかけた。


 それからマジナと男子グループは、金子そっちのけで仲良く会話する。


(よ、よかった……マジナさんが避雷針みたいになってくれた。僕のことは気にされていない)


 すると突然、ホッとする金子を男子グループが注目する。


「あれマジナ。お前どうして金子なんか連れてるんだ?」


 マジナの隣にいる金子に注目し始めた。


「ああ、金子君? 何となく気が合うから一緒にいてただけだよ。同じ変態仲間ってことで」


「へー、それはやめといたほうがいいと思うぞ?」

「そうだぞ、そいつはマジナの言う変態とは違うベクトルの変態だからな」

「聞いたかこいつのオカズの話? あれはマジでキモいって!」

「無理して陰キャのキモオタと絡まなくてもいいんだぞ?」

 と、男子グループは揃いに揃ってマジナの心配をし始めた――イコール、金子の悪口を言い始めた。


 しかしマジナは金子を気遣って、フォローを展開する。

「いや無理してないよ。むしろ私は結構金子君も面白いと思うんだけどなぁ……だよ、金子く……」

 だが時既に遅し、金子は男子グループの悪口に耐えかね、マジナから逃げてしまった。



 金子は、再びサバキへことの顛末を報告した。

「……マジナさん、そっち寄りの人間で、僕の味方になりきれてくれませんでした」


 サバキは言う。

「それを利用してマジナ殿と一緒にその男子どもと仲良く出来なかったのか」


「だってみんな、『マジナさんは僕と離れた方がいい』って言ってきましたから……」


「そうか、マジナはそういう連中にもツテがあったか。これは誤算だった。申し訳ない。

 なら、別な変わり者とつるんでみるか」


「え、別な変わり者?」


「ああ、自分はもう一人、変わった雰囲気の奴を知っている」



 数時間後。また別の休み時間に、

「それで、やっぱ人外と人間の摩擦っていうのがもうそそられるんですよねー!」


「ああ、はい、そうですか……」

 金子はピコリと雑談を交わしていた。

 ……どちらかと言うと金子の押し付けがましい話に、ピコリが何とか付き合ってやっているというのが適切。

 だがそれでも、ベクトルは違えど変人同士独自のコミュニティは築けていた。


 しかしそんなところにも、例の男子グループが攻め込んでくる。


「おい見ろ、また金子の奴が女子とつるんでるぞ!」

「今度はマジナの妹の……ええと……名前……たしか……マジナの妹! と何か話してるな!」


 ピコリは思う。

(うわでた、いかにも学内カーストでトップとってそうな人たち)


 金子は言う。

「な、何ですか……ダメですか、僕はリアルの女の子と話しちゃあいけないんですか?」


「いや、俺は別にそんなこと言うつもりはないぞ。けど俺は、そのマジナの妹が可愛そうだなーって思ってさ」

「聞きましたかー、マジナの妹さん? こいつの趣味スッゴいキモいんですよー。こんなのとつるんでも何も面白いこと無いですよー!」

「そうそう。あと金子も金子もだぞ、今更になってあっちこっちの普通の女連れて常人ぶろうとするなよ。ますますキモいだろうが」

 

 。

 男子グループの散々な発言の数々は、金子のハートにダイレクトアタックとして伝わってしまう。

 これで金子のつま先は後ろに向きつつあった。逃げを実行しようとしていた。

 

 が、その前にピコリが、男子グループに堂々と言う。


「聞いてるも何も、聞いてるからこうやって金子君と仲良くしてるんだよ!

 あと人の趣味なんて人それぞれじゃん、それにグチグチ文句言ったって誰も得しないと思うし、そういうの考えても金子君全然面白いと思うよ! ウチはね!」


 すると男子グループの何人かがピコリに言い返す。


「じゃあさ、マジナの妹さんはさ、付き合ってる友達がすっごく良い奴だけど、裏で犯罪やりまくってるとしても許せるのかよ?」


「いや、それは……ちょっと考えるかなぁ……?」


「ならどうして金子と仲良く出来るんだよ? こんな周りから満場一致でキモいって言われてる奴なんかと付き合ってさぁ。

 あ、もしかして金子からいくらか貰ってるとか?」

「マジナの妹さんさぁ、誤解されちゃあ困るけど、俺たちは別にあんたを悪く言ってるつもりはないからな」

「そうそう、マジナの妹さんが、そういうキモオタに汚染されないように注意してるだけっすからね」


「はぁ、そうですか……ありがとうございます! けど!」


「「「けど!?」」」

 

 ピコリは黙り込んでしまった。

 四方八方から悪く言われている金子のために反撃しようと『けど』と言った。

 が、今の彼女にはそれを可能にする理屈も無い。

 そもそも、これは本当に残酷な考えだが、金子をカースト上位に歯向かってもなおかばう理由を思いつかなかった。 

 

 そして肝心な金子は、ピコリが沈黙している間にまたしても逃げてしまった。

 その逃げ先はサバキの元ではなく、校外だった。



 翌日。金子は再び登校した。そして出来るだけ早くサバキに会いに行った。

 開幕サバキは頭を下げた。

「すまない金子殿。自分の姉と妹がどうにもできなくて」


「いや、サバキさんは謝る必要は無いんですよ……全部自分の立ち回りがよくなかったんです。それに、この話はもう終わりましたから」


 サバキは頭を上げて、

「どういうことだ?」

 その訳を金子に尋ねた。


「昨日、思い切ってお母さんとお父さんに、全部言いました。そうしたら二人とも、『もう無理してこの学校にいる必要はない』って言って、それで僕、別の私立高校に転校することになりました」


「転校……貴様、それで、その先で上手くやっていける自信はあるのか?」


「さぁ、ずっと黙り込んで一人ぼっちでいれば、この学校同様にはならないと思います」


「ダメ元で先生に相談するとかもしなくていいのか?」


「いいんです。何度も言う通り、この発端は僕が下手やらかしたからですから。それに」


「それに?」


「悪いことをした人は、きっちり責任取って、行くべき所に行かなきゃいけないって思うんですよね」


 金子はサバキに頭を下げ、

「とにもかくにも、今回は僕なんかのためにあれこれ手を打ってくれてありがとうございました。

 もう二度と会うことはないでしょうけど、きっと、元気にやってください」

 踵を返して、校門の方へ向かっていった――つまり金子が今日登校したのは、サバキにこれが言いたかった『だけ』という訳だ。


「……」

 サバキは金子を黙って見送るしかできなかった。

 同時に彼女の耳には、学内カースト上位の男子グループの、普段通りのはしゃぎ声が聞こえていた。



 放課後、いつもの帰り道にて。

「金子君。結局転校するんだね」

 

「ああそうだ、ユノス」

 

 生徒会の活動を終えたサバキとユノスは、金子の話をしながら家に向かっていた。


「金子君。あっちの学校で上手くやれるといいね」


「……悪いことをした人は、きっちり責任取って、行くべき所に行かなきゃいけないって思うんですよね」


「サバキお姉ちゃん、何その台詞?」


「金子殿が自分との別れ際に言った台詞だ……昔、自分は異世界で断退警察として、悪事を働いた人間を次々と逮捕して、牢屋にぶち込んできたから、この言葉の正しさはよくわかる。けれども」


「けれども……?」


「果たしてそれがこれに当てはまるのか、と、自分は思うのだが……」


「……けど、もう仕方ないよ。金子君は転校するのは確定事項なんだから」


「それもそうだ、な……さて、自分たちは明日も朝早くから挨拶運動して、授業受けて、生徒会の雑務をするか」


「そうだね。ボクたちの『今』出来る仕事は、それしかないからね」


「そうだな。金子殿の分も頑張ってこれから出来ることを続けていこうか」


 このような話を交えているうちに、サバキとユノスは家に帰っていく。


 ――同時に、サバキの『激動の数日』は刻一刻と迫っていた。


【完】

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