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第6話 天網恢恢、それがサバキ


 とある日の夜、満月家にて。


『ではいよいよやって来ました、『FALSE』の方々です』

 

 テレビの中のMCが告げた後、ビカビカでカラフルな照明に照らされたバンドが、ピコピコと持ち曲を奏でる。


「いぇーい! キタキター!」


 ピコリのテンションとエモーションが一気に上がる。


 その光景を見つつ残りの仕事に着手しているチヨは一言。


「ピコリ、そのバンド好きなの? さっきからずっと音楽番組見てたけど、今一番テンション高かったね」


「うん、めちゃ好き! だってウチ、こういうピコリーモ大好きだからさー。やっぱエモくなっちゃうんだよねー」


 と言いながら、ピコリはパーティー開けにしたポテチをバリバリ食べ、コーラをゴクゴク飲み、生放送ライブを楽しむ。

 そこへ、激憤一歩手前のサバキがやってくる。


「どおりでベッドにいないわけだ……消灯時間はとっくに過ぎているぞピコリ! いつまでそうしている!」


 ピコリはハッとなり、振り向く。サバキは上の時計ーー九時二十三分を示しているーーを指差し、こちらを睨みつけていた。


「ちょっ、ちょっと待って! この人たちが歌い終わったらすぐ寝るから」


「責めたいのはそこだけじゃない。何故貴様は寝る前だというのにそんな不健康な代物を飲み食いしている」


 次にサバキの指先にあったのは、ピコリが口つけたポテチとコーラだ。


「わ、わかった。終わったら片付けて、ちゃんと歯ぁ磨くから……」


「断る! その堕性は尾が長くなるのが定石。直ちに寝支度をしろ!」


「ひぃぃぃ! ごめんなさぁいっー!」


 険悪な雰囲気を感じて、チヨは助け舟を出す。

「こらこらサバキ、ピコリも悪気があってこうしてるわけでもないし、用が済んだら寝るって言ってるんだから、ここは黙ってあげましょう」


「……わかった、ただし、この約束は破棄不能だ。あとは……わかるな」


 サバキは忠告をした後、寝室へ戻る。

 ピコリは胸を撫で下ろし、超高速でポテチとコーラを口に入れて片付けて、すこずこと寝支度をして寝るのだった。


「あーあ、どうしてもっと早くの時間に演奏してくれなかったんだろう。何食べて何飲んで何聴いてたかさっぱり覚えてない……」


 かくて、リビングにて一人となったチヨは、ふと昔のことを思い出す。


 サバキは姉妹の中で一番食い意地が張っていて、一番おっちょこちょいで、何かあるとすぐ噛みつく――とにかくわんぱくだったなぁ。

「九年前のがそのまま続くのもそれはそれで嫌だけど……今はあんな何かにつけて規律とか厳粛とか言うめんどくさい性格になって……って、こんなことぼやいてる場合じゃない。早く終わらせて寝ないと!」



 翌日。サバキの厳格さはいつも通りに火を吹いた。

 

 例えば、ある時。

「起きろ、コーリン殿! もう朝だぞ!」


「うう、寒い……あと五分」


「五分寝るか寝ないかで寒暖が変わるものか! 速急に動け、さもなくば朝食が冷めるぞ!」


 またある時。

「マジナ殿。醤油を使いすぎているぞ」


「とは言えども、私濃いのが好きなんだよね。ああ、これメタファーじゃないからね」


「そして食事中に下ネタを言うな!」


 またまたある時。

「ルシェヌ殿! またチヨ殿の洗濯物を持ち去ったな! ユノス殿が『洗濯物の数がおかしい』とぼやいていたぞ!」


「別に貴様に説教される筋合いはないのじゃ。安心せい、嗅ぐだけ嗅いだら返す……」


「盗むだけでは飽き足らず、洗う際の手間も増やすな! 即返却せよ!」


 これらサバキの強硬な取り締まりにより、サバキ本人と、目立って悪事をしていないユノス以外の姉妹は、各々、サバキへの不安が募っていた。


「サバキの奴、いくら何でもガチガチ過ぎないか?」


「ほんそれ! 些細な事でもガミガミガミガミ言ってきてさー。ウチ、サバキ姉さんのせいでポテチで口切ったんだけど!」


「然りなのじゃ! アタシも奴に、母さんの下着を没収されたのじゃ! あと一週間は嗅いでいたかったのに!」


「……それはちょっと、私も引くなぁ」


 などなど、四人はリビングに集い、サバキへの愚痴をこぼし合った。

 噂をすれば影とやら。そこへサバキがやって来る。


「貴様ら何を話している。サバキの三文字が聞こえたが」


「何でもないですサバキ姉さん……」

 と、ピコリは上手いこと誤魔化そうとする。が、サバキはそんな簡単には騙されない。


「サバキの三文字がしっかり聞こえたが!」


「いいいいい、言ってません、言ってません!」


 サバキのヘイトがピコリに回っている間、マジナはコーリンへ耳打ちする。

「この状況を利用して、サバキを根掘り葉掘り調べるのはどうだい、姉御。あのいきすぎた厳しさの根本もきっとわかるよ」


「なるほど、流石はマジナ、見た目もよければ中身も冴えているな。よし! おーいサバキ!」


「? 何だ、コーリン殿」


「今お前の話してたんだ。同じ屋根の下で暮らしている姉妹の癖に、知らないことが多いから、情報交換してたんだ」


 サバキはコーリンに怪訝な眼差しを向ける。

「『ガチガチ過ぎ』と陰口のようなものが聞こえたが……ううむ。よし、何ならいくらか、話をしてやっても構わんぞ」


 サバキに迫られ、早くなってしまった呼吸を整えて、ピコリは聞く。

「じゃあさ、サバキ姉ちゃんは前の世界で何をしていたの?」


「いい質問だ。少々説明に時間がかかるがな……」



 『ギアニマル』――それがサバキのいた異世界の学名である。

 そこはかつて、『魔法大戦』なる、魑魅魍魎たる魔法が乱舞する争いの末に、人間が滅んだ。

 その後、戦争から逃れ生き残った獣人が、生態系の頂点に立った。

 獣人たちは戦争の原因たる魔法を禁じ、代替の機械技術と、厳粛たる法の制定により、静寂たる安寧を得た――そんな異世界である。


 しかしある時、人知れず波乱の萌芽が芽吹いていた。

 

 彼らは口々に名乗った、『先祖返りたち』と。

 彼らは口々に訴えた、『魔法こそが世界を保つ』と。


 突如として現れた先祖返りたちは、禁じたはずの魔法を手にし、各地で反乱狼藉を行った。


 そうはさせぬと世界政府は、退化を断つべく、特殊な訓練と装備を仕込み作り上げた、有力な法の番人、『断退警察』を設立した。


 柴犬の獣人として転生したサバキも、その一員であった。



「ああ、じゃあその耳と尻尾はアクセサリーとかじゃないんだね」


「言及するところはそこか。マジナ殿」


「だって警察とか、私が『踏み倒し』の前後くらいに嫌いな言葉だもの。

 だいたいさ、昔のサバキって、私たちの中で一番ワガママだったよね? なのにどうして今度は逆にマジメになったのかな?」


「むむむ、それもいい質問だ。先の話に加えてしようか」



 サバキが転生した時、一番側にいたのは、長官であった。転生するにあたって、訓練生の一人としての役割を与えられたのだ。


 だがしかし、彼女は物覚えも悪く、身体能力も低い、訓練生の中で最も鈍く、負け犬の名がよく似合う体たらくっぷりであった。


 そのため彼女はすっかりグレてしまい、訓練をほったらかしてどこかへ出掛けるなどしてしまった。

 当然、長官はこれを見逃さなかった。

 長官はサバキをひざまずかせ、こう問う。


「何故ひたむきに頑張ろうとしない?」


 サバキは吐き捨てるように言った。


「だって頑張っても、わたしはいい人になれないんだもの! お父さんとお母さんはアレだし、運動オンチだし……だから好きにワガママいったっていいじゃん、どうせわたしは悪い子なんだもの!」


 長官は、サバキの言い分を完全に否定し、こう解く。


「正義というのは、人の出来により成る物ではない! 正しく動き、義を持てば、正義は成るのだ! 

 悲観するな! 正義成したくば、まずその悲観、いや、全ての悪を断つ規範となれ!」


 これにて、サバキは目覚めた。人一倍訓練を受け、ワガママは尽く捨て、善意を骨髄にまで染み入らせ、ついに最新鋭の装備と『ケルベロス』のコードネームを授かり、断退警察に配属されたのだった。


「ああ、だから九年前のお前は、こんな手が焼ける奴になってたのか」


「悪かったな、コーリン殿。流石に今グレはしないが、それでもあの父親は一生恨んでやるつもりだ……他に、質問は?」


 ルシェヌは手をあげ、サバキに尋ねる。


「貴様が警察だから規律に厳しいのはわかったのじゃ。けーどー、いくら何でも、さっさと起きないとか、醤油かけすぎとか、お母さんの下着盗んだとか、そういう些細なことに首をつっこむのは癪だと思うのじゃが」


「何度も言うけど、最後のは気色悪いと思うよ、私」


 これにサバキは目を三角にして答える。

「否! 人の堕落とはそういう些細な習慣のゆるみから生じるもの! そう我々は耳が腐るほど聞いている!」


 ここでコーリンがサバキに些細な質問をする。

「サバキの耳って、上なのか? 横なのか?」


「横だ、コーリン殿! 上の犬耳は耳たぶだけで聴覚器官はない!

 よくも話を脱線させてくれたな……ゲフン、故に! 自分は貴様らのたるみは絶対許さない、厳粛に処罰する! 以上! 肝に命じておけ!

 次は、ピコリ殿、貴様が質問する番だ」


「え、ローテーション制!? いや、でももう耳の件聞いたから質問することないよ……じゃあ、好きな食べ物は?」


「鶏軟骨! 味付けは塩かコショウ、もしくは両方! では次、マジナ殿、貴様が質問する番だ」


「私かぁ、なら……」


 マジナは立ち上がり、サバキの背後に回り込み、そして……


「この大きなモノは、どういうことで?」


 両手で大きく発育した胸を掴む。


「こ、これは……ただ普通に生活していたらいつのまにかこうなっただけだ! そしてこれ以上触るな、変態!」


「サバキぃ、スキンシップってご存じ? こういう風に触れあうのも姉妹のすることだよ?」


「そうだサバキ。オレたちは姉妹だからな、そこんとこ覚えとけよ」

 と、コーリンは援護射撃を送る。


「貴様らに姉妹を語られるのはなかなか腹が立つな……だ、だが、そこまで言うのならしょうがない……看過しよう」


「んじゃあオレも、遠慮なく……」


 かくて、コーリンとマジナは、その手をサバキの胸に好き放題押し当てるのだった。


「うわっ、すごい、姉のオレたちよりもデカい上に質感も柔らかい!」


「本当に不思議だよね、こんな犯罪の温床みたいな胸が出来上がるなんてー」


「おい、貴様ら……少し過剰に触ってないか」


「何だ、嫌なのかサバキ……さっきからその尻尾はパタパタしてる癖に」


「嬉しいなら嬉しいで、ギブアンドテイクでいいじゃないか。素直に言いなよ、体は素直なんだから……特にここの突……」


 咄嗟に危機を察したサバキは、二人を両腕で強く突き放し、両手のひらより青緑のゲル状の物質を噴射し、二人をグルグル巻きにして見せた。


「や、やっば……」

「なのじゃ……」


「ちょっといきなり何するのさ! サバキ!」

「さっき看過すると言ったよなサバキ……何だこれ、力が抜け……」


「この両腕には断退警察の装備が搭載されている。

 その機能は『筋力の増強』。それと、接触者、特に魔法を使える者を弱化する毒性物質『ルマ』を精製・噴出・吸収することだ。

 解したか、二人とも! そしてピコリ、ルシェヌ! 自分に敵意を持たせればこうなると、覚悟しておけ!」


「「は、はい……」」



『ではいよいよやって来ました、『FALSE』の方々です』


 こういう音楽特番が続くと、年末が近いとよく実感させられる。

 と、チヨは思いながら、ダイニングテーブルで残りの仕事を片付る。

 チヨの横――ソファに座るピコリは、ポテチとコーラを広げ、テレビに釘付けになっているのを見る。


「ピコリ、またサバキに怒られても知らないわよ」


「大丈夫、今は九時六分で誤差範囲だし、このポテチは塩控え目の小さいやつだし、コーラはノンカロリーのやつだから」


「五十歩百歩だと思うなぁ、その対策。そしてどこまでして観たいのよピコリ」


「本当だ。その執着心はどこから来るんだか」


 脳髄に恐怖タグを付けて刻まれた声を聞いて、ピコリはベタなホラー映画みたいに振り返る。

 そこに誰がいるのかは、今更言うまでもない。


「さ、サバキ姉さん! また!?」


「ま、た、だ? それはこちらの台詞だ! ……誤差範囲、減塩、ノンカロリー、それで自分が認めると思ったか?」


(やっぱりダメだったね、ピコリの対策)


 サバキはピコリの眼前に、右手を突き出す。それからどうなるのかは、容易く想像がつく。


「た、た、頼むから認めてよサバキ姉さん! お願い、もうしないから!」


「大小の差はあれど、二度も同じ過ち類の罪を犯した者に、自分が寛容が与えられると思うか? ……まぁ落ち着け、貴様が無駄な抵抗をしない限りは、あくまで警告で済ませてやる」


 これを受け、ピコリはわかりやすく真っ青になり震える。

 と、そこでチヨは思いだし、何やらガサゴソ言わすのだった。


「そうだサバキ、帰り際スーパー寄ったときに、買ってきたものがあるんだけど……これ!」


 チヨは、テーブルに、パック詰めの塩軟骨の焼き鳥五本を置く。


「そ、それは……」

「サバキ姉さんが特に……」


「あ、覚えてた? 食い意地が張ってたあなたが、特に好きだったのがこ……」


 サバキは目を爛々と輝かせ、チヨに迫り、


「これ……食べていいか……!?」


「えー、でも寝る時間だって今さっきどっかの誰かさんが言ったから、今日はおあず……」


 サバキは軟骨塩のパックを持ち去り、ピコリの隣に腰かけ、


「か、勘違いするなよ。これは団欒の一環だ……次は……覚悟しておけ!」


「は、はい! ありがとうございます! あとお母さんにも、ありがとうございます! 今度から就寝時間破る時は焼き鳥買うようにします!」


「いやそれはダメでしょ」

「いやそれは看過できんぞ!」


「だよねー、あはは」


 かくてピコリはサバキの許可を得て、二人で生中継ライブを観ることができた。


「サバキ姉さん、どーう? いーでしょこの『FALSE』ってバンドっ。気に入ってもらえた」


「眩しくてうるさいな」


「……グスン、やっぱり頭が固いよぉ、サバキ姉さん」


 チヨは思う。

(固い柔らかいでどうにかなる音楽じゃないよ。ピコリーモは)


【完】

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