第67話 《月》夜より珈琲を調べるマジナ
夜の満月家のとある薄暗い部屋の中に、二人の女性がいた。
一人の名は『満月マジナ』。かつては異世界で『怪盗サスペンス』として社会の裏で数々の悪行をなした少女。
もう一人の名は満月チヨ。カフェ運営を行う会社『べーカリーカフェ・ミツキ』の社長。
チヨはバインダーを片手に真剣な眼差しでマジナに言う。
「これを見て。これが週ごとの『ベーカリーカフェ・ミツキ』の売上よ。これを親会社のロスイ社長は『幸先が良い』と言っているけど、あたしにはそうは思えない。この前一号店の視察をして見たけど、大して混んでいなかったし。
それで、あたしはちょっと分析をしてみたの、そしたら『コーヒーを頼むお客さんが少なくて、ただのパン屋さんとして利用する客が多かった』の。
だから、マジナ、あなたに一つミッションを与える、『他のカフェのコーヒーを調査してほしい』と思うの。うちのカフェのコーヒーを改良して、コーヒーの売上を上げるためにね」
「それは、私が頻繁にドルスザクカフェに行っているのを買ってのことかい?」
「ええ、それにあなた。コーヒー好きでしょう? だからその辺りの『観察眼』があると思って、ね。安心して、費用と、それなりの報酬は後でこちらが出すから」
「……わかったよ。あちらこちら飲み調べてくるよ」
「ありがとう。流石はマジナね……では、今日はお休みなさい」
かくて示談は終了。チヨは椅子を百八十度回し、パソコンに向き合う。
とここで、退室前にマジナが一つ問いを投げかける。
「と、その前に質問」
「何、マジナ?」
「どうして母さんの部屋はこんなに暗いわけ? おかげさまでさっきの会話、内容も相まって、悪の結社の秘密会議みたいな感じになっちゃってるけど」
「電灯がたまたま切れてるだけだよ……別にそういう雰囲気出したくて、意図的に暗くしたわけじゃないからね」
「そう、よかった。母さんにそういう趣味があるのかと思ってあせったよ」
*
翌日。マジナのミッション――他店のコーヒーリサーチが始まった。
まずターゲットになったのは、
「そういえば、ここもカフェと言えばカフェと言えるかな」
学校の付近にあるコンビニである。
そのコンビニの店先には、『CHIKA Cafe』とでかでかと印刷されたのぼりが立っていた。
よってマジナはそこを『カフェ』と認定し、入店した。
マジナはホットコーヒー一杯と百円均一のチョコスナックを購入。コーヒー一杯だけ注文するのは彼女の中ではタブーなのだ。
それからマジナはコーヒーが冷めないうちに登校し、教室で味見する。
(うん、普通にコーヒーしている。安っぽいコーヒーにありがちな酸味がない。
ただ、コーヒーに無くてはならない苦味が薄い、かなり遅れてやってくるかこないか……コクはきちんとあるだけどね、コクは)
続いてマジナはチョコスナックを一口した上で、コーヒーを飲む。
他の食べ物と組み合わせて飲んだ上でのコーヒーの味もマジナの調査対象なのだ。
(……正直、私が百円均一のお菓子に過剰な期待をしたのが悪かった。
ドルスザクカフェ(※マジナが最も行くカフェ)のチョコドーナツ的な感覚で食べ合わせてみたら、こっちのチョコの甘みが強すぎて、コーヒーの風味を殺しにかかってる。
もうまるで苦味がしなくなっちゃったじゃないか!)
以上の結果から、マジナはこのコンビニコーヒーをこう評価した。
(『コンビニで売ってるらしく、気軽に一杯と買って飲む分にはおいしいコーヒー。それ以上も以下もない』、かなぁ。
……しっかしこのお菓子を買ったのはエグい失敗だなぁ、まさか、コーヒーと食べると長所を殺し合うなんて)
「今日は学校でコーヒータイムか。マジナ殿」
ふと通りかかったサバキが声をかけてきた。
「ちっちっちっ、推理力が足りてないなぁサバキ。今私は色々なコーヒーの調査をしているんだよ。母さんに頼まれて、ね」
「それとこれを初見でどう見極めればいいというのだ。
はて、母さんからコーヒーの調査を……コーヒーってそんな違いあるのか?」
「あるんだなぁ、それが。私は舌が肥えてる類の人間だからわかるんだよ。あ、このねちっこい味のチョコ食べる?」
「そんなこと言われて、のんきにお菓子受け取れるわけあるか」
*
昼休み。マジナは学校近くにある、次の調査ターゲット――ハンバーガーショップに向かう。
(ここ最近、ハンバーガーショップはコーヒーとそれに合いそうなメニューを『カフェメニュー』と名付けている。コーヒー単体の味を広告でプッシュしたりもしている。
ならここも、コーヒーの調査ターゲットとしては申し分ないだろう)
マジナはハンバーガーショップに入店し、
「ホットコーヒーS、チキンバーガー一つ、フライドポテトS一つ」
を、注文する。
(コーヒーの調査なのだから、店も推してるカフェメニューを頼もう)
と、マジナは考えていた、が。
(ハンバーガー屋が出すコーヒーなのだからハンバーガーメニューと合わせても美味しいのが筋だ)
とも考え、このメニューを注文した。
マジナが注文してから数分後、商品を受け取る。
普通にランチを取るか、暇つぶしするか、勉強をする客で埋まる店内の中で、適当な席に座り、
「それでは、いただきます」
早速コーヒーに口をつけ……
「うわっち!?」
……て、即、離す。ファストフード店特有の雑な調理のためか、はたまたそういう仕様か、そのコーヒーはやたらと熱かった。
(こんなに熱かったら味がわからない……なら、バーガーとポテトを先に食べて、冷ましてから味わおう)
バーガー、ポテトを半分程食べた所で、マジナは今度こそコーヒーのレビューを始める。
(……何だろう、この独特の風味。確かにコーヒーなのはわかるんだけど、やたらと酸味がある……いや、塩味か?)
どうやら本日のマジナは運と冴えが悪いようだ。
今の彼女の口内は、バーガーとポテトのファストフード店特有の大雑把な味付けにより、かなりの塩味と油が残ってしまっている。
それがコーヒーと混ざりあった結果、コーヒー本来の風味がおかしくなってしまったのだ。
だがそれでも、どうにかこのコーヒー本来の味を知りたいマジナはコーヒーを連続で口に入れる。
そして、紙コップが空になる頃、マジナはついにそこにたどり着いた。
(……総じて悪くはないんだけど、後半の苦味と酸味がすごい。これは相当ファストフードらしい焙煎をしたな)
そしてマジナは残されたバーガーとポテトを、何か別な飲み物を欲しながら完食し、心中であのコーヒーの感想をまとめる。
(『ファストフード店の出す、ファストフード店らしいコーヒー。きっと単品で頼む分には問題のないコーヒーだけど、食べ合わせを考えないと痛い目に合うし、時折熱さにやられる』かなぁ)
*
放課後、部活を終えたマジナは通り慣れたアーケードを歩く。
続いてのターゲットはそこに佇む、マジナお気に入りのドルスザクカフェ……の隣にある競合店だ。
(今までドルスザクカフェばかり利用していたから、このカフェはあまり知らない。
けど、さっとネットで調べたら、昔っから価格の割には質のいいコーヒーを提供していて出店数もなかなかなカフェだとか。
……つまり、この店のコーヒーは折り紙付きなんだろう。これは味わい甲斐がありそうだ)
マジナは例の如くホットコーヒーとレジ脇に袋入りで置いてあったアップルパイ――こちらはベーカリーカフェ・ミツキの物との比較材料として――注文。
暇つぶしや勉強・作業で混んでいる店内の中で、空いた席を見つけて座り、すぐさまコーヒーが注がれたカップを傾け、しかと味わう。
(うん、これだよ。このストレートにくる苦さと奥深さ。これがコーヒーなんだよ)
続いて同時に注文したアップルパイを食べる。
(……こっちは何となく安っぽい味がするなぁ。けど、コーヒーと合わせれば……)
間髪入れずマジナはコーヒーを飲む。やはりカフェ店で堂々販売されているデザート故に、アップルパイの甘さはコーヒーの苦さと、非常に相性はよかった。
マジナはスマホいじりを交えつつ、両方を配分良く口にする。最中、マジナはあることに気づく。
(あれ、おかしいな。このコーヒー飲めば飲む程、印象が薄くなっていくな……)
確かにこの店のコーヒーは、苦さとコク、両方をきちんと兼ね揃えていた。だが、それでいて尖るものはない、普通のコーヒーなのだ。と、マジナは思った。
またマジナはあることを思い出す。この店頭にやたらとデカいケーキの広告POPがあったのを。
それらから、マジナはこのコーヒーに以下のようなレビューをする。
(『ここのコーヒーは普通に美味しい。けれども本来の目的は潤滑油だ。この店にあるサイドメニューを引き立てるためのね』って感じかな)
*
マジナはあの競合店でゆっくりしてから店を出た後、
「さぁ、お待たせしてすまないね」
隣にある最後のターゲット、ドルスザクカフェに赴く。注文するのは言うまでもなく、ホットコーヒーと、ドルスザクカフェの看板メニュー、チョコドーナツである。
先程の競合店同様、暇つぶし、勉強・作業をする客で混んでいる店内で、適当な席を見つけ、そこに座る。
(うんうん、やっぱりこの組み合わせが最高なんだよね。このスッキリとした味わいのコーヒーと、ほろ苦くもうっすら甘いチョコドーナツが、ハーモニーを奏でてさぁ……)
と、マジナはそのセットが好物故に、リサーチにしてはハイなテンポでそれらを口にし、完食する。
(あ……しまった、しっかり味わうの忘れた……)
そこでマジナは今、自分がチヨから『コーヒーの調査を課せられている』のを思い出す。故に、マジナは空になった紙コップを見つめて、
(えーっとこのコーヒー、具体的に言うとどんな味だったっけ。ああ、どれだけ考えてもチョコドーナツとの相性が最高だったことしか思いつかない!)
辿れるだけの記憶を辿り、ついさっき自分が飲んでいたコーヒーの味を思い出そうとする。
だが、それでも脳裏に浮かぶのは『チョコドーナツとのコンビネーションの良さ』ばかりで、彼女はうなだれた。
(ええと、今回のレビューは『チョコドーナツとの相性が最高!』って、これコーヒーのレビューにならないじゃないか。
これはコーヒーを添え物にしてるみたいじゃないか……ああ、どうしてコーヒーの印象が全く出てこないんだ!)
ドルスザクカフェのコーヒーについて考えた末、マジナはとある結論にたどり着いた。
*
その夜。満月家の、薄暗いチヨの部屋で。
「母さん、どうして今日も電気つけないの?」
「帰りに電灯買うの忘れたの……」
チヨとマジナは向かい合っていた。勿論この目的は、
「それでマジナ、他のコーヒー屋さんはどんな感じだったの」
マジナは真っ直ぐな目をして、斬新な回答を求むチヨに言う。
「別に大した印象はなかったよ」
「……え?」
「あちこちカフェに行って思ったんだよね。 確かにどこのカフェも各々凝ったコーヒーを売っているけど、それはあくまで『引き金』みたいなもの。
本当は『時間つぶしの場所を提供したい』とか、『サイドメニューを食べ合わせて貰いたい』とかいう『本題』へ、それを使って誘導したいんじゃないかなって、私は思うんだ」
「な、なるほど……よく考えれば、どこのカフェもコーヒーを大看板として売ってるとこ無い気がする……」
「仮にコーヒーを売りにしていても、おそらく小洒落た感じを出したいだけだと、私は思うよ」
「そう、ならコーヒーの改良はしなくてもいい……のかな?」
「あ、それともう一つ。今回の調査で私、気づいたことがあるんだ」
「なになに?」
「正直、コーヒーの味ってどこいっても大きく変わらない気がする。私は舌が肥えてる方だからどうにか一つ一つに感想つけられたけど、多分普通の人はそれぞれの味の違いは気にしないと私は思うよ」
「ああ、確かに……コーヒーマシンで淹れたコーヒーとかでも、あたし満足しちゃうし」
かくて、ベーカリーカフェ・ミツキのコーヒー改良計画は、マジナの功績(?)によって、白紙に戻った。
【完】
【余談】
今回の話を書く上で、実際に作者が、某コンビニ、某ハンバーガー屋、某カフェに行きました。多分今作の中で『二番目』に、取材のための時間とお金がかかった話だと思います。
なお、取材した感想ですが、マジナさんが最後に言っていた通り、イマイチ私めの味覚では違いがよくわかりませんでした。
さらに余談ですが、今作の中で『一番』取材のために時間とお金がかかったのは『第16話 ピコリ伝:What did in different world "Falilv" ?』です。
理由は単純に、作者が実際に大阪に行ったからです。




