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第64話 お母さんより先に帰るのは嫌なのでネカフェで時間潰ししたいと思うのじゃ。

「それじゃみんな、バイバイなのじゃー」


 放課後間もない頃。

 ルシェヌは例のマジック稼業で知り合いになった人たちとお別れし、ウッキウキで家へと帰る。


 ルシェヌの部活は『帰宅部』。放課後になればすぐ帰れて、運良ければ大好きなお母さんにいち早く会えるのだ。


(きっと今日も家に帰れば、アタシのだーい好きなお母さんがいて、思いっきりぎゅーしてくれるはずなのじゃ! フヒヒ、もう笑いが止まらんのじゃこれ!)


 しかし、現実はそう上手くはいってくれない。


「誰も、帰ってきていないのじゃ……」


 お母さん――チヨにだって仕事はある。 真っ先に帰宅したとしても、すぐチヨに会えるとは限らない。今日のように、帰れば誰一人ともいないというのも珍しくはないのだ。


 かくてルシェヌは、死んだ魚のような目をしてソファに腰掛けた。


 一時間後。

「ただいまー、誰かい……」

 部活を終えて帰って来たピコリは恐怖する。

 ルシェヌがホラー演出用の人形のような目をして、何も映っていないテレビを虚ろに見続けていたのだ。


「……どしたの、ルシェヌ」


「帰って来たのにお母さんが、いないのじゃ……」


「いやそりゃそうじゃん。お母さん仕事だもの」


「うわーん、せっかく『帰って来た直後お母さんから、誰よりも早くその日最初のただいまのキスをお見舞いされるムーブ』したかったのじゃー!」


「それ、勝手にお母さんが帰ってくる都度ウチらにおかえりのキス設定になってるような……で、なになに、要するにお母さんよりも後に帰りたかったってこと?」


「つまるところ、そうじゃな」


「そんじゃあ普通に帰宅部じゃない部活入ればよかっ……いや確か、それ選んだも確か母さんバカだからの行動だったっけ(※第52話参照)……なら、どっか寄り道してから帰れば良いんじゃないの?」


「寄り道? 一体どこにそんな道があるのじゃ?」


「いやそういう道があるんじゃなくて……普通にどっかお店に寄って、そこで時間潰して帰れば、ワンチャンお母さんより遅く帰れるんじゃないの?」


「どっかのお店、例えばどこに行けばいいのかえ?」


「えー……ネカフェとか?」


「ネカフェってなんぞい?」


「ネットカフェ。パソコンが一台置いてある個室で色々できるところだよ。ウチもたっまーに疲れ果てて一人になりたい時に行って時間潰してる」


「ほーう、よくわからんがそのネットカフェやらを使えば、お母さんからのファーストただいまのキスをゲットできるのじゃな?」


 あまりのルシェヌの頭お花畑っぷりに、ピコリはもはやツッコむ気も失せてきて、

「うん、とりま試してみたら?」

 話を終わらせにかかった。


「わかった。じゃあ明日早速ネカフェを使ってみるのじゃ」


「あっそう……ところで、その前に、そのなんたらムーブするために、お母さんが帰ってくる時間とか聞いてたりしてるの?」


「聞いてないのじゃ?」


「計画性グッダグダじゃん」



 翌日の放課後――だいたい四時頃。


「お、これじゃこれ、ピコリが言っていたネカフェとやらは」


 ルシェヌは作戦通り、帰り道の途中にあるネットカフェへ入店して、レジ前で立ち止まる。


「お客様、どうされましたか?」


「いや……この後何をすればいいのかえ?」


 店員はルシェヌの戸惑い具合に戸惑い、

「ま、まず、身分証明書を出して貰えますか? こちら、高校生未満の方は来店不可となっていますので……」


「身分証明書……何ぞいそれ?」


「ええとですね、学生証とか、保険証とか……」


 このようなテンポの悪い段取りを経て、ルシェヌは会員証を作り、入店から三十分後、ブースへ入る。


 今回来たブースは床にマットが敷き詰められたフラットタイプのもの。


(おお、ピコリの言う通り、本当に一人部屋みたいな所なのじゃ。しかも床がふかふかで、とっても気持ちいいのじゃ)


 久々の一人の時間とマットの心地よさにより、ルシェヌはキャッキャと喜んだ。


(……いや、よく寝るとこの床、若干硬いし、ここ何となく狭いのじゃ)


 そして早々に熱が冷めた。


(さーて、今日お母さんが帰ってくるのは七時から少し後じゃから、それぐらいまでここで過ごすぞい……で、何しよう。

 そうじゃ。ここはネットカフェじゃ、ちょうど正面にパソコンあるし、ネットやるのじゃ)


 ルシェヌは身体を起こし、パソコンの画面と向き合う。


(で、ネットって何すればいいのじゃ?)


 ルシェヌにネットサーフィンや動画を観るという習慣はない。

 彼女の暇つぶしといえば他の姉妹に食ってかかるか、チヨのことを考えてニタニタするかのどちらか。


 故に、急にネットという広大無限なエンターテインメントをぶつけられても『困る』のが、今のルシェヌの雑感である。


(アニメもドラマも全く興味無いのじゃ……とりあえず動画じゃ、ここはピコリリスペクトでいくぞい)


 ルシェヌは動画サイトを立ち上げ、おすすめ欄に上がった、今流行の動画投稿者の動画を眺める。


『うわやっべ、これ予想以上に辛っ!?』


『はいはい、あと五分だぞー』


(みんなやかましく焼きそば食べているが、何が楽しいのじゃこれ……)


 対して年を取っていない癖に若者文化についていけないルシェヌは動画に飽き、再びフラットシートにゴロゴロした。

 ふと、壁に貼られているフードメニュー一覧に目がいく。


(ほぇー、食べ物も食べられるのかえここは……なになに、ソフトクリーム無料じゃと! そりゃ最高なのじゃ!)


 というわけでルシェヌは一旦ブースを出て、食事コーナーにてソフトクリームを大きく盛って、食べ始める。


「んまっ、んまっ」

 と、最初は美味しそうに食べるルシェヌ。 だがしかし、このソフトクリーム、所詮は無料クオリティ。


「なんか、甘すぎるのじゃこのアイス……」

 食べれば食べるほどだんだんと安っぽい味に気づいていき、


「うわっ、キーンと来たのじゃ!」

 例の頭痛に襲われた。


 それからルシェヌは頭痛と安っぽい味に苦しみながら何とか大盛りソフトクリームを完食。苦悶の様相で自分のブースへと戻っていく。


(今は六時……あと一時間ぐらいで『帰って来た直後、お母さんのただいまのキスをお見舞いされるムーブ』ができるのじゃ。頑張るのじゃ、ルシェヌ)


 道中、ルシェヌは壁に沢山の漫画が置かれてあり、本棚になっていることに気づく。


「そういやさっきからすれ違う客がこっから何冊か持ち出して呼んでるのをみたぞい。ってことはこれ、お好きに読んでいいってことじゃな……」


 ネットですることもないし、もはや使える物は使ってしまおうという精神で、ルシェヌは本棚を吟味する。

 ちなみに本棚の漫画は読み放題だと、入口、店員の説明、ブース内で散々言われていた。

 それに今更気づいたことが、ルシェヌの性格を端的に表している……これもまた今更だろうか。


「はえー、魔王の漫画ってこんなにあるのじゃなー」

 ルシェヌは最近よくありがちな魔王が主人公の漫画をいくつか手に取り、自ブースに戻ってきて読む。

 そこに登場する魔王は、近年の読者の傾向が傾向故に、皆、敵を文字通り虫けらのように蹴散らし、ものの数秒で美少女をハーレムに加える――俗に言うチートな活躍をしていた。


 それにルシェヌは少しばかり悲しくなる。

 自分は前の異世界で魔王として、幾多の軍を抱え、己の力を振るい、その世界の征服を図った。

 だが道中強大な敵に阻まれ、その野望は惜しくも打ち砕かれ、みじめな体でこの世界に帰還した。

 しかしこの漫画の魔王はどうだ、手に入れられるモノは全て手に入れ、害なすモノは次々と屠っていく……


(もし、こういう風な魔王になれたらよかったのに、なのじゃ……ああ、イラつくことの方が多すぎるのじゃ!

 よくもアタシの世界征服を邪魔した者共と、アタシの勢いがなくなったからといってアタシを見限った連中め、許せん、許せんのじゃ!)

 悲哀から一変、ルシェヌは次々とイライラを募らせる。そして彼女は、これ以上ムカムカしたくないというわけで漫画をしまった。


 そのとき時刻は六時半。残りの三十分、ルシェヌはブースで横になり、母親との妄想をして時間を潰すという、ネカフェじゃなくてもできるようなことをして、見事三十分を費やし、ネットカフェを出た。


「……ゴロゴロできるのは最高じゃが、それ以外は何にも言えんのじゃ。けーれーどーもー、これで『帰って来た直後、お母さんのただいまのキスをお見舞いされるムーブ』ができるから、万事オッケーなのじゃー!」


 というわけでルシェヌは、その……『お母さんムーブ』を期待して、ウッキウキで家に帰り、


「おかあさーん、たっだいまなのじゃー!」


「残念ながら、自分はお母さんじゃないぞ」


 何やら面持ちの険しいサバキに待ち伏せを受けた。


「さ、サバキ……一体何用なのじゃ?」


「貴様、帰宅部だから帰りはだいたい五時くらいになるよな。なのに、何故今日の貴様は七時頃に帰ってきた?」


「それは、ネカフェで寄り道していたからなのじゃ」


「母さんが『ルシェヌの帰りが遅い』とも心配していたのにも関わらずにか……?」


「え……お母さんがもう?」


 状況が飲み込めないルシェヌは、これは夢だと自分に言い聞かせながら目線を落とす。


 チヨの靴が無情にも玄関にあった。


「ああ、今は入浴中だ。仕事が早く終わったとな。

 指導を続ける。寄り道自体もよくない行為だが、自分としては、放課後ネカフェに寄り道するとはあまりよろしい行為に思えんのだが……」


 サバキは両腕からバチバチ火花を出し、ルシェヌに詰め寄る。


「お、おいこら、待て! そんな寄り道しちゃいけないルールなんて、全く知らんのじゃ! それにこれは深い事情とピコリの勧めがあって故……」


「安心しろ! 言い訳は後で聞く! ここはひとまず、自分の話を聞いてもらおうか!」


 この後ルシェヌはサバキに山盛りの折檻を食らった。勿論、チヨとのただいまのキスなんてありはしない。


「うわーん! 意地悪なのじゃネットカフェめー!」


「言い逃れのために施設の悪口もするなルシェヌ!」


【完】

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