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第62話 残滅 COOK OF BAGUETTES

 バケットとはフランスパンの一種で、その中でも七十センチから八十センチのものを指す。


 時折それを二十センチ程度にした物を『ミニバケット』と称される場合もある。


 これはフランスパン全般に言えることでもあるが、バケットは卵、牛乳、砂糖を使わないため、独特の固さと小麦粉本来の味わい深いのが特徴である。


 ……何故、冒頭でパンの話をしなければならないか、その理由はここ最近のチヨの行動に所以する。


「ただいまー、うんしょ」

 仕事から帰ってきたチヨは玄関に彼女が抱いて運べるサイズのダンボールを降ろす。


「おかえりなのじゃ。これは運んであげるのじゃ」

 チヨに好かれたい一心でルシェヌはそれをリビングに運んでいき、開封する。

 

 中にはいくつもの細長いパン――そう、ミニバケットが入っていた。


 そのミニバケットの山を見て、コーリンはチヨに問う。

「またあのカフェの売れ残りか、これ?」


「そう、ベーカリーカフェ・ミツキの売れ残り……」


 先述の解説の通り、ミニバケットにある特徴は『独特の固さ』と『小麦粉の風味』――それだけ。


 ベーカリーカフェ・ミツキにある『アップルパイ』や『パンの耳フライ』等の十二分にある魅力を備えたパンと比べてしまうと、どうも見劣りしてしまう。

 なので、ミニバケットは幾度と売れ残り、満月家に運ばれて来るのだ。


 コーリンは何やら不服な面持ちでミニバケットの山を見ながら、

「……てことは、明日の朝飯も、これで胡椒トーストか?」


「そうだよ。けどいい加減ジャムとかも買ってくるから、流石にずっとはないからね。それと、あたしお風呂入るねー」

 そう言ってチヨは、風呂場……


「待つのじゃー、アタシも一緒に入る……へぶっ」


 ……のドアを閉めて、ルシェヌの追随から逃れた。


 コーリンは箱いっぱいのミニバケットを見て、ため息をつく。


「コーリンよ、何故貴様がため息をつくのかえ? さては貴様もお母さんとお風呂に入るのを狙ってたのじゃな!?」


「んなもん狙うのお前ぐらいだよ。ため息の理由はこれだこれ。この山積みのミニバケットのせいだよ」


「あー、その最近やたらと朝食で出るそれか」


「これ食パンと違ってカテーから、毎回食ってて飽き飽きするんだよこれ」


「アタシは別に不平不満はないのじゃー、だってお母さんが作ってくれた物ならなんでも大好きなのじゃ!」


「そうか。お前はそういう考えなのか。なんかそういうとこだけうらやましいな」


「うらやましいか。フハハ、それがコーリンの口から聞けて最高なのじゃ。で」

 高笑いから一転、ルシェヌはできる限り怖い顔をして、


「じゃあ貴様にはお母さんに対する愛はないのかー!」

 突然に怒り出した。


「いやいや、流石にそれはあるぜ? けどあれだ、ミニバケット単体にはどうしても飽き飽きしてるんだよ。お前の言うお母さんの愛とかでも補えないぐらいによ」


「まぁ、かくいうアタシもこのパンはいよいよ飽きてきたのじゃ」


「結局そうなるのかい」


「しかーし、かといってこのお母さんが持ってきてくれたパンにずけずけ文句を言うだけなのはあれじゃろう。故にじゃ、ここは一つDIYをするぞい!」


「DIY?」


「Do It Youself、『自分でやる』の略じゃ!」

 と、ルシェヌはたまたまテレビで見て覚えた言葉を、自慢げにコーリンに言った。


「自分で、やる。何を?」


「自分たちで美味しいブレッドの食べ方を考えだすのじゃ!」


「なるほど、そう来たか! ルシェヌお前たまにはすげーこと言うじゃねぇか」


「えっへんなのじゃ」

 と、たまたまテレビで見た料理番組の影響で、そういう発想ができるようになったルシェヌは偉そうにした。

 そして、さっきのDIY発言の意図は、後々チヨに褒められるためなのは、もはや言うまでもない。



 かくてコーリンとルシェヌによる、『ブレッドをおいしくするDIY大作戦』が決行された。


「まずブレッドの中で一番いやな部分といえば、この硬さなのじゃ。だからこの硬さを柔らかくすれば多分斬新になると思うのじゃ」


「ほう、柔らかくするってどうするんだ?」


「こうするんじゃ」


 ピコリは、まずボウルと牛乳を持ってくる。次にブレッドをボウルに放り込み、それがひたひたになるまで牛乳を注ぐ、そしてブレッドが牛乳をある程度吸ったところで、それを回収する。


「完成! 名付けて『ふにゃふにゃブレッド』なのじゃ!」


 コーリンはそれを実食し、一言。

「……普通に牛乳と一緒に食うのと変わらなくねぇか?」


「ぐぬぬ、確かに言われてみればそんな気もしなくはないのじゃ。

 けど、何かに浸してふにゃふにゃにする発想は悪くないはずなのじゃ」


 という訳で、ピコリは今度はブレッドをインスタント味噌汁でひたひたにする。


「どうじゃ! パンと味噌汁で朝ごはんコンボなのじゃ!」


 コーリンはそれを実食し、一言。

「別に格別うまくもねぇな。なんか、あれだ、麸だ。味噌汁の具の麸みてぇだ」


「ぐぬぬ……じゃあ今度はコーヒーで」


「ルシェヌ、もう何かに浸すシリーズやめようぜ。

 最初の牛乳の時から薄々気づいたが、多分別々で食った方がうまいと思う」


「そうか……んー、じゃあ『浸す』シリーズじゃなくて『加える』シリーズにシフトするのじゃ……」

 と、言いつつお菓子の入っている棚を漁るルシェヌ。するとポテチに目がいって、閃く。


「そうだコーリン、貴様侍じゃろう、そのブレッドを薄―く切るのじゃ。そしてそれを油で揚げてポテチみたいにするのじゃ」


「オレはとにかくたたっ斬る派の侍だ。お前、侍のことを何でもかんでも器用にスパスパ斬るヤツみたいな認識してるだろ。

 まぁいいよ、やってやるよ、千切りにでも何でもしてやろうじゃねえか!」


 数分後、コーリンは刀の扱いを応用した包丁使いで、ブレッド一つをまるごとスライスし、ルシェヌはそれらを油で揚げた。


 数分後、二人はカラッと上がったそれを実食して、同じことを考えた。

((ポテトチップスまんまだ))(なのじゃ)


 かくてスライス作戦は失敗、二人はまた新たな調理方法を考えるべく、台所を物色する。


 すると調理器具入れの奥底で、『フードスパイザー』なる、大きさ二十センチの、料理器具にしては大きな異物を発見する。


「なになに『食べ物を粉砕して自分好みのスパイスが作れる』じゃと?」


 コーリンは付属していた説明書を見て、

「『ポン! クラッシュ! クラッシュ! パッパッパ!』ってか。

 何か面白そうだな、よし、こいつにブレッドブチ込んで、なんか作ってみようぜ!」


「なのじゃ!」


 という訳で二人は、実際にブレッドを『フードスパイザー』にぶち込み、ポン! クラッシュ! クラッシュ! パッパッパ! してやり、とりあえずご飯にかけて食してみた。


「おっ、これは意外といけるぞおい! パンの癖にご飯が進みやがる!」


「なのじゃ、カリカリしてるのと、ブレッドの風味が活きてておいしいのじゃ!」

 そうして、二人はこの突然発明した『ブレッドを粉砕した何か』を絶賛し、


「お風呂上がりに何やってると思ったら……何故にパン粉作ってるの?」

 お風呂上がりのチヨは、その様を見て首をかしげるのだった。


 ちなみにこの『フードスパイサー』は、

(なんかこれがあればご飯が進みそうだな)

 サバキがフリマアプリの練習で購入した物。


 数回使って、実用性の低さに気づき、飽きてしまってああなっていたらしい。


【完】

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