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第5話 Junos

「ただいまー」


「「「「「「おかえり」」」」」」

 チヨが帰宅するなり、六人の娘の声が聞こえてくる。もうすっかり聞き慣れたハモりだ。


「ごめんごめん遅くなって……あ、ユノス、ご飯の支度してある?」


「うん、バッチリだよ」


 ユノスは七人分のカレーの盛り付けをしている。


「あと、お風呂も沸かしておいたよ」


「ありがとう、ほんっと悪いね」


「大丈夫。働くことは呼吸と同じだもん」


 その後、満月一家は普通に夕食を取り、適当に団らんをして、消灯時間を迎える。

 その間、ユノスは皿洗いをし、洗濯機を回したりしていた。


「さぁ、消灯時間だ。ほら、夜更かしは看過しない!」


 サバキは他の姉妹を寝室へと強制誘導する。チヨはそれが終わりそうなタイミングで、サバキに耳打ちする。


「あのさぁ、サバキ。ちょっとだけ、ちょっとだけ話があるんだけど」


「ちょっとだけとはどれくらいだ。あまり自分の就寝時間を伸ばすなよ」


「えっと、五分くらい……」


「五分くらい……いくらばしか答えが曖昧だが、了解だ。だがそれだけだぞ」


 チヨは他五人――特にユノスが寝室に行ったのを確認し、サバキとダイニングテーブルを挟む。


「ねぇ、今日さ、ユノスって、何してたの?」


 何故それをユノス本人ではなく、自分に問うのかという疑問を持ちつつも、

「いつも通り家事をして、暇があれば部屋でタブレットで漫画を描いていた」


「何対何ぐらいの比率で?」


「五対五……だっただろうか。そこまで注視してないから、詳細な内訳はわからん」


「サバキは手伝おうとはしなかったの?」


「自分とピコリ殿はしようとした。だが本人が『ボクで十分でしょ?』と頑なにいうから、結果しなかった」


「やっぱり、寄り付かせない感じだしてるなー、あたしも『別にいい』的なこと言われてさぁ……どうしちゃったのかなぁ、ユノス……」


 チヨにとってのユノスのイメージは、やはり九年前のイメージが強い。

 当時のユノスは、お手伝いするにはするが、子供らしくよく遊ぶ。感情も豊かだった――本当に普通の子供だった。


「何であんなずっとニコニコしてお手伝いばっかする子になっちゃったのかな。せめて人に頼ることを考えてもらわないと……」


「自分は別にいいと思うぞ。母親思いの良い子ではないか」


「逆に浮いてて気になるの。

 コーリンは時折殺気がハンパなくなるし、マジナは悪い変態になってるし、あなたは必要以上に厳しいし、ピコリは……ピコリは……えっと……ルシェヌは前以上にあたしにベタベタしてくるし。

 みんなどっちかっていうと悪い方向に性格変わってるのに、ユノスだけ違うもの」


「その言い分もわからなくもないな。確かにユノス殿は頑張り過ぎな面もある。下手すると過労で倒れてしまうかもしれないからな」


「というわけでサバキ、あなたの真面目さを買って、一つ頼みたいことがあるの」


「ああ、常識を揺るがさない程度なら、何でも受けてやろう」



「お母さん、いってきますのキ……」


「それじゃあ、今日も遅くなるから! そこん所よろしく!」


 チヨはいつものようにルシェヌを玄関扉でシャットアウトし、仕事場へと向かう。


「ピコリ! 洗濯物はどうだ!」


「すすぎは終わった! 後は干すだけ!」


「よし、じゃあこちらはさっさとこの食器を洗い、掃除機をかける!」


 同時刻、サバキとピコリは、やたらとせかせかして家事を行っていた。


「どうしたんだい、サバキ、ピコリ。そこまでムキになって雑用なんかして」


「マジナ殿! こちらにも都合という物があるんだ! というより、貴様も手伝え! ほら、掃除機……」


「えっ、掃除機って、私が頂いちゃっていいのかい?」

 マジナは、ただいまユノスがリビングに運んでいる掃除機を指しながら、サバキに尋ねる。


「こら、ユノス殿! ちょっとその掃除機そこに置いてくれないか!」


「なんで、今からボクが使おうとしたのに」


「今日の掃除はマジナ姉さんがやるからだ!」


「ボク、やらなくていいの? マジナお姉ちゃんがやっちゃうの?」


「いやいや、違うよユノス。それはサバキが勝手にいってるだ……」


 サバキは余計なことは言わせまい――迅速にマジナの背後を取り、口を押さえる。


「ああ、そうだ! 今日はマジナお姉ちゃんがやっちゃうんだ!」

「そっそ! ほらユノス、マジナ姉さんとサバキ姉さんのことを信頼してよ、ね?」


「ふぅん。わかった」


 ユノスは掃除機を手放して、リビングから去る。


「ピコリ、君なかなかの悪事をするじゃないか、勝手に私の名前を使うなんて」


「ごめんなさいマジナ姉さん。けど、こうなった責任はサバキ姉さんにあるから」


「責任? 一体何があったんだいサバキ」


「ピコリ殿、今自分にはけ口を変えさせたな……

 ゲフン、最近チヨ殿がユノス殿の働き様を不信に思っていてな。だから自分は頼まれたんだ、『一日、ユノス殿を働かせるな』と。

 きっとユノス殿は何かに追われてるんじゃないかと読んでな」


「そしてウチはそれに付き合わされてる感じでーす」


「つまりこういった状況を作り上げて、ユノスをあえて焦燥させて情報を吐かせるってプランか……」


 と、マジナは、掃除機を動かしながらつぶやいた。

 その後ろではユノスが健気に廊下で雑巾がけをしている。


「……って! ユノス殿! 誰が雑巾がけして良いと言った!?」


「だめなの? 廊下って一番人が通る所だもん、掃除して当たり前じゃないの?」


 一切悪びれないユノスに、ピコリは苦笑いして、

「いやいや、だからって雑巾がけするほど汚れてないっていうか。廊下ってそこまで掃除するところじゃないっていうか。何ちゅーか……」


「というより、ピコリ姉ちゃんは洗濯物干さないの? 別にそれならボクが干しとくか……」


「ああ、すいません!」


 と、言ってピコリは、洗面所の方へと走っていった。


「……ユノス。君はどうしてそこまでして何か仕事がしたいんだい?」


「仕事がしたい……? どういう意味? 仕事って、するものじゃないの?」


「いや、そうではない、ユノス殿、貴様はどうしてしなくてもいい仕事をする?」


「しなくてもいい仕事? いやいや、仕事はするもの、でしょ?」


「……サバキ、君哲学は得意かい?」


「法律学ならあっちの世界で習わされた」


「じゃあダメだ、ここは折れよう」


 数分後、ユノスは雑巾がけを終え、チヨが帰ってくるまで、昼食作りなど、その他の家事を行い、わずかな暇では、部屋で漫画を描いていた。


 その夜、サバキはチヨに、事の顛末を報告した。


「……という訳で、ユノス殿は難攻不落だ」

 

「んー、ますますどんな娘なのかわからなくなったなぁ……あっちの世界で何があったんだろう」


「一応聞いておいた。ただ、『ずっと漫画を描いてた』としか話してくれなかった」


「恐らく本人はそれで全てを語ったつもりでしょうね。

 やっぱりこのままユノスを過ぎた働き者にするのはよくないなぁ。

 けど、あの調子じゃあ何をやっても働きそうだし……」


「かくなれば、自分に良い考えがある……あまり、褒められた行為ではないがな」


「……?」



 翌日。


「お母さーん! いってきますのキス……のじゃぶぅっ!?」


 いつものようにチヨは、玄関を開け閉めし、ドアに衝突したルシェヌは気にしないようにし、仕事場へと赴いていた。


 当のユノスはと言うと、一昨日以前のように、食器洗い、掃除機、洗濯物の始末、などなど、家事雑用に励んでいた。

 同時刻、サバキは、ソファに深々と腰掛け、お硬い雰囲気のニュース番組を見ていた。


「あのー、サバキ姉さん。今日はユノスの家事の横取りはナシで?」


「ああ。今日は策を変更したから、いつも通りにしておけ」


「?」


 しばらくして、ユノスは基本の家事を一通り終えたらしく、部屋へ向かっていく。

 そこへサバキは一言。


「チヨ殿から伝言がある、今日も雑巾がけをしておけとな」


「うん、わかった」


 ユノスは二つ返事で、雑巾がけを始めた。


 これをマジナは疑問に思い、


「おいおいサバキ、昨日と対応が真逆じゃないか? 今度は何を企んでいるのかい」


 と、サバキに尋ねる。


「安心しろ。もし大事になるのなら、それは防ぐ……とりあえず、今は黙って見ていろ」


「ほう……ああ、なるほど、わかった。ここは静観しておこう、それはそれで愉快そうだし」



 数十分後、ユノスは雑巾がけを綺麗に終え、部屋に戻ろうとする。


 そこへサバキは申し訳なさげに、


「チヨ殿から窓拭きしろと言われていたから、それもよろしく」


 さらに仕事を押し付ける。


「うん、いいよ」


 されどユノスはニコニコして、容易く了承した。


「うぃ~、今日も走った走った……ただいま……ってあれ?」


 帰って早々、ある異様に気づいたコーリンは、妹たちに言う。


「おい、何でお前ららはダラダラしてるのにユノスは窓拭きなんかしてるんだ! 不公平だろ!」

 

 代表して、マジナはコーリンに耳打ちする。

「これはね姉御、お母さんの事情があってね……」


「……ほう、そうか。だとすると、オレらはユノスのために黙っとくのが吉か」


 集中して窓掃除をするユノスを、サバキは横目で見つつ思う。

(いまだに笑みを絶やさずにいられている……ならば、次は強気にいこうか……)

 サバキはソファから立ち上がり、コーリンとマジナの会話に入り……



 また数分後、ユノスは窓拭きも綺麗に終わらせた。

 そこへすかさず、サバキは言う。


「すまない、風呂掃除も頼まれてた。こちらも任せた」


「うん、いい……」


 続けて、マジナが頼む。


「そうそう、トイレ掃除もお願い。臭うのは気分が悪いからね」


「うん、じゃあそっちも……」


 さらに、コーリンが追撃する。


「おっ、わりぃ! インスタントラーメンの予備が足りないから買ってきてくれ!」


「三つ同時? どうしたんだろう? 今日はいっぱい仕事があるね」


 ユノスは疑問を漏らす。コーリン、マジナ、サバキを軽くにんまりさせる。が、しかし……


「わかった。ちゃんとやるからね」


 こちらも笑って了承して、お風呂場へと駆けていった。


「……言わねぇのかよ! 『ちょっと荷が重いよー』とか、『疲れた、限界』とか! それどころか逆にケロっとしてるじゃねぇか!

 どうすんだよ次は! これも突破されたら『ユノス過労攻め』はもう無理だぞ!」


「コーリン殿、勝手に作戦名を決めないでくれ。薄ら寒い」


「まぁまぁ姉御。まだ結果を決めつけるのは早いよ。今回の『メチャクチャ疲れさせればユノスの仕事したがり癖改善出来るぞ大作戦』はきっと効いてるって」


「マジナ殿も自由気ままに作戦名を作るな。むずかゆいぞ。

 ……話を本筋に戻して。マジナ殿の言う通り、さすがのユノスでもこれは効いているだろう。朝からあれだけ家事をさせて、ついさっきには自分とコーリン殿・マジナ殿の家事任せ連携攻撃も与えたんだからな。

 この調子で行けばもうじきユノスが音を上げるのも、なくはない」


 なくはないというのは、あるにはあるの反対とも言える。

 それを三人の姉は役二十分後に気づかされる。



「トイレ使っていいよー」


 最もたる理由は、ユノスが買い物バックを持ちながら、三人の前に現れた時だ。


「……おう、ありがと……って、本気かお前!?」


「あと言うの遅れたけど、お風呂もぴかぴかにしておいたよ」


 念のため、三人はお風呂とトイレを確認する。ユノスが言う通り、どちらも綺麗に掃除されていた。


「くそっ、何故ここまで頑張れる、ユノス殿!」


「しかもこんな早くとはね。せいぜい一時間かかるのが妥当と思ったけど、こりゃあ気の入り様が違うなぁ」


(もはや法外だ……この短時間で、風呂掃除とトイレ掃除の療法が終わるなら百歩譲って理解できる。だがそれに、片道六分はかかるスーパーでインスタントラーメンを買ってくるなんて……なんて仕事に対する情熱だっ!)


 せっせとインスタントラーメンの支度をするユノスの姿が、三人の目に映る。そして『降参』の二字がよぎる。

 そこへ、昼食間近でお腹を空かせたルシェヌがやってくる。


「おやおや、どうしたのかえ、コーリン、マジナ、サバキ? そうげんなりしおって」


「ユノスがいくら言っても、促しても、働きすぎるのをやめようとしねえんだよ」


「ほーん、……ハハハッ! やはり次元が低いのう貴様ら! いいか、よく見ておけ、相手の意思を強制させるにはな……こうじゃ!」


 ルシェヌはユノスに飛びかかり、そして馬乗りになり、右手を向ける。


「ああ、なるほど。武力行使か、その手もあったね」


「感心するなマジナ殿! 直ちに止まれ、ルシェヌ!」


「いや、止まるのは貴様なのじゃー、ユノス! 直ちに働くのをやめろ! さもなくば……わかるだろうな!」


 とにかく姉たちからマウントを取りたくてしょうがないルシェヌは、その欲望に燃える瞳をユノスへ向ける。


「むー、やだ! 働かないとダメだよ!」

 

 ユノスは頬を膨らませて、しながらじたばたする。

 

(それが貴様の出来る抵抗か……ふふふ、ピコリ並に弱いのじゃな、貴様! フハハハ!)

 ルシェヌは久々に魔王らしく、他人を惨めな様に仕立て上げられ、大いに愉悦感を感じた……


「のじゃ!? ほへぇー……」


 が、突然、首に強烈な手刀を受け、意識が吹っ飛び――面白いぐらいあっさりと気絶した。


「誰だテメェ!?」

「誰だよ君!?」

「何者だ貴様ッ!?」


 三人はルシェヌのことを心配しなかった。

 これは当人の人望の無さうんぬんではない。突如として現れた手刀の実行者――虫を彷彿させる怪人に向いていたからだ。


「こらー、その姿で現れるのはビックリするからやめてって言ったよね! アザレア!」


 ユノスはルシェヌを転がしどかして、起き上がり、怪人を叱る。

 アザレアと呼ばれた怪人は、

「申し訳ありませんマスター、ここは戦闘向きの形態の方が適切かと思いまして!」

 慌てて、中性的な風貌の執事服の女性に変わった。


「本当に申し訳ありません。マスター」


「ごめんねおどろかせちゃって。あ、この人はね、『アザレア』。ボクの『MEY』(マスターピース・エレクトロニック・ヨークフェロー)』だよ」


「MEY……なんだい、それは?」


「ボクの前いた世界、『コミックムリヒメ』は漫画がイッチ番世界中で人気があって、漫画家がいっぱい誉められるんだー。

 その中でも、特にすごい漫画を描く人のサポートと、そのすごさを形にするため授与される、その作品のキャラを模したAIアシスタント、それが『MEY』なの」


「つまり、これはユノス殿の相棒って事か……」


「だいたいそんな感じだよ。あ、さっき見せたようにガードマンとしての役割もあるから、あんまり怒らせるとメッタ刺しメッタ打ちメッタ斬りだからね」


「なるほど、これならあのルシェヌがこうなるのも頷ける……ひとまず、ここは安静に寝かせてやるか」


 コーリンは気絶したルシェヌの体を担ぎ、寝室へいった。

 それを見てユノスは思いだし、


「さて、早くインスタントラーメン作らなきゃ! あ、さっきは買い物ありがとね、じゃあ戻って、アザレア」


「ぜひ、マスター」


 粒子状になったアザレアをベレー帽に入れ回収し、IHヒーターの方へ目を向ける。


「なるほど……買い物に関してはアザレア殿に行かせていたのか。どうりで一連の家事終了が早いわけだ。

 して、ユノス殿。インスタントラーメンぐらいなら自分らに……というより、さっきの召使いにやらせた方がいいのでは……」


「やだ、だってボクが働かないと、ボクは働かないことになるもん」


「……サバキ、母さんには『お手上げ』と伝えておこう。時に謎にしておいた方が幸せになる場合もあるんだから」


「……わかった。ただユノス、手伝って欲しい時はちゃんと言ってくれよ」


「うん、考えとく」


 と、適当な返事を返しつつ、ユノスはニコニコしながら、インスタントラーメンを鍋に入れた。


 その時、わずかにハネたお湯が、キッチン付近で倒れていたルシェヌにかかる。


「うわっち! あっついのじゃぁっ!?」

 

 ルシェヌは叫び、ジタバタした。

 だが、日頃の行い故に、誰も彼女を心配しなかった。


【完】

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